第7話 飢えた村
村には、食べ物の匂いがなかった。
あるのは、乾いた土の匂いと――空腹の気配だけ。
広場には人が集まっている。
だが活気はない。
座り込む者。
壁にもたれかかる者。
子供を抱えたまま動かない母親。
誰もが、静かに消耗していた。
セラはその光景を見て、思わず目を伏せる。
「……ひどい」
絞り出すような声だった。
レオナは何も言わない。
ただ、視線を動かす。
観察している。
人の動き。
体格。
表情。
そして――生活の痕跡。
やがて結論に至る。
(慢性的な栄養不足)
一時的な不作ではない。
長期的な問題だ。
「収穫はどれくらいなの?」
レオナが村長に尋ねる。
「例年の半分……いえ、それ以下です」
苦しげな返答。
「種をまいても、ほとんど育たない」
「なるほど」
短く頷く。
レオナは再び畑へと向かった。
セラと村長が後に続く。
畑は相変わらず荒れている。
作物はまばらで、成長も不揃い。
レオナはゆっくりと歩きながら、一つ一つ確認していく。
土を踏む。
硬い。
表面だけでなく、下層まで締まっている。
しゃがみ込み、指で掘る。
乾いている。
水分保持ができていない。
作物の根元を見る。
浅い。
根が張れていない。
視線が横に動く。
そこに置かれていたのは――農具。
鍬や鋤。
だがどれも古く、歪み、刃も鈍っている。
レオナはそれを手に取った。
重さを確かめる。
バランスを見る。
そして、軽く振る。
……非効率。
「これで耕しているの?」
「は、はい……」
村人が戸惑いながら答える。
レオナは何も言わず、農具を元の場所に戻した。
立ち上がる。
数分。
ただそれだけの観察だった。
だが――十分だった。
原因は明確。
・古い農具
・土壌管理なし
すべてが繋がる。
レオナは振り返った。
そして、言う。
「農具貸して」
あまりにも唐突な一言だった。
村人たちが固まる。
「……え?」
「い、今ですか?」
戸惑いの声が上がる。
セラも思わず聞き返した。
「お嬢様?」
だがレオナは同じことを繰り返す。
「農具」
視線はぶれない。
迷いもない。
村人たちは顔を見合わせる。
意味が分からない。
この状況で、なぜそんなことを言うのか。
だが。
村長がゆっくりと口を開いた。
「……持ってきなさい」
「村長?」
「いいから」
静かな命令。
やがて一人の村人が、錆びた鍬を持ってきた。
レオナはそれを受け取る。
重さを確かめる。
刃を指でなぞる。
そして――
「セラ」
「はい」
「工具は?」
「一式、持ってきています」
即答。
さすがに準備がいい。
レオナは小さく頷いた。
「なら、足りるわね」
そう言って、近くの平らな石の上に農具を置く。
周囲の視線が集まる。
村人たちがざわつく。
「何を……?」
「まさか、自分で耕すつもりか……?」
だがレオナは答えない。
ただ静かに、袖を軽くまくった。
その動作に、わずかな変化が宿る。
――作業者の顔。
セラが道具箱を開ける。
中から工具を取り出す。
金属音が、乾いた空気に響いた。
レオナはそれを受け取り、鍬を見つめる。
そして、ぽつりと呟く。
「まずは形からね」
次の瞬間。
躊躇なく、刃に手を加え始めた。
削る。
調整する。
組み直す。
迷いのない動き。
村人たちは息を呑む。
ただ見ていることしかできない。
誰も理解していない。
何をしているのか。
なぜそんなことをしているのか。
だが一つだけ分かる。
――この令嬢は、何かを始めた。
風が吹く。
荒れた畑の中で。
一つの変化が、生まれようとしていた。




