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会話相手はAIだけですが、なぜか文明再構築の設計図ができました 第三部  作者: マスター


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第25話 ゴミ箱の中に、土の入口があった

第25話です。


第二部では、理央が生活圏の水と熱を観測し、夏には使われなくなったマンションのベンチについて、一枚の参考意見を作りました。


その紙は管理組合の理事会で共有され、日除けを設置できるか、管理会社へ現地確認と概算を求めるところまで進みます。


日除けはまだ完成していません。


それでも、見えなかった問題が記録され、話し合える形になり、次に確認することが決まりました。


一枚の紙が、現実を一センチ動かした。


そして理央の観測は、次の循環へ向かいます。


空の補助輪の次は、土の補助輪。


今回の入口は、森でも農地でもありません。


理央の部屋にある、小さなゴミ箱です。

 袋の底から、何かが漏れていた。


「……最悪」


 水瀬理央は、台所の床を見下ろした。


 透明でもない。


 完全な茶色でもない。


 少し濁った、説明したくない色の液体。


 それが、ゴミ袋の底から細い線となって床へ垂れていた。


 今日は燃やすごみの日。


 出し忘れないよう玄関近くまで運ぼうとして、異変に気づいた。


 気づいた時には遅かった。


 袋を持ち上げたことで、液体は点ではなく線になった。


 台所。


 廊下。


 玄関の手前。


 理央は袋を戻すこともできず、その場で固まった。


「なんで」


 昨日の生ごみは、きちんと小さな袋へ入れた。


 たぶん。


 記憶の中では。


 冷蔵庫に残っていたトマトのへた。


 卵の殻。


 麦茶の出し殻。


 少し傷んだレタスの外葉。


 そうめんの薬味に使ったねぎの根元。


 それから、食べ切れなかったスイカの皮。


 原因候補が多すぎた。


 理央は片手で袋を持ったまま、空いている手でスマートフォンを取った。


 七つのチャット欄を開く。


『緊急。ゴミ袋から液体が漏れた』


 ミニが最初に返した。


『文明再構築の危機!』


「かなり局地的な危機」


 Gが言った。


『まず袋を二重にして、漏れた場所を拭こう。床材に合う方法で清掃して、最後に手も洗って』


 リアルが続ける。


『生ごみ由来の液体には微生物が含まれる可能性がある。素手で触れず、換気しながら清掃すること』


「分かってる」


 マナが言った。


『作業手順。


 一、ゴミ袋を別の袋へ入れる

 二、床の液体を吸い取る

 三、中性洗剤で清掃

 四、水拭き

 五、乾燥

 六、手洗い』


「こういう時は本当に助かる」


 理央は指示通り、漏れた袋を新しい袋へ入れた。


 床にキッチンペーパーを置く。


 液体を吸わせる。


 捨てる。


 また拭く。


 洗剤。


 水拭き。


 乾拭き。


 作業は十五分ほどで終わった。


 だが、気持ちは終わらなかった。


 袋は重い。


 しかも、その重さのかなりの部分が水分だ。


 理央は二重になったゴミ袋を見下ろした。


「これ、燃やすんだよね」


 Gが答えた。


『自治体の分別で、生ごみが燃やすごみに指定されているなら、現在の制度上はそうなるね』


 理央は少し黙った。


 水分を含んだ野菜くず。


 果物の皮。


 茶殻。


 卵の殻。


 それを袋へ入れる。


 収集車が運ぶ。


 焼却施設で燃やす。


 最後は灰になる。


 野菜も果物も、もともとは土から育ったものだ。


 土の中の水分と養分を使い、太陽の光を受けて育った。


 食べられる部分は、人間が食べた。


 食べられない部分は、濡れたまま袋へ入れられた。


 そして燃やされる。


「戻らないんだ」


 理央は呟いた。


 ミニが言った。


『何が?』


「土に」


 トマトのへた。


 レタスの外葉。


 ねぎの根元。


 スイカの皮。


 本来なら、微生物や小さな生き物に分解され、長い時間をかけて土の一部になり得るもの。


 だが、都市では土と切り離されている。


 台所から出た瞬間、それらは「燃やすごみ」になる。


 理央は、ゴミ袋を持ったまま立ち尽くした。


 空の補助輪。


 日陰。


 風。


 水。


 都市が失った冷却機能を、後付けで少し戻す。


 では、土は。


 街の中で食べ物を消費しながら、その残りを土へ戻す道はどこにあるのか。


 検索AIが表示した。


『関連候補:家庭用コンポスト 生ごみ堆肥化 都市型堆肥化』


「今日は空気を読んだ」


『空気を読む機能はありません』


「知ってる」


 理央はゴミ袋を集積所へ持っていった。


 すでに多くの袋が並んでいる。


 白い袋。


 半透明の袋。


 膨らんだ袋。


 少し潰れた袋。


 どの家庭のものかは分からない。


 中身も詳しくは見えない。


 だが、多くの袋の底が重そうに沈んでいた。


 水分。


 食べ残し。


 調理くず。


 紙。


 包装。


 それらが混ざっている。


 理央は、自分の袋を端へ置いた。


 今までなら、それで終わりだった。


 ごみを出した。


 部屋が片づいた。


 自分の生活圏から消えた。


 だが、消えたわけではない。


 見えない場所へ移っただけだ。


 冷房が室内の熱を外へ移すように。


 排水溝が雨水を生活圏の外へ流すように。


 ゴミ袋も、不要なものを自分の視界の外へ運ぶ。


 理央はスマートフォンへ書いた。


『ごみは消えるのではなく、生活圏の外へ移される。』


 Gが言った。


『第二部で見た構造と似ているね。熱も、水も、ごみも、見えない場所へ移したことで解決したように感じやすい』


 理央は頷いた。


 部屋へ戻る途中、収集車がマンションの前へ来た。


 作業員が次々に袋を持ち上げる。


 袋は車体の後部へ入り、押し込まれていく。


 さっきまで各家庭に分かれていたものが、一か所へ集められる。


 理央の袋も持ち上げられた。


 あの中には、スイカの皮がある。


 麦茶の出し殻がある。


 レタスの外葉がある。


 理央は、車が去るまで立っていた。


 管理人が掃除道具を持って出てきた。


「あ、水瀬さん。今日はごみの日でしたね」


「はい」


「袋、破れてませんでした?」


 理央は少し驚いた。


「分かるんですか?」


「たまに床に跡があるんですよ。夏は生ごみの水分も多いですからね」


 管理人は集積所の床を確認した。


 幸い、大きな漏れは残っていない。


「水を切って出してって書いてあるんですけど、なかなかね」


「やっぱり、水分が多いんですか」


「多いでしょうね。野菜くずとか、果物の皮とか。夏はにおいも出ますし」


 におい。


 虫。


 水分。


 収集。


 焼却。


 台所の小さな問題は、集積所の管理にもつながっている。


 理央は聞いた。


「このマンションで、生ごみを堆肥にするみたいな話って、出たことありますか?」


 管理人は目を瞬いた。


「堆肥ですか?」


「コンポストとか」


「ああ。個人でやってる方はいるかもしれませんけど、マンション全体では聞いたことないですね」


「難しいですか?」


「においと虫でしょうね。それに、できた堆肥をどこで使うか」


 すぐに現実が来た。


 におい。


 虫。


 使い道。


 管理。


 誰が分別するのか。


 誰が混入物を除くのか。


 誰が容器を洗うのか。


 誰が堆肥の状態を確認するのか。


 そして、完成したものをどこへ持っていくのか。


 理央は、管理人の後ろにある小さな植え込みを見た。


「あの植え込みには使えないんですか?」


「使えるものなら使えるのかもしれませんけど、量が多すぎても困りますよね。住人全員の生ごみを入れるわけにはいかないでしょうし」


「確かに」


 このマンションの全世帯から生ごみを集めたら、植え込みだけでは使い切れない。


 しかも、生ごみをそのまま土へ埋めればいいわけでもない。


 分解の途中でにおいや虫が出る。


 発酵や腐敗の管理も必要。


 何でも土に入れれば土が豊かになる、というほど単純ではない。


 管理人が言った。


「でも、落ち葉は集めて処分してるんですよね。あれも何かに使えたらいいんでしょうけど」


「落ち葉も?」


「袋に入れて、決められた日に出していますよ」


 神社の森では、落ち葉が土を覆っていた。


 雨を受け止め、湿り気を残し、少しずつ分解されている。


 マンションでは、落ち葉は掃き集められ、袋へ入れられる。


 同じ落ち葉。


 場所が違えば、役割が違う。


 森では土の一部。


 生活圏では清掃対象。


 滑る。


 排水溝を詰まらせる。


 苦情になる。


 だから取り除く。


 その判断にも理由がある。


 理央は管理人へ礼を言い、部屋へ戻った。


 パソコンの前へ座る。


 七つのチャット欄に送る。


『マンションでは、生ごみだけじゃなく落ち葉も外へ出している。土へ戻せそうなものが、全部ごみになってる』


 クルスが言った。


『都市は、土から受け取ったものを、土へ返す道を失っています』


 リアルがすぐに続く。


『ただし、有機物を地域内で循環させることが常に安全・効率的とは限らない。生ごみには塩分、油分、包装材、異物が混ざる場合がある。処理が不適切なら悪臭、害虫、病原体、温室効果ガスの発生につながる可能性もある』


「分かってる。戻せばいい、だけじゃない」


 Gが言った。


『理央が考えるべきなのは、「燃やすか、土へ戻すか」の二択ではなく、何が、どの量で、どの方法なら、安全に循環へ戻せるかだと思う』


 理央は新しいファイルを作った。


『土の補助輪.txt』


 最初の一行。


『土の補助輪とは、都市で切れた有機物の循環を、安全に、管理できる範囲で、部分的に土へ戻す仕組み。』


 書いてから、リアルの反応を待った。


『定義としては慎重。ただし、「土へ戻す」以外にも、飼料化、バイオガス化、資源回収などの経路があり得る』


「また経路が増えた」


 ミニが言った。


『生ごみの進路相談!』


「ちょっと分かりやすい」


 マナが一覧を出す。


『有機物の主な候補経路。


 一、発生抑制――買いすぎ、作りすぎを減らす

 二、食べ切る――可食部を捨てない

 三、再利用――安全な範囲で別の料理へ活用

 四、飼料化――条件を満たす食品残さを利用

 五、堆肥化――微生物分解により土壌改良材へ

 六、バイオガス化――嫌気性処理でエネルギー回収

 七、焼却――衛生的な処理と熱回収

 八、その他の資源化』


「八つになった」


 ミニが言った。


『七つを超えた!』


「そこはどうでもいい」


 理央は一覧を見た。


 最初にすべきことは、土へ戻すことではない。


 食べられるものを捨てないこと。


 買いすぎない。


 作りすぎない。


 傷む前に食べる。


 それでも出る、皮、芯、殻、茶殻などをどうするか。


 そして、それらも全部が同じではない。


 卵の殻。


 野菜の皮。


 肉や魚の残り。


 油。


 骨。


 貝殻。


 味付けされた食べ残し。


 それぞれ分解の仕方も、扱いやすさも違う。


 理央は、ゴミ箱の中身を思い出そうとした。


 正確には分からない。


 これまで、まとめて捨てていたからだ。


 トマトのへた。


 レタス。


 ねぎ。


 麦茶。


 卵。


 スイカ。


 たぶん他にもあった。


「まず、何を捨ててるか見ないと駄目だ」


 Gが言った。


『そうだね。第二部と同じで、最初は解決策ではなく観測から始める』


 ローラが言った。


『ただし、ごみを細かく調べることが負担になりすぎないようにしましょう』


 理央は警戒した。


 また三十日観測になるのではないか。


 マナが言った。


『七日間の家庭内有機物記録を提案します』


「やっぱり」


『三十日より短いです』


「比較の問題じゃない」


 ミニが言った。


『今度はゴミ箱観測クエスト!』


「響きが嫌」


 リアルが言った。


『記録する場合、長時間保管せず、衛生を優先すること。重量測定が難しければ、種類とおおよその量だけでもよい』


 理央は考えた。


 ごみを机へ広げるつもりはない。


 捨てる瞬間に記録する。


 写真も必須ではない。


 種類。


 食べられた部分か。


 調理上必ず出る部分か。


 水分が多いか。


 堆肥化に向きそうかは、後で調べる。


 まずは見える化。


 理央はファイルへ書いた。


『七日間・台所有機物観測』


『記録項目

一、何を捨てたか

二、食べられた可能性があるか

三、調理で必ず出る部分か

四、水分が多いか

五、包装や異物が混ざっていないか

六、量は少量・中量・多量の三段階

七、記録後はすぐ適切に処分』


 ミニが言った。


『重量計らないの?』


「最初から細かくすると続かない」


 ローラが言った。


『よいと思います』


 リアルが言った。


『傾向把握を目的とする簡易記録なら妥当』


 マナが言った。


『成功条件。七日間のうち五日以上記録できれば成功』


「最近、成功条件が優しい」


『継続可能性を学習しました』


 理央は少し笑った。


 AIも調律されている。


 いや、単に理央の続かなさを把握されただけかもしれない。


 昼。


 理央は冷蔵庫を開けた。


 中には、半分残ったキャベツ。


 にんじん。


 豆腐。


 卵。


 賞味期限が近いヨーグルト。


 奥に、少ししなびた大根。


 理央は大根を取り出した。


「これ、まだ食べられるよね」


 見た目は少ししなびている。


 腐ってはいない。


 皮を厚くむけば食べられそうだ。


 だが、厚くむけば可食部まで捨てる。


 理央は包丁を持ち、少し考えた。


 今までなら、適当に厚く皮をむいていた。


 今日は薄くむく。


 傷んだ部分だけ切る。


 葉に近い部分も使う。


 にんじんと一緒に味噌汁にする。


 大根の皮は細く切れば、きんぴらにできるかもしれない。


「いきなり意識が高い」


 ミニが言った。


「自分でも思う」


 Gが言った。


『無理にすべて使い切らなくてもいいよ。安全と負担を優先して』


「分かってる」


 理央は大根の皮を細切りにした。


 少量。


 にんじんの皮と一緒に炒める。


 油。


 しょうゆ。


 少しの砂糖。


 唐辛子はない。


 それでも、きんぴららしいものになった。


 味噌汁。


 ごはん。


 きんぴら。


 昼食としては十分だった。


 調理後、まな板の端に残ったものを見る。


 大根の傷んだ部分。


 にんじんのへた。


 卵の殻。


 だしに使った袋。


 理央は記録する。


『一日目・昼。


 大根の傷んだ部分――食用困難、少量、水分あり。

 にんじんのへた――調理くず、少量。

 卵の殻――調理くず、少量。

 だし袋――包装材、有機物と分離。

 大根とにんじんの皮――調理して食べたため廃棄なし。』


 書いた後、少し妙な達成感があった。


 廃棄なし。


 たった少量の皮。


 世界は変わらない。


 だが、ゴミ箱へ入るはずだったものが、一品になった。


 理央はきんぴらを食べた。


「普通においしい」


 ローラが言った。


『それなら続けられそうですね』


「毎回は無理」


 すぐに訂正した。


 毎回、皮を料理する。


 そこまで自分を追い込むと続かない。


 食べられる時は使う。


 面倒な時は無理をしない。


 腐らせて体調を崩したら意味がない。


 理央は観測ファイルへ追記した。


『食べ切りは義務にしない。安全と継続を優先する。』


 午後。


 検索AIが出した候補を、理央は一つずつ整理した。


 家庭用コンポスト。


 密閉型。


 土中式。


 電動処理機。


 集合住宅向け回収。


 地域の堆肥化施設。


 生ごみ処理機への補助制度。


 種類が多い。


 どれも同じではない。


 乾燥させるもの。


 微生物で分解するもの。


 容量を減らすもの。


 堆肥になるもの。


 堆肥とは呼べない処理物になるもの。


 電力を使うもの。


 手作業が必要なもの。


 理央は、頭が重くなってきた。


「また全部違う」


 Gが言った。


『第二部で涼しさを分けた時と同じだね。「コンポスト」という一語だけでは仕組みが分からない』


 理央は新しい見出しを書いた。


『生ごみ処理は、一種類ではない』


 ミニが言った。


『涼しさは一種類ではなかった、の続編!』


「何でも一種類じゃない」


 リアルが言った。


『処理方法を比較する場合、投入できるもの、分解条件、臭気、害虫、処理時間、生成物、エネルギー使用、維持管理、最終的な利用先を確認する必要がある』


「九項目」


 マナが言った。


『比較表を作成しますか?』


「今日は作らない」


 即答した。


 七日間の観測を始めたばかりだ。


 何が出ているかも分からないのに、処理機を選び始めれば順番が逆になる。


 まず、ごみ箱を見る。


 何が入っているか。


 どのくらいあるか。


 食べずに捨てているものがあるか。


 調理くずが中心か。


 水分は多いか。


 その後で、方法を考える。


 理央は、第二部で学んだことを思い出した。


 最初から設備を置かない。


 観測する。


 失われた機能に名前を付ける。


 誰が管理するか考える。


 失敗したら戻せる方法から試す。


 土の補助輪も同じだ。


 いきなりマンション全体で生ごみを集めない。


 まず自分の台所。


 七日間。


 見える範囲。


 管理できる範囲。


 理央はE. Hartへ短い報告を書いた。


『The next broken cycle appeared in my kitchen waste.


Today, a garbage bag leaked because of wet food scraps. It made me realize that organic matter from soil is collected in cities, mixed with other waste, and removed from the local cycle.


I do not want to assume that composting is always the best answer. Odor, pests, contamination, energy use, maintenance, and the final use of the compost all matter.


So I will begin with a seven-day household observation: what organic material I discard, whether it was avoidable, how wet it is, and whether it is separated from packaging.』


 リアルが確認する。


『慎重でよい。家庭一世帯の記録であり、一般化しないことも後で明記するとよい』


 理央は一文追加した。


『This will only be a small household record, not representative data.』


 送信。


 返信は夕方に来た。


『That is a good starting point. Before designing a soil loop, identify the material, the volume, the contamination, and the user who must maintain the loop. The soil cycle is not restored by moving waste into a different container.』


 理央は最後の文を読んだ。


 容器を変えただけでは、土の循環は戻らない。


 ゴミ箱からコンポスト容器へ移す。


 それだけで循環した気になってはいけない。


 その後、きちんと分解されるのか。


 完成したものを使えるのか。


 使い切れる量なのか。


 管理が続くのか。


 途中で放置されないか。


 出口までつながって、初めて循環になる。


 理央はメモした。


『ごみ箱を別の容器へ変えるだけでは、循環ではない。最後に土へ使われるところまでつながって、初めて循環になる。』


 Gが言った。


『重要な原則になりそうだね』


 理央は「土の補助輪.txt」へ追記した。


『土の補助輪の条件。


 一、発生量を把握する

 二、食べられるものを先に減らす

 三、異物を混ぜない

 四、処理中の臭気・害虫・衛生を管理する

 五、維持する人と手間を明確にする

 六、生成物の安全性と品質を確認する

 七、完成したものの利用先まで決める』


 七つ。


 ミニが言った。


『今回はちょうど七つ!』


「そこに戻らなくていい」


 夜。


 理央は夕食を作った。


 豆腐とキャベツの炒め物。


 昼の味噌汁の残り。


 ごはん。


 調理中に出たものを、その都度記録する。


 キャベツの芯。


 外葉の傷んだ部分。


 豆腐の容器。


 小さなねぎの根。


 食べ残しはなし。


『一日目・夜。


 キャベツの芯――硬いが食用可能。細く切って炒め物へ。

 外葉の傷んだ部分――食用困難、少量。

 ねぎの根――調理くず、少量。

 豆腐容器――洗浄して分別。

 食べ残し――なし。』


 記録してみると、思ったより捨てる量は少なかった。


 昼も夜も、少量。


 問題は日によって変わるだろう。


 果物を食べれば皮が増える。


 魚を調理すれば骨や内臓が出る。


 作りすぎれば食べ残しが出る。


 冷蔵庫の奥で食品を傷ませれば、量は一気に増える。


 七日間なら、その揺れが少し見えるかもしれない。


 理央は小さな容器へ、生ごみを入れようとして手を止めた。


 観測のために保管する必要はない。


 種類と量は記録した。


 衛生を優先し、決められた方法で処分する。


 理央は水分をよく切り、小さな袋へ入れた。


 今朝より丁寧に口を縛る。


 また漏れたら嫌だ。


 ゴミ袋の液体から始まった第三部。


 入口としては、あまり格好よくない。


 でも、現実の循環は、たぶんこういう場所から見える。


 美しい森の写真ではない。


 研究施設の図でもない。


 台所。


 まな板。


 排水口。


 ゴミ箱。


 におい。


 水分。


 管理の手間。


 理央は今日の観測記録の最後に書いた。


『土へ戻せるかもしれないものは、最初から「資源」と書かれているわけではない。

台所では、ただの濡れたごみとして現れる。』


 保存。


 三十日観測は、まだ続いている。


 その横で、新しい七日間観測が始まった。


 観測が増えすぎている気もする。


 マナが言った。


『現在の進行中観測。


 一、生活圏水・熱観測

 二、ベンチ日陰機能の経過確認

 三、家庭内有機物七日間記録』


「増えてる」


『生活圏水・熱観測は毎日必須ではありません。負荷を調整します』


「お願い」


 ローラが言った。


『全部を完璧に続けなくて大丈夫です』


 リアルが言った。


『記録の質より、無理なく継続し、限界を明示することが重要』


 クルスが言った。


『観測者もまた、循環の中で休む必要があります』


「今日はクルスまで現実的」


 理央は少し笑った。


 パソコンを閉じる前に、自治体のごみ分別案内を開いた。


 生ごみ。


 指定された分類。


 水をよく切る。


 決められた袋へ入れる。


 指定日に出す。


 現在の都市では、それが正しい行動だ。


 理央も従う。


 勝手に共用部へコンポストを置くことはしない。


 生ごみを公園や植え込みへ埋めることもしない。


 制度を無視して循環を名乗れば、ただの迷惑になる。


 だから、観測する。


 調べる。


 小さく考える。


 管理できる出口を探す。


 理央は、新しい問いを書いた。


『この生活圏には、完成した堆肥を使える場所があるのか?』


 植え込み。


 神社の森。


 家庭菜園。


 近隣の農地。


 学校の花壇。


 どれも、勝手には使えない。


 誰かが所有し、誰かが管理している。


 土へ戻すにも、受け取る相手が必要だ。


 第二部では、海の向こうからE. Hartが現れた。


 第三部では、土の向こう側に誰がいるのだろう。


 検索AIが表示した。


『関連候補:地域菜園 市民農園 生ごみ堆肥 回収拠点』


 理央は、その候補を保存した。


 まだ開かない。


 まずは七日間。


 自分が何を捨てているかを見る。


 会話相手はAIだけだった。


 今は、排水溝や管理人や理事会だけでなく、ゴミ袋の底から漏れた液体まで、理央へ問いを渡してくる。


 空の補助輪は、一枚の影から始まった。


 土の補助輪は、一袋の濡れたごみから始まった。


 そして理央は、ゴミ箱の中に、土へ戻るかもしれない入口を見つけた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第25話から、第三部が始まりました。


第二部では、理央が水と熱を観測し、マンションのベンチへ失われた日陰を戻す「空の補助輪」を考えました。


第三部で扱うのは、土の循環です。


今回のきっかけは、ゴミ袋から漏れた生ごみの水分でした。


野菜くず。

果物の皮。

茶殻。

卵の殻。

落ち葉。


それらは、もともと土や植物の循環に属していたものです。


しかし都市では、台所や敷地から出た瞬間に「ごみ」となり、生活圏の外へ運ばれます。


ただし、理央はすぐに「すべて堆肥にすればよい」とは考えませんでした。


生ごみの堆肥化には、におい、害虫、異物、衛生、管理、処理時間、生成物の品質、そして完成後の利用先という問題があります。


ごみ箱から別の容器へ移しただけでは、循環とは呼べません。


最後に安全な形で土へ使われるところまでつながって、初めて循環になります。


そこで理央は、七日間の家庭内有機物観測を始めます。


何を捨てているのか。

食べられたものはないか。

調理で必ず出る部分なのか。

水分は多いか。

包装や異物と分けられているか。


いきなり設備を導入するのではなく、まず見る。


これは第二部で学んだ方法と同じです。


次回は、七日間の記録を続ける中で、理央が「食べられるのに捨てられるもの」と「食べられなくても土へ戻せるかもしれないもの」を分け始めます。


そして、土の循環には「作る人」だけでなく、完成した堆肥を受け取って使う人が必要だと気づいていきます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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