第2話 婚約破棄
「貴様ッ!!」
第一王子エドワードの怒声が、王城の大広間に響き渡った。
先ほどまでの優雅な空気は完全に消え失せ、代わりに張り詰めた緊張が場を支配している。
レオナ・グレイウッドは、その中心に立ちながらも、まったく動じていなかった。
王子は一歩踏み出し、指を突きつける。
「その態度……やはり反省の色なしだな!」
周囲の貴族たちがざわめく。
だが今度は先ほどとは違う。
興奮と、期待。
誰もが次の言葉を待っている。
王子は高らかに宣言した。
「よって私はここに宣言する!」
一拍の間。
「レオナ・グレイウッドとの婚約を――破棄する!!」
大広間が揺れた。
歓声とどよめきが一斉に爆発する。
「おお……!」
「ついにか……!」
「当然だ!」
拍手すら混じる。
誰もがこの結末を望んでいたかのように。
王子の隣で、リリア・フェルナが小さく息を呑んだ。
「エドワード様……」
潤んだ瞳。
震える声。
その姿はまるで、救われたヒロインのようだった。
王子は彼女の肩に手を置き、守るように引き寄せる。
「安心しろ、リリア。もうお前が虐げられることはない」
その言葉に、周囲から温かな視線が集まる。
――完全な構図だった。
悪役令嬢と、救われる少女。
そして正義を下す王子。
誰もが納得する、わかりやすい物語。
ただ一人を除いて。
レオナは、静かにその光景を見ていた。
そして、心の中で整理する。
婚約破棄。
王家との関係断絶。
王妃教育からの解放。
政治的拘束の消失。
(……メリットが多いわね)
結論。
合理的。
レオナは小さく頷いた。
「合理的ですね」
その一言。
またしても空気が止まった。
王子の表情が固まる。
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
貴族たちも困惑したように顔を見合わせた。
誰も理解できない。
今、何が起きたのか。
婚約を破棄されたのだ。
普通なら――
泣く。
怒る。
縋る。
だがレオナは、ただ冷静に評価しただけだった。
「王家としての判断としては妥当です」
淡々と続ける。
「問題行動のある婚約者を排除する。理にかなっています」
王子の顔が引きつる。
「な、何を……」
レオナはさらに言う。
「むしろ遅いくらいかと」
完全に静まり返る会場。
誰も声を出せない。
リリアでさえ、涙を止めてレオナを見つめていた。
レオナはそんな周囲の視線を気にする様子もなく、心の中で別のことを考えていた。
(王妃教育……面倒だったし)
礼儀作法。
政治学。
外交戦略。
どれも無駄ではないが、制約が多すぎる。
(自由度が低い)
婚約者という立場は、常に王家の意向に縛られる。
それがなくなる。
(むしろ好都合ね)
レオナは静かに息を吐いた。
その様子を見て、王子の顔がみるみる赤くなる。
「……ふざけるな」
低い声。
怒りを押し殺したような響き。
「婚約を破棄されたのだぞ……?」
レオナは首をわずかに傾ける。
「ええ」
「それがどうした?」
と言わんばかりの表情。
王子のこめかみに青筋が浮かぶ。
「貴様……本当に分かっているのか!?」
レオナは少しだけ考える仕草をしてから答えた。
「はい。理解しています」
そして一言。
「契約の解消ですね」
完全に論点がズレている。
貴族たちがざわつく。
「なんだあの女は……」
「恐ろしく冷静だ……」
「本当に婚約者だったのか……?」
王子は歯を食いしばった。
期待していた反応が一つも返ってこない。
怒りも、悲しみも、後悔も。
何もない。
ただ、合理的な分析だけ。
それが逆に、王子の怒りを増幅させた。
「いいだろう……!」
王子は一歩踏み出し、声を張り上げる。
「そこまで言うのなら……」
空気が再び張り詰める。
レオナは静かに王子を見つめる。
次の言葉を待つように。
王子は宣言した。
「婚約破棄だけでは済まさん!」
どよめき。
貴族たちの期待が一気に高まる。
「貴様には――」
王子の目が鋭く細められる。
「相応の処罰を与える!」
静寂。
レオナはただ思う。
(やっぱり来たわね)
そして、わずかに口元を緩めた。
――次は、何かしら。




