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後編

 全長1mもあろうかという大きな花束を肩に担いで、あたしは二階の自分の部屋に駆け込んだ。

 親に見つからないように急いでドアを締めると、カバンに入れっぱなしだったケータイを掴んで圭吾に電話をかけた。

 この時間だったらとっくに仕事に入っているだろう。

 出る筈はないと思いながらも、祈るような気持ちで呼び出し音を数える。

 

 ルルル・・・ルルル・・・ルルル・・・ルルル・・・・


 5回目の呼び出し音を聞いて、諦めたあたしがケータイを切ろうとしたその時、「もしもし?」と低い声がした。

 出て欲しかった筈なのに、本当に出た圭吾の声にあたしはテンパッて「お、おはよう」と間の抜けた挨拶をする。

 それが可笑しかったのか、圭吾が電話の向こうで苦笑する声が微かに聞こえた。


「おはよう。なんだよ、こんな時間に」

「なんだよって、こっちのセリフよ。何なの、このサプライズ!?」

「あー・・・そうだったな。ごめん、忘れてくれ。それ、捨てていいよ。昨日、アユミと待ち合わせの前に花屋で予約してたクリスマス宅急便だったから・・・昨日の話でそれどこじゃなくなって、言いそびれてた」

「昨日の待ち合わせの前・・・?」


 そう言えば、昨日遅刻してきたのを「ヤボ用」だって言ってたっけ。

 それをあたしは「クリスマスに遅れてくる男とか、サイテー」って言ってしまったような・・・。

 うっわ!

 サイテーなのはあたしの方じゃん!?

 良心の呵責に苛まれて、あたしはリングサイドに追い詰められたような心持ちになった。


「圭吾、これってプロポーズなんでしょ?捨ててくれって・・・」

「そうだったけど、俺達、昨日別れただろ?タイミングが悪くて申し訳ないんだけど、俺も実はこのクリスマスに決着つけようとは思ってたんだ。まあ、アユミが別れる方向で決着つけたかったんなら、もう仕方がないよ。それ、もう要らないだろうから捨ててくれ」

「そ、そりゃ、昨日は別れるって言っちゃったんだけど、あれは圭吾が早くプロポーズしてくれないから、あたしから切り出したんじゃない。圭吾の事が嫌いな訳じゃないんだから・・・」

「でも、俺の煮え切らない態度とか、無責任な付き合い方にはウンザリなんだろ?だから別れたくなったんだろ?」


 痛い所をついてくる圭吾の言葉に、あたしは口をつぐむしかなかった。

 昨日の決戦とは完全に形勢逆転。

 圭吾のボディブローは確実にあたしの心臓にダメージを与えていく。


 「俺、あれから考えたんだ。確かに俺って、面白くもないヤツだし、気の利いたことも言えないし、優柔不断で、人任せで無責任な男かもしれない。しかも鈍感で、今までアユミにも気が付かずに迷惑掛けてきたと思う。だから、アユミが別れるという選択をしたのは間違いじゃない。俺はまだ、アユミに釣り合う男じゃないんだ」

「そ、そんな事ないって!昨日はあたしがちょっと言い過ぎたんだってば!」

「でも、俺にそんなに不満があるのなら、結婚なんて考えない方がいいよ。結婚したら基本的には死ぬまで一緒にいる羽目になるし、俺のこの煮え切らない性格は、この先直るとは思えない」

「だ~か~ら~!!!昨日言ったことは言葉のアヤだってば!」


 猛反撃を仕掛けてくる圭吾に、あたしはタジタジになった。

 普段は無口な圭吾も電話だと意外によく喋る。

 顔が見えない分だけ話易いのか、大人しい性格が少し気が大きくなるのか・・・。

 普段は会話もままならないくせに、ブログだとやたらと攻撃的な文章を書く人の心理みたいなもんだろう。


 堂々巡りの会話に逆切れしたあたしは、とうとう電話口で怒鳴った。


「もーお!圭吾はどうしたいのよ!?あたしと結婚したいの、したくないの?」


 すぐに返事をすると思いきや、圭吾は電話口で黙り込んだ。

 こ、この期に及んで、まさかの拒否ですか!?

 ここで黙りこむ意図を計りかねて、あたしも彼の言葉をひたすらに待つ。

 緊張感でケータイを握る手が汗でベタついてきた。


「・・・正直に言うよ。プロポーズしておいてなんだけど、俺、今、結婚できる状況じゃないんだよね」

「は!?」


 長い沈黙の後、やっと搾り出された彼の言葉を、あたしは一瞬把握できずに首を傾げた。


「どういう事?」

「俺ね、一年位前から、膝、故障してるんだ。もう今までみたいに走れないし、フルマラソンは多分無理。だから、会社辞める事にしたんだ。長距離の成績だけで推薦で入れてもらった会社なのに、走れなくなっても在籍してるって、俺、どうしても割り切れなくてさ。実は、今日は休み取って引越しの準備してたとこ。会社辞めたら、この寮も出なくちゃいけないからな」


 圭吾がもう走れない!?

 あの草原を走る獣のような華麗な姿がもう見れない・・・!

 想像だにしなかった圭吾のカミングアウトに、あたしは背筋が凍りついた。


 彼の口調は淡々として説明的だった。

 でも、その裏に隠し切れない悔しさや、虚しさが滲み出ているのを、あたしは聞き逃さなかった。

 走る事しか取り柄がなかった圭吾からそれを奪ってしまうなんて、神様はどれだけ貪欲なのか・・・。


 黙ってしまったあたしに、今度は彼がフォローするように電話の向こうで笑った。

 

「心配すんなよ。別に絶望してるわけでもないし、後悔してるわけでもない。寧ろ、俺の唯一の才能をここまで活かすことができてラッキーだったよ。お前は忘れたかもしれないけど、俺、中学校の時、初めて出た試合でお前にコクられたじゃん?」

「あ、うん・・・」

「ビックリしたんだけど、アレ、マジに嬉しくってさ。

実はあの時、選手がいないからって陸上部でもなかったのに無理矢理出されたんだけど、お前にコクられて調子に乗っちゃったんだよね。俺って何の取り柄もないけど、走ってる時は少しはイケてんのかなって。

 で、陸上部に入れば試合の度にお前に会えると思って、そっから本格的に長距離始めたんだよ。だから、今までの人生は全部お前のお陰なんだ」

「圭吾・・・」

「結婚とか・・・男の責任は取るつもりだったけど、膝がもう限界な事も分かってたし、会社辞めるのも秒読みだって思ってたから、なかなか切り出せなかった。

 花束のメッセージに『今年は結婚してくれ』って書いただろ?今年中には新しい仕事見つけて、住所も安定させようとは思ったんだけど、今、景気悪いからな。いつになるのか自信なくなってきたよ」


 自嘲的に、でも、努めて明るく話す圭吾がいじらしかった。

 今までゴールだけを見据えてひた走ってきた圭吾が、今、人生というレースで子供みたいに迷っている。

 走る事は天才でも生きる事に不器用な彼には、この先、辛く孤独な戦いが待っているに違いない。

 草原で群れから離れてしまった傷ついたカモシカみたいに、彼は今、不安で怯えている。

 あたしは今すぐ駆け寄って抱き締めてあげたい衝動に駆られて、ケータイをギュっと握り締めた。

 

「圭吾・・・これからどうするの?」

「手始めに実家に荷物送っておこうかなって思ってる。次の職場が市内とは限らないしな。一旦、実家に戻って職場が内定してからアパートでも借りるつもり」

「今日はどうするの?」

「さあ・・・荷物まとめたら職安でも行こうかな。てか、お前こそ、今日仕事は?」

「完全に遅刻よ。そんな事より、いい?今日、あたしの仕事5時までだから、6時に昨日の噴水の前で待ってて。それから、これからの事、二人で具体的に検討するの、分かった?」

「これからの事、具体的にって・・・」

「うるさいわね!あたし達、結婚するんでしょ?二人で一緒に住む場所を探すのよ。二人で力を合わせて生きていけば何とかなるわ」

「俺達、昨日、別れたんじゃなかったっけ?」


 可笑しそうに電話の向こうで笑う圭吾に、あたしも思わず笑ってしまう。

 そう言えば、昨日は人生にケジメをつけるつもりだったのに、この結末。

 クリスマスの決戦はあたしの完敗だ。


 クリスマスに届いた花束とエンゲージリング。

 極めつけのプロポーズの言葉。

 これでノックアウトされない女の子なんている訳がない。

 イブの夜、圭吾がこれを予約した時点で、彼の圧勝は決まったようなものだったんだ。


「別れないよ、圭吾!走れなくなっても、あんたはあたしのカモシカなんだからね。一生、追い回してあげるから・・・圭吾は一人じゃないんだから・・・だから、これからはあたしと一緒に走ろう?」


 「サンキュ」って電話越しに言って、圭吾はあはは・・・と笑った。

 彼にしては珍しいその明るい笑い声には、ちょっぴり涙が入ってるのも、あたしは聞き逃さなかった。

 

 結局、あたしからの逆プロポーズ。

 でも、しょうがない。

 中学1年のあの夏から、あたしは彼にやられっぱなしなんだから。



 花束についていたプラチナの指輪を左手の薬指につけて、あたしはクリスマスの穏やかな日差しの中を職場に向かって飛び出した。


Fin.


クリスマス過ぎちゃって申し訳ありません。

皆様、よいお年を!

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