表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3 新世界




「ぎゃああああ!!」


至近距離で叫ばれて、僕は顔を顰めた。

叫んだのはダアト、場所は浴室だ。

ここに来てから、既に七日ほどが過ぎている。

毎日は穏やかで、面倒がなくて、以前とは比べ物にならないくらい快適だった。

問題は排泄と入浴で、これは足がないとあまりにも不便だったが、ダアトの言によると「トイレも浴室もユニバーサルデザイン」というものらしく、どちらも時間はかかるが何とか一人でもできている。

ただ、さすがに一人で風呂につかると溺れそうなので、いつもシャワーで済ませていたのだが、今日はダアトがシャワーだけでは申し訳ないからとお湯をためたのだった。

別に、ここに来る前も水を浴びる程度だったから、温かい湯につかりたいとは思っていなかったのだけれど。

初めての風呂というものに多少興味もあったので、断るのも面倒だったし、ダアトの介助を拒みはしなかった。

が。

服を脱いだところで凄まじく叫ばれ、ダアトはずざざざざと後ずさるとドアにへばりついた。

……何なんだろうか。

車椅子の上で胡乱に見やると、ダアトは青くなったり赤くなったり忙しそうだ。

「ちょ、君、服、隠して!」

「……は?」

「お、お、おん、おん……、ああ駄目だ、ごめん、待ってて!」

ダアトは逃げるようにドアを開けると、走って消えた。

「……」

何なんだ、ほんとに。




ダアトは、甲斐甲斐しい男のようだった。

一日三食、調理場でつくった料理を出してくれる。

何かあった時はボタンを押せばすぐにやってくるし(ボタンを使ったのはまだ二回だけだが)、こまごまとしたことによく気付いて手を貸してくれる。

もちろん、ずっと僕の側にいるわけじゃない。

外の様子が分からないようにしてあるので昼か夜かの区別もついていないが、おそらく日中は部屋の外で忙しく働いているようだった。

朝は僕を起こして朝食を食べさせて出ていき、夜は少し疲れた様子で帰ってくる。

帰ってきて、入浴と夕食を済ますと、ダアトは僕が寝る部屋の隣にある自室に籠る。

ダアトがいない時、僕は寝ているか、テレビを観てみたり、ダアトが持ってきてくれたゲームというものをしてみたり、本を読んだりする。

戦いがないのがダアトの言う平和だとしたら、平和というのはなかなか良いものだった。

痛くはないし、めんどくさいことも少ない。

ただ、僕が危険かどうかを判断するということだったけど、こんな風で判断がつくのだろうか。

まぁ僕はめんどくさいことがなくて良いのだけれど。

ダアトはめんどくさくないのだろうか。

一人だけで、僕の世話をして。

僕だったら絶対めんどくさいけど。

ここに来てから、ダアト以外の人間を見ていない。

ダアトはここが『生命の樹』本部と言っていた。きっと他にもたくさんの人がいるのだろう。

仲間もここで保護していると言っていた……、皆は今頃どうしているのだろうか。

……答えが出ないことを考えるのは止めよう。めんどくさくなってくる。

僕が一つあくびをした時、ドアが開いて、二人の知らない女性が入ってきた。

ダアトではなくて、二人が入浴の手伝いをしてくれるということだ。

女性はダアトとは違って、柔らかくて、見たことのないような笑顔で、とても丁寧だったので、僕は何だか変な感じがした。

初めて入った風呂は、熱くて驚いたけど、心地の良いものだった。




女性二人が帰って、リビングに戻ると、パソコンに向かっていたダアトが立ち上がって椅子に足をぶつけ、ぴょんぴょん飛び跳ねた後、僕を見て赤くなった。

「ごめん、その……何て言うか……、ごめん!」

ダアトの慌てぶりがよく分からない。

僕がそういう顔をしていると、ダアトは神妙な顔で、ずっと僕のことを男だと思い込んでいた――と白状したのだった。

髪もかなり短く刈っていたし、胸はないしで(言い訳を口にしながらダアトはここでまたやたらと謝った)、全く疑わなかった、という。

「はぁ……」

別にダアトが僕のことを女だと思おうが男だと思おうがめんどくさくなければどっちでもいいのだが。

平然としている僕を見て、ダアトは泣きそうな表情すら浮かべた。

「君、ここはもっと激しいリアクションをするところだよ……。洗面器投げたりとかさ。ぼけたおばあちゃん相手ならともかく、いくら介助が必要だからって君くらいの年齢の子を風呂にいれようとして……、裸を……、ああもう僕は最低だ! 変態だ! データだって見ていたはずなのに……!」

付き合うのがめんどくさくなってきたので、放っておいて、冷蔵庫からコーラを取り出した。

ここに来てからやみつきになったものの一つが、炭酸飲料というものだ。

口の中でしゅわしゅわするのが面白くて、ダアトに色々な種類のものを揃えてもらった。

瓶に入ったコーラはその中でも特にお気に入りだ。

「着替えの準備はあっちでやってもらってたし……、他人の着替えなんかに興味がないって見ようとしていなかったのがいけなかったのか……、でもそうしたら女性用の下着を見るという事態になっていたわけで……」

ぶつぶつとダアトは自己嫌悪に苛まれている。

僕は全く気にしていないのに。

まぁ、ダアトの苦悩なんてどうてもいいけど。

「……風呂は良かったな」

ぽつりと呟くと、ダアトはぱっと顔を上げた。

「そ、そう? それは良かった。毎日彼女たちに来てもらおうか?」

「毎日はいい」

「じゃあ、二日とか三日に一度とか」

「うん……、わざわざあの人たちでなくても、別にダーでもいいけど」

「それは駄目!」

顔を赤くして、ダアトは声を上げた。






そんな風に過ごしていた生活にちょっとした変化があったのは、もうしばらく経ってからのこと。

多分、それは昼頃。

お腹がすいてきたので、僕は冷蔵庫から皿を取り出して電子レンジでそれを温めた。

朝、ダアトがつくってくれたものだ。

電子レンジの使い方を最初に教わった時、どうして回るんだろうとか色々思ったけどめんどくさくてダアトには聞かないまま、不思議だと思いながら毎日皿が回るのを眺めている。

今日の昼食はピラフ、というものだとダアトは言っていた。

ダアトは毎日毎食違う食事を作る。

外の世界にはこんな味があったのかと、僕は食事の度に驚いていた。

めんどくさいが、最近は食事のためにナイフとフォークの使い方を覚えている。

凶器になりうるからダアトがいる時でないと使ってはいけないと、僕の手が伸ばせないところにしまってあって、昼食はどちらも使わなくてよい食事が出てくるのだが。

テーブルに温めたピラフを運んで、テレビをつける。

スプーンを持ってそれを咀嚼しながら、リモコンで適当にチャンネルを変えてみた。

ダアトが申し訳なさそうに語ったところによると、このテレビで見る内容も制限されているらしい。

『生命の樹』の判断で可とされた番組だけが映るのだそうだ。

とはいえ、もともとテレビ番組に何があるかなど知らないしそこまで興味もないので、特に文句はない。

今見られるものだけでも、暇つぶしには十分だった。

テレビを淡々と見つつ食事を終えて、食器を流し台に持っていく。

このまま何をして過ごそうか。

読んでいる本の続きを読みたい気もしたけれど、寝室に置いてあるそれを取りに行くのは面倒だ。

このままテレビを観ていることにしよう。

通販番組とか、歴史解説番組とか、料理番組とか、そういうのが僕は好きだ。

ダアトに進められてドラマとかアニメというのも観てみたけど、ストーリーを追うのがめんどくさくて、主人公とかがめんどくさいことばかりしているのに苛々してしまって、結局一度観て以来チャンネルをすっとばすようにしている。

「あ、掃除機……」

この時間によく観るのは通販番組。

テレビの向こうで、既に見慣れた女性が明るい口調で掃除機を褒め称えている。

ダアトがこの前掃除機がどうも不調だと言っていたのを思い出した。

電話があったら、めんどくさいが今かけても良かったのに。

掃除機でゴミが吸い込まれていくのを見ていると、何となく面白い気がするから、掃除機は嫌いじゃない。

大きいものは吸い込めないみたいだけど、人間を吸い込んで消してくれればいいのになんて、考える。

一度、ダアトに掃除機を向けてみたいんだよな……。

そんなことを考えながら、ぼんやりと通販番組を見ていた時、ピッと音がして、扉の鍵が開いたことを伝えてきた。

まだ昼食を食べ終えたばかりなのに、もうダアトが帰って来たのだろうか。

リビングに、僕とダアトの寝室、浴室とトイレ、が僕の認識している現在の場所のすべてだ。

外の世界とつながっているのはリビングだけで(あともしかしたらダアトの寝室もそうかもしれない。入ったことがないし入れないので分からないが)、リビングからなら他の部屋のどこでも行けるようになっている。

リビングから外に出ることを僕は禁じられていて、扉には生体認証装置が付けられているので、ダアトかもしくは彼に許された人間しか出入りできないようになっているそうだ。

「ダー……?」

扉の向こうの気配が、いつもと違う。

扉の方に僕が目をやるとすぐにそれは開いて。

入って来たのは、ダアトではない、知らない顔だった。

一人は、僕と同じくらいか僕よりも年下に見える、少女。長い金色の髪を持っていて、洗うのもめんどくさそうだなと思った。

その少女の後ろに控えるようにしている、大きな男が二人。銃を携帯しているのがすぐに分かった。

少女はテレビを見て一瞬虚を突かれたように足を止めたが、すぐに厳しい顔で僕に目を移した。

「あなたが、『両足義足の子ども』ね」

今は義足はないけど。

僕の長さの明らかに違う、中途半端なところで途切れた足に目をやって、少女は一瞬ひるんだような表情を見せたがすぐにそれを隠した。

「大人しく、私について来なさい」

めんどくさいことにならないといいな、と僕は思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ