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第九話:女王ですか?ヴェスパです

静寂が支配する謁見の間。

 床に転がる「服の山(元・重鎮)」と、過剰健康で震える「小鹿(生身の重鎮)」、そして機能停止した執事ハバチ。

 その惨状の先に、スズメバチの女王・ヴェスパが一人、玉座で震えていた。


「貴様……。我が軍、我が臣下をこれほどまでに愚弄して……タダで済むと思っておるのか!」


 ヴェスパが立ち上がり、腰の細剣を引き抜く。戦闘狂の血が、怒りと共に沸騰している。

 だが、はじめは一歩も引かず、眼鏡をクイと押し上げた。


「……リリさん。一つ、大きなバグの懸念(懸念事項)があります」


「えっ、何ですかはじめさん!?」


「あそこにいる女王陛下です。周りがこれだけアンデッド(バグ)だらけだったんだ。……管理者の陛下だけが『正常なプロセス』である保証がどこにもない」


 その言葉に、ゼノが泡を食って叫んだ。


「待て! はじめ、お前まさか……! 相手は女王だぞ! 傷一つ付けても国際問題どころか、俺たちの首が飛ぶ……ッ!」


「傷なんて付けませんよ。リリさん、女王陛下に『全力のヒール』を。――もし陛下がアンデッドなら、ここで消えてスッキリする。生身なら、ちょっと肩こりが治る。……ノーリスクの生存確認ピンクですよ。さあ、やって!」


「了解です! 陛下、お疲れ様ですっ! 『ピカピカ・ナオール・オーバーフロー』!!」


「よせ、リリ! はじめ、テメェェェ!!」


 ゼノの絶叫を置き去りにして、リリの杖からこれまでにない密度の「暴力的な慈愛」が放たれた。光の奔流が玉座を直撃し、ヴェスパの姿を飲み込んでいく。


「……あ」


 ゼノがその場に膝をつき、絶望の表情で天を仰いだ。

 「女王を魔法で攻撃(回復)した」という事実は、スズメバチ国への宣戦布告に等しい。もはやこれまでだ。


 だが、光が収まった後。

 そこには、ピンピンしたまま呆然と立ち尽くすヴェスパの姿があった。


「……な、……ぬ……?」


 ヴェスパは、自分の手を見つめる。

 消えていない。どころか、長年のデスマーチで蓄積していた眼精疲労と腰の重みが消え、肌は二十代の輝きを取り戻し、全身に漲る圧倒的なパワー(生命力)に翻弄されている。


「……よし。陛下は『生身(正常な個体)』ですね。確認完了オールグリーンです」


 はじめは、まるでプリンターのテスト印字を見終わったかのような、淡白な声で言った。


「は、はじめ……。テメェ、本当に……死ぬぞ、マジで……」

 ゼノが涙目で呟く。


「何が『大丈夫でした』だ! 陛下が今にも、その溢れる生命力で俺たちを八つ裂きにしようとしてるのが見えないのかよ!?」


 実際、ヴェスパは溢れ出す「健康」に顔を真っ赤にし、全身を震わせてはじめを睨みつけていた。怒りか、あるいは初めて味わう「極上の快調」への困惑か。


「……貴様。……我を、……試したのか?」


「試したんじゃない、確認デバッグしたんです。陛下が『人間』でよかった。……さあ、これでこの部屋に、敵はいなくなりましたね」


 はじめは、懐からあの『銀色の破片』を取り出し、指先で摘まんで女王の目の前に差し出した。


「陛下。……これ、何かわかります? 執事室に落ちていたんですけど、どう見てもこの世界の『素材』じゃない。……あなたの知らないところで、何かが勝手にシステムを書き換えている証拠ですよ」


 ヴェスパは、怒りを忘れてその破片を凝視した。

 この国のあらゆる宝物、あらゆる魔導具を知り尽くしている彼女の目から見ても、それは未知の、そしてひどく**「異質な」**物質だった。


「……知らぬ。我が国に、そのような無価値で、それでいて……不吉な輝きを放つ物など、存在せぬはずだ」


「……そうですか。管理者であるあなたも、把握していない『野良のコード』。……厄介ですね」


 はじめは、破片を握りしめた。

 ヴェスパさえ知らない。ならば、これはやはり――。

 (現代社会のものなのか……)


はじめは、女王の困惑を無視するように、懐から「獣国の巻物」を放り出した。

 それはヴェスパがハバチから「ただの活動報告(定例パッチ)」として受け取っていたはずの書状だ。


「……陛下。あなたが執事から受け取った『報告』は、こうじゃありませんでしたか? 『獣国は安定している。我が国が手を貸す必要はない』と」


 ヴェスパの眉が跳ねる。

「……いかにも。同盟国とはいえ、今は我が国の防衛が優先。ハバチからも『獣国は平穏。援軍など不要』と報告を受けていた。……それが、何か?」


「リリさん。その『平穏なログ』の真実、読み上げてやって」


「はい! ……えーと、『スズメバチ女王陛下へ。わ、我が国は正体不明のアンデッド軍に包囲されています。民の半分が消え、もう持ちません。どうか、どうか一刻も早く援軍を……!』……って書いてあります」


「――なっ!?」


 ヴェスパの顔から血の気が引く。

 そんなはずはない。ハバチが持ってきた報告書には、隣国は安泰だと記されていたはずだ。


「……改ざん(クラッキング)ですよ、陛下。あなたの信頼していた執事は、同盟国の『悲鳴』を遮断し、あなたが援軍を出さないように情報を書き換えていた。……あなたは、隣国の窮地を見捨てさせられたんだ。自分の知らないところで、『冷酷な同盟主』に仕立て上げられてね」


 静寂。

 ヴェスパの握りしめた細剣が、カチカチと音を立てる。

 戦闘狂として、強者として、誇りを持って国を統治してきた彼女にとって、**「情報の壁に阻まれて、友軍のSOSを見逃した」**という事実は、何よりも屈辱的な「無能」の証明だった。


「……我は。……我は、あ奴の報告を鵜呑みにし……戦友たちの断末魔を、無視していたというのか……?」


「そのようです。……でも、プライドが高い陛下のことだ。今さら『部下に騙されました』なんて、顔を真っ赤にして認めるわけにはいきませんよね。……リリさん、女王陛下のこの、ひどく不器用で、怒りと恥ずかしさでバグりそうな顔。……しっかり記録ログしておいてください」


「はい! 陛下、すっごく唇を噛んでます! でも、お肌はヒールでツヤツヤです!」


「……だ、黙れ……ッ! 貴様ら如きに、我が無様を語るな……!」


 ヴェスパは顔を背け、拳を玉座の肘掛けに叩きつけた。

 その鋭い瞳には、自分を操っていた「ハバチ」への底知れない怒りと、そして、ミツバチ女王にひどい仕打ちをしてしまったことへの、言葉にならない動揺が渦巻いていた。


「……貴様、なぜ……これを我に見せた。我を、無能と罵りに来たのか?」


「……陛下。あなたが、まだその王冠を捨てていないっていうなら、さっさと立ち上がってください」


 はじめは、握りしめていた破片をポケットに放り込み、面倒そうに首を振った。


「俺は、他国の窮状を救うなんて高尚な正義感は持ち合わせていません。……ただ、みつばち子爵から『あいつを、親友を助けてやってくれ』っていう、厄介な特急依頼チケットを預かってるもんでね」


「……メリアが。あ奴が、我を……まだ、その名で……?」


 ヴェスパが呆然と呟く。

 互いに女王という肩書きを背負い、いつの間にか「ミツバチ」と「スズメバチ」という記号でしか呼び合わなくなっていた。それを、かつて笑い合っていた頃の名前で呼び、助けを求めた。その事実が、頑固な女王の胸に、どの刃よりも深く突き刺さった。


「彼女の要望は『スズメバチ女王の救出』。……つまり、周りをバグ(死人)に囲まれて、偽のログを掴まされ、一人でデスマーチを走らされているあんたの現状を『正常』に戻す。――それが、俺の今回の仕事の全工程フルスコープです」


 はじめは、それ以上何も言わず、出口に向かって踵を返した。


(中略:撤収のやり取り)


 後に残されたのは、溢れ出す健康な肉体を持て余し、かつての親友――メリアからの真実の言葉を握りしめて立ち尽くす、孤独な女王の姿だけだった。



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