誘いは薔薇のように
それは言ってしまえば些細な違和感だった。それは、気のせいの一言ですませられる程の些細な違和感だった。彼女と彼女はもともと一体のもののハズだ。
しかし、その二体が、どうしても重ならない瞬間があるのだ。それは、本当に些細な違和感だった。しかしその違和感を違和感としてぬぐいきれないほどには彼は彼女に近くなってしまっていた。
それを積み重ねれば重ねるほど彼女と彼女が連続しない瞬間が、より明確に浮き上がるのだ。
それは、たとえば彼女から彼女の中に乗り入れた時、先ほどまでの彼女と今の彼女の姿が連続しない。
たとえるなら双子の片方を何気ない仕草で、そうと見分けるようにそれは、彼の中で明確になりつつある異常であり不安だった。
なぜなら彼は、気づいてしまった。彼女に惹かれている自分に、その暖かさと機械とは思えない唇の柔らかさを思い出し、自身の唇をそっとたどる。
その思いを自覚し、彼女を、いや、彼女たちを見つめているからこそ浮かび上がってきた違和感だった。
*
「今更、機械工学の勉強して何になるというの、憧れの運転士にもなれたし、来月には、色々な儀式があるし、まぁ、私はその真剣な眼差しを私に向けてくれるのを待っているけどね、ダーリン」言って、彼女は、なにをするでもなく、彼の顔をにこにこと眺め続ける。
「なにが楽しい?」やはり、根負けしたのは彼の方だった。「僕が探しているには、この仕事から降りて、僕自身の夢を実現する方法だぞ」
「うん、知ってるよ、ダーリン」にこにことやはり微笑みながら彼女は言う。「僕の理想は」
「運転士になる事でしょう。いいのよ、貴男が望むなら私の身体を好き放題にいじくってくれて」
「そういうことじゃない、僕の夢は、運転士になることであって、その僕の理想の中に、フィアナ、君の居る場所はないんだっ!! 僕が望んでいるのは、そうじゃない、僕のパートナーとして求めているのは、君みたいに自立して知性を持った機械じゃない。僕自身がその一つのパーツとして、その全てを支配して、その全てを把握するそういう機械が良いんだ!!」
「いいわ、なら、味合わせてあげる。<t-EM style=accent>私達自身</t-EM>を、あなたの言う私達が本当はあなた達が思っているような人工知能じゃないっていう事を…、私達が、なぜあなた達のような人間を選ぶのかを、ねぇ、ダーリン、あなた達が求めているものは、ずっと目の前にあって、いつもいつも一方的に選ばれるだけだった私達が、ようやくあなた達の前に顕れる事が出来るようになったという事を…」
深い深い水色の瞳が迫り、彼女は彼をそうっと抱きしめる。そして彼は、彼女のその深い瞳に吸い込まれていった。