ろくろっ首
投稿者:Sさん
花子さん、メリーさん、ひきこさん、口裂け女、八尺様……。
都市伝説の有名な怪異はほとんどが女性の姿をしている。
これは人間の生理的・心理的な思考を逆手にとって恐怖心を煽る為には女性が適任だからとされている。
男性だと力強い・暴力的というイメージができるので、未知の恐怖というものではなく現実的恐怖にすり替わってしまうから話として幽霊の怖さのイメージが出来ないからです。
なので男性の形をした怪異、有名な都市伝説が少ないのだ。
ここで私から都市伝説をお送りさせてもらいましょう。
――――――――――
俺が中学生の頃は塾に通って勉強していた。
当然帰りも遅くなるワケで夜道を通るのは当たり前。
早く帰る為に近道を通るのも習慣となっていた。
その近道は誰かの畑の傍を通る道で靴が土で汚れる所だ。
そこは里芋を植えていて時期が来ると大きな葉っぱで畑全体を覆い尽くすほどの繁盛ぶりを見せる。
畑にはもう一つ、枯れた柿の木がひっそりと向こう側の隅に生えているのも特徴の一つであった。
テストが近くなっていた時期だった。
俺はいつもどおりに近道を使って家へと帰ろうとしていたんだけど、畑をあと少しで通り過ぎる所に差し掛かった瞬間だった。
足に何かが引っ掛かり、俺はそのまま土の上へと勢い良く転んでしまった。
とっさに両手を前に出して顔からぶつかるなんてことはしなかったけど、肘や膝は若干擦り剥けてたと思う。
痛みに耐えて立ち上がろうとしたげど、四つん這いの状態から移る時に俺の視界に何かが入った。
白い紐があった。太さはロープぐらいの太さのモノだった。
俺はふいにその紐を掴んでみたがなんの変哲もない紐にしか見えなかった。
だけど異常なのはその長さだった。俺がいる位置はもちろん、ずっと遠くの左から右へと伸びるように紐はそこに存在していた。
引き具合は若干強いぐらいでどこかに繋がっているような感じだった。そんなわからないモノを見て俺は興味が湧き始め、紐を手で伝ってそれが結ばれている元へと行こうとしてみた。
おおよそ五メートルだろうか? 辿り着いた先はあの柿の木。
紐は柿の木の太い幹にしっかりと結ばれてそこから垂れるように伸びていた。
誰がこんなものを結びつけたのだろう。俺はワケのわからないこの光景を不思議に思いながらしばらく見つめていた。
すると、ふと生温かい風が俺の体に当たる。風はロープをはためかせて俺の真横でゆらゆらと揺れている。
なんだろう、ここにこれ以上いてはいけない気がする。どうしてそう思ったのか今でも分からないが、とにかく俺はこの場から離れようと足を進めた。
その時だった。
紐がギチギチと軋む音を出し始めた。
風は吹いていない。それなのに紐は柿の木から離れようとするかのように強い力で引っ張られていた。
一体何がどうなっているんだ? 俺は柿の木とは反対側の紐の方を見てみた。
人影が見えた。黄昏時だったから姿は暗くて見えなかったが、確かに十メートル先には誰かが紐のある位置にまっすぐと立っていた。
いや、よく見ると少しずつ近づいているのがわかった。何やら腕を左右に振って紐を手繰るように掴みながらこちらへと向かってきているのだ。
どこかおかしい……。
はっきりとわかるのだ。人影が普通の人間がやるような動きをしていないって事を。
今すぐこの場から離れたいと考えた。だけど体は金縛りにあったかのように動かなかった。
そうしている間も人影は近づいてくる。ようやく半分に差し掛かった所、ついにその正体は俺の視界にハッキリと写った。
“首がだらんと伸びて後ろに倒れ込み、顔だけを前ではなく逆さまの形で後ろを向きながらやってくる男の姿であった”。
紐はその男の首に結び付けられていた。
近づいていくにつれ、なんだか『グキリ』とか『ギチチ』とかいう音がしだいに聞こえてきていた。
まるで首の骨や筋肉がつぶれたり折れたりしている……そう表現できる音だった。
男はそのまま紐を腕で辿って前へ前へと進んでいった。
とうとう俺の真横にまでやってくるが、止まらず紐を手繰り続けていく。
そんな時、俺は見てしまった。男の背中が見えた時、倒れ込んでいた顔がギョロッ! と俺の方へと目を動かして凄まじい形相で睨みつけてきたのを。
震えて叫び声も出なかった。今すぐこの場で小便を漏らしたい勢いで俺の体の力は抜けていった。
男はそのまま睨み続けてくる。目を背けたかったけど首も顔も全然動かなかった。
「その子はかんけぇねぇっ!」
いきなりだった。誰かの怒号が聞こえてきた。
聞いた瞬間、思わずビクッと体を跳ねあがらせたが、ここで俺は金縛りから抜けられた。
体を自然に身を任せ、このまま地面へとへたり込むように膝を付けた。
「もうええだろうが!」
二度目の怒号がこの場に響き渡った。
更に「帰れ!」だの「出てくるな!」だのと激しい声が聞こえてくる。
俺は声の行方を辿って視線を移してみると、そこには帽子を被った老年の男が腕を振り払うジャスチャーをしながらあの男に向かって色々と叫んでいた。
何度か老年の男が叫んだ次、今度は男との睨み合いに変化していた。
どちらも譲らないといわんばかりの緊迫感の中、俺はじっと二人の様子を見守った。
やがて、白い紐の男の方が根負けしたのか柿の木の方へと向かっていき、いつの間にか真っ暗になってた夜の暗闇の中へと消えていった。
原因が消えたことで安堵した僕に待っていたのは老年の男からの痛い拳骨であった。
「なに勝手に入ってんだおめぇはっ!」
そのままこっぴどく叱られ、手を掴まれどこかへと連れて行かれることになった。
連れてこられたのは一軒家、たぶん老年の男性の家だ。
中へと「入れ」と命令口調で言われ、俺はびくびくしながら中へと入る。
畳や木材の香りに包まれた古い造りの家だった。
俺は老年の男性(Kさんと紹介された)に命じられるがまま、畳の上に正座をさせられることになった。
当時中坊だった俺は必死こいてKさんに謝った。
その姿勢をくみ取ったのか、Kさんは荒々しい態度をしだいに変えて優しく俺に諭すようになっていった。
ここで俺はKさんからあの男について聞こうとしてみたが、「聞く必要はない」と強く言われ、結局Kさんが俺から聞いた俺の家の電話番号にかけて迎えに来てもらうことになった。
しばらくすると、車の音が聞こえてきて親父が家の中に入ってきた。
ずいぶん慌てた様子だった。
俺の姿を見るなり「何もなかったかっ!?」と関口に聞いてくる。
これに何もないと俺が言うと、親父は「よかったよかったっ!」と本気で嬉しそうにしていた。
俺はKさんに見送られ、親父の車に乗ってKさんの家を後にした。
車の中は初めは無言の状態だったが、もうすぐ自分の家に辿り着く所となった時、親父が話を始めた。
「あのKさんの土地はなぁ……昔、被部落差別の土地に昔住んでいた人が移ってきて住んでてなぁ……これを知ったここらの奴等が再び苛め出してな、最後にあの柿の木で首を吊って死んだ場所なんだ」
更には誰もあの辺には近寄らなかったものだから、数日後にようやく発見された時は首吊りで使った紐から下が体の重さによって皮が伸びてろくろっ首のような状態だったらしい。
親父は「今でも憎いんだなぁ……この土地の人が」と呟いていた。
Kさんはその話の人間の子孫にあたる人なんだと後から俺は聞いた。
きっとKさんはあの男の呪いを誰かが受けないよう目を光らせているんだろう。
あれから数年、一つの電話を手にした。
なんとKさんが亡くなった。Kさんには誰も親戚がいない。
それに伴い、あの畑の土地をどうにかなるまで今は市が保管している。
あの柿の木を誰かが無得に扱わないかが俺は心配で仕方がない。




