ダウンロード
投稿者:出版社勤務Rさん
俺の勤める出版社はホラー・SF・ミステリー・ファンタジーといった題目を専門とした小さな会社だ。
電子書籍化が進みつつある現代において、紙媒体を扱っている俺の会社は気を抜けばたちまち時代の渦に呑まれ、藻屑と化す瀬戸際すれすれ。
そんな会社で俺の担当するジャンルはホラー。
文庫ならともかく、週刊誌での編集だからいつも特ネタを求めてネットサーフィンにどっぷりと浸かる事もあれば、悪戯の可能性が多数あるお便りを慎重に取り除き、信憑性の高い物を選んで取材へと向かう。
はっきり言って退屈にも程があった。こうして向かった場所はほとんどがガセで読者の信頼を考えず、ただ「おもしろい」を突きとめただけの編集で仕事を終える。
「せんぱ~い。何かこの頃ネットで話題になってるネタ知ってますか~?」
間の抜けた返事をする後輩から〈あの事〉を聞かされたのはタバコを片手にパソコンとにらめっこしながらキーボードをゆったりと入力していた時だった。
「どうせまたガセだろ…」
「いやいやいや、これは結構信憑性の高い方ですよ。俺の知り合いも何人か知ってるくらいですから」
「呪いの動画とか画像とか今時流行んねーっての」
「そんなお決まりなネタじゃないっすよ。なんてったって…」
「幽霊をダウンロード出来るホームページって物が存在するらしいですよ」
馬鹿馬鹿しい。俺は今だ熱心に語る後輩の話を空返事で返しつつ仕事に集中する事にした。
幽霊をダウンロードだなんて電気量子化でも果たしたっていうのか幽霊が。パソコン通じてってのは昔、とあるサイトはあの世と繋がっているといった作り話でもう懲りている。
大方、ウィルスやブラクラの類に違いない。それとも暇つぶし目的で作られた一昔前に流行ったFLASHだろう。
その時はこう思っていた。三日前までは…。
日曜日、残っている仕事を一気に片づけた俺はコーヒーを飲みながら一息ついていた。仕事も終わった事だしパチンコでも行こうかなと今日の今後の予定を思いつつ、かといって休日を同じやり方で過ごすのも味気ないと感じていた俺は唐突に後輩の話を思い出した。
眉唾物だと考えていたが、今はそれくらい調べるのに時間は十分足りていたために面白半分で検索エンジンに「幽霊 ダウンロード」と入力した。
「ま、こうなるわな…」
先に出てきたのは幽霊という言葉が付いた漫画やゲームに対するダウンロードの概要が綴られたサイトばかり。とても自分が望む物など得られる筈がない。
試しに噂、都市伝説といったキーワードを追加しても後輩が言っていた物にはまったく引っかからない。
「所詮噂話だな」
ようやくたどり着いたサイトは後輩から説明されていた都市伝説を掲載するようなサイト。幽霊のダウンロードについて書いてはあるが、ただ『存在する』と記されているだけでアドレスすら教えてくれない不親切さが目立つだけの物。
やっぱり大した物じゃなかったか。俺の中では既に結論が出ていた。
パソコンをシャットダウンし、牛丼でも食べに行こうかなと外へ出る支度をする。
これを見計らったように来たのはあの話をしてくれた後輩からのメールだった。
仕事柄、メールを良く貰うものだが、休日にまで寄越すような事は今まで一度もなかった。それを無視するくらい重要な内容じゃなかったら明日小言でも言っていびり散らしてやろうと考えながら俺はメールを開いた。
「…なんだこれ?」
何も書いていない本文。あるのは一つだけ添付されたファイル。名前の語尾を見るに画像ファイルだった。
説明も無しに画像だけ送られても理解に苦しむものだが、とりあえず画像を見ない事には始まらないので早速俺はダウンロードを開始した。
画像の容量は大した物じゃない。すぐにダウンロードは完了。
早速開いた画像に写っていたのは…ゴミ箱。
あの路地裏で良く見かけるような薄汚いステンレス製の丸いゴミ箱がぽつんとコンクリートの床で置かれた状態。ただそれだけだった。
「ふざけた事しやがって…」
俺の中に浮かんだのは呆れ。後輩が悪戯目的で何の変哲もない光景を写真に収めて俺に送りつけ、何か意味があるのかと困惑する俺の姿でも空想しているつもりだ。
後輩の浅はかな意図を読み取った俺はあえて返事を送らず無視する事にした。こうなったらとことん付き合って飽きるのを待った方がいい。
そして後日にしかるべき文句を仕事という形で叩きつけ、自業自得だと思い知られるのがこちらとしては得だ。
俺のある意味恐ろしい思惑など知らぬ筈の後輩からはまたしてもメールが届いた。内容は同じく真っ白、添付ファイルが一つだけ…。画像を再びダウンロードして中身を調べてみると、そこにあったのはまたしても薄汚いゴミ箱。先ほどと一ミリも違わない画像だ。
俺はバックに携帯を詰め込んで何も反応する事なく、当初予定した通りに牛丼を食いに行くことにした。車を運転中、メールが届いた事を知らせるマナーモードのバイブレーションが何度も鳴っている事が煩わしかった。おかげで苛立ちが募り始め、今まで後輩の可愛い悪戯だと考えて対応していた事にも限度が出てきた。
店にたどり着いた際に真っ先に携帯を手にして見てみると、画面には十通の未読メールの表示が…。
一応確認してみたが、内容はやっぱり真っ白。依然として添付ファイルがあるだけだ。とうとう堪忍の緒が切れた俺は今回の件について企んでいた事を一切無視して後輩に電話した。
呼び鈴が鳴り続ける。だけど中々出ない。
「ふざけんなあいつ…!」
悪態を付きつつ、根気強く後輩が電話に出るのを待ち続けたが、とうとう後輩は電話に出る事はなかった。店に入りながらも電話をかけ続けたが、注文品が目の前に出るまで待っても相変わらず。結局一旦作業を停止して牛丼で腹ごしらえする事にした。
ただ、俺が電話をしてからメールは届く事はなくなった。
諦めた――俺はそう考え、一先ず腹の虫を抑える事に決めた。どうせ明日は仕事だ、そこで後輩とは嫌でも出会う事になる。
食事が終わった後の俺は適当に本屋でもぶらついて時間を潰したのだった。
少々遅めの帰宅により、外はすっかり暗くなり始めていた。マンションの電灯も設定時間に基づいて点いている後だ。手にしたビールとつまみの入ったスーパー袋を揺らしながら、俺は少々しばらくぶりの我が家へと入っていった。
俺はこのままひと風呂浴びて冷たいビールで乾杯しようと楽しみにしていた。そういった準備をすべく、身の回りの物を色々と整理していたが、ここでふとあのメールを思い出した。
「なんだってこんな事したんだあいつ…」
呟きながらメールを調べてみたが、何の変哲も見られない同じ形式のメール。ひとまず無駄だとわかりながらもメールの添付ファイルをダウンロードする事にした。
「やっぱりゴミ箱の画像か」
分かっていた。ゴミ箱の画像が出てくるのは…。
三つほど調べてみたが、同じ画像。送られた順番を無視してダウンロードしても何も変わらない。
これ以上は無駄足だと考えた俺は携帯を充電器に置いてそのまま風呂へと直行した。
一日の疲れを癒やし、気分が向上して鼻歌を歌う。
広いとはいえない浴槽でも俺には極楽場。これから待ち構える更なる至福の時を楽しみにしながら身体を清めていたが、
ドンドン――!
壁を叩く音が聞こえた。
「…すいません。変な歌すぐに止めます。はい」
良くあることだ。このマンションは一部の部屋だけ壁が薄い。この時間だったらお隣も同じく風呂に入っている事だろう。つまりかち合わせ。迷惑をかけたこちら側が悪い。
そのまま静かに入り、十分に温まった所で風呂から出た俺はバスタオル一枚というだらしない格好で水場から出て冷蔵庫から今日買って来たビールを取り出す。
水分を取るならビールは悪出だと言われているが、これは止められない。自分の好き勝手にやらせてもらいたい。
ドンドン――!
「あ?」
ここで壁を叩く音。何もしてないのに…。この場合はお隣の過剰意識だと決めつけ、何も戒めはしなかった。そのまま服を着替えてビールとつまみを手にテレビを見ていた俺はのんびりとしていたんだが、聞こえてくる。
ドンドン――!
テレビの音は先ほどの叩く音で下げる事にした。もう文句を言われる筋合いはない――その筈なのに。
ドンドン――!
ひょっとして、迷惑をかけられているのは自分では…?
おかしい気がした。壁を叩く音は定期的に続く。
俺はお隣へ突入してみる事にした。外へ出て少し歩けばすぐそこだ。
「…あれ?」
お隣のドアの前に立って俺は唖然とした。
「いない、のか?」
電気がついてない。誰も中にはいないのだ。
「ちょっと待て。おい、待ってくれ…」
訳がわからない。念のため戸締りを調べてみたが、鍵はちゃんと掛かっている。人のいる気配も全然しない。
ならばあり得ない。あの壁を叩く音に説明がつけられないのだ。
俺は段々怖くなってきた。職業柄、こういうのは全然平気だと豪胆していたのに、いざ現実となると信じられない程に違う。震えが収まらない。
ドンドン――!
部屋の中に戻っても音は聞こえてくる。しばらく恐れていたが、勇気を出して原因を調べてみようと決起するまで平常心を戻してみるまでになったが、おかげで気付いてしまった。
この音、方向関係なく響いてやがる…。隣どころじゃなかった。上からも下からも左右からと音は聞こえてくる。
「何だよ…何だよいったい!?」
壁を叩く“何者か”に聞く。返事は返ってこない。耐えきれなくなった俺は最後の頼みとして警察を呼ぶ事にした。こんな事、普通なら考えられない。後で頭のおかしい人と認識されても構わない。
とにかく、一人でこんな場所にいるのは耐えきれなかった。
すると、ここで着信が届いた。
俺は警察へのダイヤルを止め、恐る恐る着信者名を見てみた。後輩からだ…。
地獄に仏とはこの事。俺はすぐさま応答した。
「U(後輩の名前)か!?」
「あ、先輩すか? 今日、何度も電話貰ったようで何かなって思って電話したんですけど、どうしたんですか?」
「ふざけんな! 俺に訳の分からないメールを何度も送りやがって! それから妙な事が起きててこっちは大変なんだよ!」
「は? メール? 俺メールなんて今日送ってませんよ?」
もはや真偽なんてどうでもよかった。
俺は今起きている出来事を一句漏らさず説明した。決して嘘なんかじゃないと追言もしておいて…。
「――先輩、そのメールって何回開きました?」
「ご、五回だ! それがどうしたんだ!」
「なら安心ですね…先輩、今から俺の言う事ちゃんと聞いてくださいね。まずそのメールは今直ぐに捨ててください。ダウンロードした履歴の部分も必ず消去しておく事。最後に音のする方向へと盛り塩を備えて置いてください」
何の意味があるのか知らぬまま、俺は後輩の言うとおりにした。
メールを消したら音が少し小さくなる、履歴の画像もしっかりと消せばまたしても…。
最後に荒塩を小皿に盛って音がしていた方向の床へと置いて小時間。
音は完全に消えていた。
何が起きたのか分からない。どうしてこうなったのか俺には分からない。
反射的に俺は後輩へと電話をしていた。
「まさか先輩が選ばれるとはねぇ…考えてもみませんでしたよ」
「何なんだよこれ…」
「寂しがり屋で今だに昇れずにいる人達が明るい家に踏み込もうとする事があるんですよ。そういう仕掛けを画像か動画という形で送りつけて、その数に応じて入口も大きくなっていくって寸法です。昔の陰陽師にあった呪という形式の一つですね。誰かが知ったのかネットにそういうのを作った物が流行っていて困っているんですよ~」
「…お前、いったい何者?」
「知りませんでしたか? 俺、実家がそういうのやってた家系ですからちょっと詳しいんすよ」
ともかく、俺は後輩のおかげで難を逃れる事が出来た。
後に会社で後輩の事を調べてみたんだが、マジでそういう家系だった。灯台もと暗しとはこの事だ、最高のネタが近くに眠っているとは思いもしなかった。
ただ、どうも腑に落ちないのが一つ。
結局あのメールを俺に送ったのは誰なんだか…。
後輩は違うって言っているが、果たして本当か。
少しばかり人を信用する事が慎重になってしまった。




