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1 日常と非日常



サイレンの音が煩い。

朝だ。

起きなくてはいけない。

めんどくさい。

だが起きないと痛い目を見る。

それはご免だ。

めんどくさいのも嫌いだが、僕は痛いのも嫌いなのだ。

サイレンの中で身を起こす。

慌ただしい音が廊下を過ぎ去っていく。

いつものことだ。

部屋についている小さな洗面台で顔だけ洗うと、僕も廊下に出て他の仲間と合流した。

皆言葉もなく、機械の義肢をカチャカチャ言わせて、食堂へ急ぐ。

遅れると鞭で打たれる上に食事も出なくなるから、皆必死なのだ。

硬いパンにどろりとしたスープ、汚れた盆に乗ったそれらを受け取って、誰もが無言で、一瞬で食事を終える。

錠剤だけ、ということも多いので、固形物が食べられるのは嬉しい。

食事を終えたらまたすぐに部屋に戻る。

部屋で戦闘服に着替えて、各々の訓練室に向かう。

その時にまた、サイレンが鳴る。

サイレンが鳴っている間に、決まった部屋に向かわなければ、罰が待っているのだ。

僕の場合、午前中はひたすら射撃訓練をする。

銃を渡されて、的の前に立たされる。

そして、ただひたすら、的に向かって、銃を撃ち続ける。

撃って撃って撃って撃つ。

一発でも的を外せばその瞬間に鞭が待っている。

だからめんどくさがりの僕も真剣に的に向かう。

でも射撃は嫌いじゃない。

ただ的に向かって引き金を引くだけの、簡単な動作。

それを繰り返すだけなのだ。

何も考えなくて良い。

考えることは動くよりもずっと疲れる。めんどくさい。

午前中の訓練が終わると、朝食と変わり映えのしない昼食があり、ようやく一時間ほど休む時間が与えられる。

とはいえ僕たちができることと言えば簡素なベッドに転がるか、仲間たちと他愛もない話をするか、どちらかだ。

白い小さな部屋。

その部屋毎に八人ほどが詰め込まれている。

僕は仲間たちと会話するのはあまり好きでない。

どうしてならば、話すというのは非常にめんどくさい行為だからだ。

仲間たちはそっけない僕にはあまり話しかけてこない。

だがたまに面白い話をしているのでこっそりと聞き耳を立てる時もある。

聞くのは楽だ。

話すのは自発的に行動しなければならないが、聞く時はただじっとしていれば音の方が勝手にやってくるのだから。

聞きたくない時にはただぼんやりとしていれば良い。

やがてまたサイレンの音が響く。

午後はまた訓練だ。

だが――今日はいつもと違っていた。

普段時を知らせるものとは違う音のサイレンが鳴り、天井に設置されたランプが赤く光って僕たちにそれを知らせる。

戦闘だ。




「敵」との交戦はいつも唐突だ。

ただサイレンと赤いランプがそれを知らせてくれる。

放送が指示を出す。

僕たちは黙々とそれに従って動く。

指揮官の後について仲間たちは迅速に行動していた。

指揮官は僕たちとは違う。

義肢を持っていないし、僕たちに命令する。

僕たちには、誰かに何かを命じることなど許されていない。

僕たちがやっていいのは、命令に従って殺すことだけだ。

だから今日も、命令に従って僕らは銃を手にした。

命令どおりに、撃って、撃ち殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺した。

悲鳴が聞こえていた。

赤い血が飛び散るのが見えていた。

滑稽なくらい簡単に、敵は倒れていく。

僕たちは撃ち続ける。

彼らも命令されたから、僕たちをこうして攻撃してくるのだろうか。

少なくとも僕たちは。

僕らの仲間は、そうだ。

命令されたから、殺す。

それだけだ。

それだけしかない。

だけど、多分、指揮官と言われる人々は、また違ったことを考えているのではないかと思う。

だって彼らは僕たちとは違うのだから。


「撤収!」

指揮官が大きく腕を回して合図した。

僕たちはいつものように、「帰るべき場所」へ向かう。

駆けながら、僕は背後でした爆発音にほんのわずか、後ろを振り返ってしまった。

あの音が何か、僕は知っている。

死んだ仲間の義肢、もしくは体内に埋め込まれた爆発物が爆発したのだ。

生きていない人間は、こうして処理される。

僕はこの音を聞く度に思う。

また生き残ってしまった。めんどくさい。




僕たちは度重なる戦闘には慣れている。

だがやはり訓練よりもずっと疲弊する。

今日は特に、大きな戦いだったようだ。

目の前に向かって来ては倒れていく敵しか見ていなかった僕には、よく分かっていなかったのだけれど。

夕食の時間、いつもよりずっと空席が多かった。

それだけたくさんの仲間が死んだのだ。

だが僕らはいつものように黙々と食事を続けた。

食事が終わると、水浴びをして、あとは寝るだけだ。

僕は両足が義足だからかいつも他の仲間より水浴びに時間がかかる。

でも、僕が部屋に戻ると、部屋には四人しかいなかった。

水浴びに時間がかかっているわけではなく、他の三人は今日の戦闘で死んだのだそうだ。

僕が部屋を見て疑問に思ったのを察して、一人が説明してくれた。

彼女は僕に皆死んだのよと言って泣いた。

驚いた。

この部屋の仲間は僕と同じくらい「ここ」にいる。

涙なんてもう皆忘れてしまったのだと思ってた。

僕らにとって死は当たり前のことだ。

いつか自分もあんな風に終わるのだろう。

爆発して、何もかも消えてなくなる。

そうすればめんどくさいことも何もしなくて良くなるのだ!

僕は常々死んでいった仲間たちは幸せだと思っていた。

めんどくさいことはこれ以上もうないし、辛い思いも痛い思いもしなくていいのだから。

吹き飛ばされた仲間を、皆も、僕と同じように羨望の視線で見ているのを知っている。

彼女だってそうなのだと思っていたが、そうではないのだろうか。

それとも、先に解放された仲間に置いていかれたことが嫌なのだろうか。

後を追えれば良いのだろうが、僕たちにはそれができない。

死ぬまで指揮官に従って戦い続けることが、僕らには決められているのだ。

それにしても、泣くなんて、体力のいるめんどくさいことを、よくやるものだ。

「どうして、泣くの?」

「よく分からない……、寂しいのかもね、ずっと隣のベッドで寝ていたんだもの」

「そう。でもすぐに新しい仲間が来るよ」

「そう……そうね」

明日には、ベッドは埋まっているだろう。

僕たちは消耗品で、替えなどいくらでもあると、指揮官がいつか言っていたのを思い出した。

指揮官の言葉はいつもと同じで冷たかったけれど、彼女の涙はおかげで乾きそうだ。






「ちゃんと手入れしているようだな」

「ん」

大体月に一度、義肢の点検がある。

日々訓練をこなし、戦場に出る僕らの義肢はすぐに痛んでしまうのだ。

指揮官でもない、仲間でもない、義肢装具士という人間は、一風変わっていて、少し面白い。

いつも僕の義足をみてくれるのは、体の大きなおじさんだった。

その髪には少しだけ白髪がまざっている。

表情は少ないが、機械の類を目の前にすると鋭い目を隠さない。

医務室に似た、でも少し違う雰囲気のこの部屋をねぐらにする人だ。

この部屋には、たくさんのコードが、白い床が見えないくらいにのたくっている。

最初ここに来た時には、太いコードに足を取られてこけそうになっておじさんに睨まれたものだ。

彼は僕にくっついた義足を無言で眺め、あちこち動かした後、手際よく義足を外してしまった。

神がかり的な手の動きで、おじさんは義足とコンピュータを扱う。

「使い心地は?」

「良い」

義足から伸びたコードをつなげたパソコンを睨みつけ、僕の方を振り向かず、おじさんはいつも同じことを聞く。

「そんなら今までと同じ値のままにしとく。中身には、新しいソフトを入れてやろう。こないだ新しいのが手に入ったんだ」

「いいの?」

「お前さんの感想が聞きたいからな」

コンピュータ、というものを僕に教えてくれたのは、このおじさんだ。

義足を整備してくれている間、最初は暇で寝こけていたものだけれど、ある時ぼけーっとおじさんの手元を見ていたら何となくそのコンピュータの操作の仕方なんかが分かって、そのことを言ってみたらどうしてかおじさんがコンピュータについて細かく説明してくれたのだ。

仲間たちと過ごす部屋でもめんどくさくてそう口を開かない僕だが、おじさんといる時は少しだけ饒舌になる。

だが、コンピュータについて僕が知っているということは、指揮官にとってみればあまりありがたくない事態だろう。

指揮官は、必要最低限のことしか僕らに教えようとしない。

そういう点でもおじさんは本当に変だ。

僕が聞いたことに対して、ちゃんと説明してくれる。

それに何より、彼は銃が扱えないのだと言う。

最初聞いた時は、驚いた。

ここで銃を扱えない者がいるなんて。

「……おじさんってほんとに変」

「おまえさんほどじゃない」

そっけなくおじさんは返す。

その時、ドン、とひどく大きな音がして、部屋がぐらぐらと揺れた。

「地震か?」

おじさんの言葉に、僕は顔を顰めた。

これは地震じゃなくて、何かが近くで爆発したんだ。

次いで、うるさいサイレンが鳴りだす。ランプが赤く光る。

「また戦争か」

おじさんはうんざりしたように言った。

本当なら僕はすぐに戦闘服に着替えなきゃいけないところだけれど、おじさんが足をくっつけて解放してくれないと動きようがないので、めんどくさいし、じっとしていることにした。

ばたばた、といつもと違う場所にいるからか、いつもよりもずっと騒がしい気がする。

放送の告げる作戦(コード)が、侵入者をただちに始末せよ――と命令していた。

侵入者?

……しかも、何か変なにおいがするのは、何?

「こりゃ何だ!」

おじさんが叫んで、僕はドアを振り返った。

その隙間から、白い煙が部屋の中に流れ込んでくる。

それはすぐに部屋を満たそうと迫って来た。

おじさんが咳きこんでしゃがみこむ。

何だこれ……、くらくらする。

口元に手をあてた。

まだ義足の整備が終わっていないから、立ち上がれない。

この煙は、死をもたらしてくれるものだろうか?

さらに、みし、と上から大きな音がして、僕は天井を見上げた。

先ほどの爆発のせいか、もしくは侵入者が暴れているからだろうか。

天井が今にも落ちてきそうに傾いでいた。

おじさんは床に倒れている。

天井が。

みしり、と。

軋んで。

せっかくおじさんが整備してくれた良い義足がもったいない、と少しだけ思ったのが、最後。

僕の意識は、天井の瓦礫に押しつぶされた。





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