暴走する鋼の乙女
彼女は上機嫌だった。その様子は彼の居る運転室に流される甘ったるい音楽や、信号灯の明滅具合から如実に伝わってくる。まさに上機嫌という彼女の体内で、沈黙に耐えきれなくなったのは彼の方だった。
「これは一体全体、どういう事なんだ」一言、一言を区切るように、彼は不機嫌を隠そうともせずにそう言った。
「ん、だから言ったじゃない。あなたに逢いたくて待ちきれなかったって」あっけらかんとして彼女は彼に答えてくれた。
「それのど・こ・がっ、この現状のどこをどう説明してくれるって言うんだ!!」
言って彼が指し示す外部スクリーンには、線路をはずれて激走する機関車の偉容に唖然とする人々が映し出されていた。
「ん〜、恋する乙女は何をしたって許されるのよ。って、格納庫の中で読んだ恋愛小説に書いてあったんだけど、なにか問題?」それに対する朗らかとも言える彼女の解答に彼の我慢は臨界点を突破した。
「まず、そいうことをさらりという貴様の個性が問題だっ! その後、僕を拉致監禁同様に連れ出した事も問題なら、平然と決められた線路以外を走っているこの現状も大問題だろうがっ!!」
その大音声に、とまどったように信号灯が明滅する、しばしの沈黙に言い過ぎたかと彼が多少の罪悪感を覚えつつあったところに
「怒っているア・ナ・タも凛々しくてス・テ・キ」とかいう脳天気な声が響くと今度は彼があきれ果て黙り込む番だった。
「いいじゃない、ちょっとした乙女心の暴走よ。だいたい〜、破壊した寮はちゃんと直してきたし、今、現在、こうして向かっているのはお仕事でぇ、ちゃんとその分の許可は取ってるんだから問題ないも〜ん」
「ちょっと待て、今、仕事とか抜かしやがったか貴様は、さすがにその一言はききとがめるぞ」
「あっ、忘れてた。これ、許可証ね」
やられた、そう思った。事態は彼の預かり知らぬところで一気に進んでいるらしい。このまま正式な書類を揃えられては一個人の力でこの状況から抜け出すのは不可能だ。考えろ、仁科秀幸、お前の人生は自動機関に振り回される為にあるのか? いいや、断じて否! 機械とはなにか、すなわち人の手により初めてその魂を入れられるものだ。考えろ仁科秀幸、生まれたてで素直な機械などお前の舌先三寸でだますなど容易な事ではないか、さぁ、対話を始めよう
「だからってどうして僕なんだ、他にももっと適任者はいただろうが、あん?」まずは彼女の翻意を促してみる。さぁ、これを第一歩とし、彼女を自分の思い通りに誘導していくのだ。
「…うんとね、一目惚れ」しかし、しばしの沈黙の後に帰って来たのは恥じらいを含んだ打算のないその一言だった。
「その一言ですます気かおのれはっ!」
「…だれだ、こんなはた迷惑なもん造ったのは…」
「R.J.ノイマン、尊敬するお父様」思わず漏れ出た声に桃色の機械音声が答えた。