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2 経緯




ピッ、ピッ、ピッ。

小刻みな電子音。

あれは何だ?

どこかで聞いたことがある……。

そうだ、医務室で聞いたんだ……。


重たい身体を感じた。

嗅いだだけで病気になったような気分になる、薬の臭いがむっと襲う。

うっすら瞳を開けると、眩しい天井があった。

「目覚めたようです」

「ダアト様に連絡を」

遠くから声が聞こえた。

ダアト……?

思考がまとまらない。

まだ眠い。

サイレンも鳴っていないし、まだ寝ていても良いだろう。

めんどくさいし、寝よう――。






パチ、カタ……。

カタカタカタカタ……。

今度は何だろう。

あれは分かる、おじさんがキーボードを打つ時の音だ。

「……おじさん……?」

口を動かしたが、いつも以上に上手く話せた気がしなかった。

音が止んで、静かな足音が近づいてくる。

「起きたのかい?」

おじさんじゃない、知らない声だ。

目を開けた。

人の顔がすぐそばにあった。

白い髪に眼鏡の、若い男だ。

知らない顔。きっと仲間じゃない。でも、指揮官でもなさそうだ。

それなら……誰なのだろう。

にこにことこちらを覗き込んでくる顔。

何だか知らないがめんどくさそうだ。寝たふりでもしよう。

「え、ちょっと、また寝るの!? いい加減起きようよ!」

慌てたような声がする。

肩を揺すられて、しょうがなくまた目を開けた。

「お腹空いてるだろう。君の食事を用意してあるんだ。そのまま起きてて。すぐに用意するから」

食事……。

急に空腹を思い出して、腹を押さえた。

立ち上がろうとして、気付く。

義足がない。

そうだ、ちょうど義足の整備をしてもらっている時に侵入者が……。

義足はあのまま潰されてしまったのか。

おじさんは……。

いや、考えても仕方がない。

僕は自分がいる場所を確認した。

広くがらんとした部屋に、僕は寝かされているようだ。

ベッドが妙にふかふかしていて、落ち着かない。

天井には綺麗な木目が並んでいて、淡い電灯がぼんやりと部屋を照らしている。

ベッドの隣には車椅子が置いてあり、ベッドの頭の方には窓があったが、ブラインドがしっかり閉じられていて外は全く見えなかった。

そして、男が出ていった扉。向こうから白い明かりが洩れている。

すぐに用意する、と言ったとおり、男はすぐこちらの部屋に戻ってきた。

「じゃあ食事はあっちの部屋で」

言いながら男はたたんであった車椅子を開いた。

「ちょっと失敬」

と、僕の身体をひょいと持ち上げてしまう。

車椅子に乗せられて、隣の部屋まで運ばれた。

その部屋は、ベッドのある部屋よりももっと広かった。

大きなテーブルにソファ、大画面にスピーカー、パソコン、調理場に冷蔵庫や収納棚……。

大きな窓にはやはりカーテンがしっかりとかけられて、外が見えない。

綺麗な部屋だった。

こんな部屋、今まで入ったことない。

車椅子が余裕で通れるスペースがあり、男はテーブルの前で車椅子のブレーキをかけた。

「はいどうぞ。召し上がれ」

「……」

目の前に並んだ皿に、少し戸惑う。

椀に盛られた料理は、今までに見たことがないものだった。

ほかほかと湯気をたてているそれは、黄色っぽくて小さい粒がどろどろしている。

食堂でたまに出てくるスープに似ていると思った。

良い匂いがしているし、きっとちゃんと食べられるものだろう。

椀をつかんで、すすってみる。

おいしかった。

「スプーン、使ったら?」

「……?」

「その、木で作ってあるやつ。それで掬って食べるんだよ」

男に示されて、椀の前に置かれた「スプーン」を持ってみた。

なるほど、こういうものがあれば皿に残ったものも手を汚さずに食べられるというわけか。

僕が夢中になって食事をするのを、男は向かいに座って見ていた。

「美味しかった?」

食べ終わると、男は心配そうに聞いてくる。

僕はそれに頷いて、

「あれは何?」

「リゾットだよ。米でつくるんだ」

どこかで"見た"ことはあるな、と思った。

男は空になった器を調理場に持っていくと、すぐにこちらへ戻ってきて座った。

「じゃあ、人心地ついたところで自己紹介をするよ」

穏やかに男は告げる。

「ちょっと順番は逆になったけど――僕はダアト。ダー、と呼んでもらえればいいよ。よろしく」

男が何を言っているのか、一瞬掴みかねた。

ダアトというのは……、「名前」というものなのだろうか。

「君は今の自分の状況をどの程度把握している?」

これは答えなければいけないのだろうか。

めんどくさいな……。

「車椅子に座ってる」

「……そうだね」

男は――ダアトは苦笑をもらした。

「じゃあ、ここに来る前は何をしていた?」

「義足の整備を……」

「うん、そういう報告を受けてる。記憶はしっかりしているみたいだね。君たちの基地を襲ったのは、僕たちだよ」

ずばりとダアトは告げた。

あの侵入者か――。

「あまり驚かないね」

特に驚くようなことがあっただろうか。

無言で見返すと、ダアトは少し困ったように笑った。

「じゃあ、順番に説明するよ。君は、自分がどういう場所にいたのか知っているかい?」

どういう場所にいたか。

それは――。

僕が何か言う前に、ダアトがすぐに答えを口にした。

「ある戦争屋の兵器製造工場の一つだよ。君は……君たちは戦争屋の商品。いや、商品の試作品(プロトタイプ)として、あそこで戦わされていたんだ」

真剣にダアトは言って、何かを期待するように僕を見た。

が、しばらく無感動に僕が彼を見つめていると、やがてがっくりと肩を落とした。

「……君、これを聞いて何とも思わないの?」

「別に」

「嘘だ! とかさ……」

めんどくさい男だな。

「……嘘だ」

「……もういいです……」

ううう、と嘆くように呻いて、ダアトは続けた。

「君がずっとあそこにいたなら分からないかもしれないけど、本来ならこの世界で戦争はタブーだ。命が次々と消えてしまう……。あっけなく、何もかもが失われてしまう。でも、戦争はなくなっていない。戦争屋は後を絶たないし、民族や宗教の違いで人はすぐに殺し合う。僕たちはそんな戦争を根絶するために、武力を用いた平和維持活動をしているんだ」

先ほどからダアトは『僕たち』という言葉を使う。

「『生命の樹』、と僕たちは自らのことをそう呼んでいる。ここは、『生命の樹』本部だ。君たちのいた場所を破壊したのは、僕たちが目指す平和のためだよ」

平和――というのは何なのか、良く分からなかった。

「言い方は悪いけど、君たちのような兵器を見逃すわけにはいかないからね。もちろん人道的な意味でも。だから、君の仲間は無事だよ。作戦が上手く行ったからね。ほとんど死者も出さずに、ここで保護、もしくは捕虜にしている」

そうか……。皆、あの場で死ねずに生きているのか……。

「君たちはもう戦わなくていいんだ」

でも、それなら痛くて辛い思いをしなくていいから、別に皆は死ぬことを考えないかもしれないな。

――それにしても。

「めんどくさくない?」

「え?」

先ほどから思っていたことを口にすると、ダアトは首を傾げた。

「こうして一人一人に事情を説明するのは非効率」

簡潔に告げる。

「……君、もしかしてほんとは頭が回る?」

「知らない」

さらりと馬鹿にされたような気がするがめんどくさいので別にいい。

「……実を言えば、君は一人特別扱いなんだ」

それに、視線で続きを促した。

「今回の作戦のきっかけは、一通のメールが送られてきたことだった。メールは分かる?」

一つ頷く。

「そのメール、送り主もどこから送られてきたかもまだ分かっていないんだけど、戦争屋の今まで手に入れられなかった情報なんかが山ほど添付されていてね。君たちがいた場所もその一つ。そして、送り主はその情報提供と引き換えに、二つのことを要求してきていた。一つは、商品の保護もしくは全滅。二つ目が……、両足義足の試作品は危険だから必ず殺せということだった」

「……」

「送られてきたデータには全て目を通したけど、試作品の中で両足義足の子どもは君だけだ」

それならば何故こうして食事を出してわざわざこんな説明などするのだろう。

いつだって殺せたはずなのに。

「……殺さないの?」

殺せばいいのに。そうすればめんどくさくなくていいのに。

思いながら問うと、ダアトは深く溜め息を吐いた。

「君はどうしてそんなに淡白なのかな……。他の子たちにもまだ人間らしいところがあるのに」

そう言われても困る。

「……こっちでも君の対応はどうしようか迷っててね。まず、メールの送り主は確かに情報提供してくれたけど、あっちの言うことを聞く義理はあっても義務はない。情報は正確なものだったけど、君が危険という理由が分からない。射撃の腕は相当なものみたいだけどね。僕たちはあくまで平和維持活動を行うのであって、人殺しの組織ではないんだ。目的のために手段を選ばない面はあるけど、無用に命を奪うことは本意じゃない」

めんどくさいな。

「『生命の樹』幹部間でも、メールの送り主に従うかどうかで意見が割れてる。それで、僕に白羽の矢が立った。君のことを預かり、殺すべきか否か判断することになったんだ」

「……僕は何もしなくてもいいの?」

「まぁ、そうだね。悪いけど外には出せないから、ずっとこの部屋にいてもらうことになるけど、後は自由にしていいよ。できるかぎり希望には沿うつもりだ」

それなら、めんどくさくなくていいかな。

「今のところ、何か他に聞きたいこととか希望はある?」

ふむ、と少しだけ思案した。

さっさと消してくれれば一番面倒がなくていいのだが、それができないというのなら、必要なのは――。

「……義足はつけてもらえる?」

だが、ダアトは眉を八の字にさせて、謝った。

「それはできない。君がもし何らかの脅威を持っているなら、足を与えることはリスクになるから」

めんどくさいな……。

足がないとなると、色々不便だ。

けど、もらえないなら仕方がない。

「……じゃ、寝る」

「え、また!?」

何もしなくて良いのなら、めんどくさいのでベッドでごろごろするのが一番だ。

呆れたような、不可解そうな顔で、ダアトは僕をまたベッドまで運んだ。

検査の時に麻酔打ち過ぎたのかな、などとぶつぶつ言っている。

「……じゃあ、何かあったら、このボタンを押して」

ダアトは僕に小さな機械を手渡した。

指の先くらいの大きさで、銀色の立方体の真ん中に、赤い、まるでランプのような小さなボタンがついていて、首にかけられるようになっている。

そして、部屋から出ていこうとしたダアトは、ふとこちらを振り返った。

「そうだ、言い忘れてた」

逆光で、表情は見えない。

「ここにいる間、君のことをアインと呼ぶよ。人間を番号で呼ぶような趣味はないからね」

それだけ言って、彼は静かに扉を閉めた。

番号……。

そう、仲間たちといた時は、区別されるために順番につけられたアルファベットと数字の組み合わせで呼ばれていた。

だから「名前」というのは何だか不思議な気がする。数字が入っていないんだから。

アイン、か。

溜め息を吐いて、僕は瞳を閉じた。





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