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第六十三話:村です。エルシオンです

 洞窟の中、りりの放つ淡い光が、老婆の顔色の悪さを少しずつ上書きしていく。

 再会の震えが収まり、洞窟に重い静けさが戻った。はじめが、その空気を無遠慮な声で切り裂いた。


「悪いが『再会シーン』は、終わりだ。……移動するぞ」


 ルナを抱きしめていたレイラが、鋭い視線を向ける。


「……あんた、正気かい。婆さんはまだ……」


「あいつは、『消去』が趣味なんだろ?……ここに留まるのは、消してくれと言ってるのと同じだ。……」

「……だから、あんたと俺で、ばあさんを担ぐんだよ。文句は、安全な場所についてから言え」


 はじめはよっこらしょと腰を上げると、ぐったりとした老婆の片側を、遠慮なく肩に担ぎ上げた。レイラも唇を噛み、もう片側を支える。


「……レイラ。この辺りに詳しいあんたに聞く。……この先、一番安全な場所はどこだ?」


 老婆の重みに耐えながら、レイラが苦渋に満ちた声を出す。


「……ここから約一日。……『巫女の集落』がある。……この国で一番守りが固い場所だ。……あー。だが。………………いや、何でもない。……行こう」


 レイラは言葉を濁した。が、はじめはあえて、それを無視した。


「……あー。『目的地』が決まったならそれでいい。……行くぞ!」


 はじめはルナには指一本触れず、ただ顎で出口を示した。


 洞窟を出て、一行は再び焼失した村を横切った。

 立ち上る煙と、耳を刺すような静寂。

 ……そこには、もう誰もいなかった。


 逃げ遅れたレイラたちを助けようとする者も、安否を気遣う声もない。

 村人たちは、まるで「誰も最初からいなかった」ように、レイラたちを見捨て、とうに逃げ去っていたのだ。


(……あー。……徹底してやがる。『幽霊扱い』かよ……)


 はじめ達は、炭化した地面を睨みながら、一歩ずつ老婆を運ぶ。

 そして、レイラの家があった場所に差し掛かった時、はじめの目が、ふと違和感を捉えた。


 周囲の家々は、燃えカスや瓦礫が山となっている。

 なのに、ここだけは違った。

 地面の土ごと、まるで精密な彫刻刀で削り取られたように、平坦だった。

 「破壊」ではない。それは、特定のデータだけを根こそぎ抜き取った後のような、不自然なまでの「更地」だった。


(……気のせいだよな……? ……あんな奴が、……こんな『こだわり』なんて……)


 はじめは喉元まで出かかった疑問を、無理やり飲み込んだ。

 横で老婆を支えるレイラは、自分の家があった「何もない場所」を、死んだような目で見つめている。

 

「……行くぞ。……見つかったら、即『ゲームオーバー』だ……!!」


 はじめの叱咤に、レイラは小さく頷き、一歩を踏み出した。

 焼け跡を数歩進んだところで、老婆が大きく一度咳き込み、力強く目を見開いた。


「……あ、あぁ。……わしは……。……」


「……あー。気が付いたか。……。ばあさん。……悪いが、『巫女の集落』まで、歩いてもらう。……そこが一番近いみたいだしな……」


 はじめとレイラが両脇から軽く支えるだけで、老婆は一歩、また一歩と、焼失した村の跡を通り過ぎていく。


「……すまないねぇ、二人とも。……わしのような年寄りを……」


「……無駄口叩く暇があるなら足を動かしな、婆さん。」


 レイラは、支える手に力をこめて前を向いた。


 一行は、沈黙に包まれた森を抜けていく。

 はじめは時折、老婆の歩調を確かめながら、空を仰いだ。


「……あー。……レイラ。この先に、本当に安全な場所、なんて。……あるんだろうな?」


レイラが唇を噛み、前方の森の切れ目を睨みつける。


「……ああ、『エルシオン』だ。……この国のトップ、巫女が治める聖域だよ」

「……その巫女が…あたしの姉、『エルシーア』だ。」

「……あそこなら、……巫女の権限で『トールの追撃』も防げるはずだ」


「……管理者が……実の姉か……」


そうして一日。

 森を抜けた先に現れたのは、不自然なほどに白く、輝く巨大な門だった。

 穢れを一切許さない、完璧な幾何学模様。それが精霊国の心臓部――『エルシオン』。


だが、その門の前に立つ銀鎧の門番は、はじめたちを泥にまみれた「ゴミ」を見るような目で見下ろした。


「止まれ、穢れた者共よ。……ここから先は、巫女様の領域だ」


槍が交差する。

 レイラが、老婆を支えたまま声を絞り出した。


「……あたしだよ! ……巫女の妹、レイラだ。……通してくれ!」


門番は、レイラを「見る」ことすらしなかった。

 彼はまるで、目の前に何もない虚空が広がっているかのように、無機質な表情で前を見据え続ける。その徹底した拒絶に、レイラの顔が屈辱で赤く染まる。


(……あー。……。……)


はじめは溜息をつくと、老婆の肩を優しくレイラに預け、一歩前に出た。

 懐から、ヴェスパから預かったクシャクシャの親書を取り出す。


「……こいつは、……『虫国女王ヴェスパ』……からの親書だ。……俺は、『特使』として、ここに来たんだ。……こいつを無視して門を閉じ続けるなら、……『国際問題』だぜ? ……お前らの『トップ』は……これを承知してるんだな……?」


「虫国」の名、そしてヴェスパの正式な封蝋。

 門番の冷徹な仮面に、初めて明確な「動揺」のノイズが走った。


「……お待ちを。……確認してまいります」


 門番が慌てて、門の奥へと消えていく。

 はじめは、老婆の様子を見ながら、自分の膝を軽く叩いた。


(……あー。なんか根深い問題が潜んでそうだな……)


 どれくらい、待たさせただろうか?門番が慌てて、戻ってきた。


「失礼いたしました。お通りください。……奥で、エルシーア様がお待ちです。」


 エルシオンの門が、重苦しい音を立ててゆっくりと開き始める。

 あまりにも完璧に整えられた石畳。埃ひとつない大気。だが、そこを歩くはじめの背後では、りり、琥珀たちが一斉に異常を検知していた。


「……あ、あぅ。はじめ様……。ここ、とっても綺麗なのに……なんだか『空気』がツンとして……とっても寒いですよぅ……」


りりが、眩しすぎる街並みに怯えるように、はじめの服の裾をぎゅっと掴む。

琥珀が、毛並みを逆立てながら、口を開いた。


「……はじめ様…………なんだか、怖いよぉ……」


 そこを歩くエルフたちの視線は、はじめたちを「汚れ」として避けるように冷たい。


「……りり。琥珀。……あんまりびびるな…………周りを良くみてるんだ……」


はじめが小声で宥める中、一行は中央広場に差し掛かった。

中央広場に差し掛かった時、白い衣を纏ったエルフたちが、無機質な動作で老婆を迎え入れた。


「ばあさん。……ここからは、医者の出番だ。……俺たちの『運送業務』も、ここで終了だな」


はじめが老婆の腕を離そうとした、その時だ。

 老婆の節くれ立った手が、震えながらはじめとレイラの腕を強く掴んだ。


「……すまないねぇ、二人とも。……本当に、すまなかった」


掠れた声が、街並みに場違いに響く。レイラが驚いたように目を見開いた。


「……何を……。今さら、何だよ、婆さん」


老婆は、はじめの目を見据えた。


「……あんた。……どうか、この子たちを……お願いだよ……守ってやってはくれないかい……」


その時、はじめの影に隠れていたルナが、震える足で一歩前に出た。


「……おばあ……ちゃん?……」


「……あー。……何だよ、『ボディガード』.……まで、発注するなよ…….まったく…….」


老婆は満足そうに一度だけ微笑むと、エルフたちに連れられ、奥に消えていった。

 ルナが、その背中を見送りながら、老婆が触れていた自分の袖を、無言でぎゅっと握りしめる。


静寂が戻った広場に、鈴を転がすような透き通った声が、街全体に響き渡った。


『――あら、お待たせいたしましたわ。……ようやく、「汚れ」……が片付いたようですね?』


姿は見えない。だが、街全体がその声に平伏すような威圧感。

 はじめは、その「聖母のような響き」に混ざった、底冷えするような選民意識を敏感に感じ取った。


(……あー。……管理者様からの、宣戦布告か……)


はじめは親書の皺を伸ばし、宮殿を見上げた。


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