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第六話:謁見ですか?中止です

 重厚な石の門が、地響きを立ててゆっくりと左右に分かたれた。

 その門の向こう、立ち上る冷気の霧の中から、一人の男が静かに歩み寄ってきた。


 黒い燕尾服に身を包み、一分の隙もない身のこなし。

 スズメバチ族特有の鋭い顔立ちをしているが、その表情は仮面のように固定され、感情の揺らぎが一切見えない。


「――ようこそ、スズメバチ王宮へ。私は、女王陛下付きの執事、ハバチと申します」


 男ははじめたちの前で立ち止まると、音もなく深々と頭を下げた。その動作は、まるであらかじめプログラムされた精密機械のように正確だった。


「ミツバチ領主の御嫡男、ゼノ様。……そして、そちらの風変わりな随行のお方」


 ハバチの視線が、一瞬だけ、はじめの全身をなめるように走った。

 はじめは、その複眼の奥に、執事本人の意志とは別の「誰か」にサーバーを遠隔操作リモートアクセスされているような、得体の知れない視線を感じて背筋が凍った。


「陛下がお待ちです。謁見の準備が整うまで、まずは控室へとご案内いたしましょう。……どうぞ、こちらへ」


 ハバチは背中を向け、迷いのない足取りで城の深部へと歩き出す。

 はじめ、ゼノ、リリの三人は、その不気味な背中を追うしかなかった。


 案内されたのは、豪華な絨毯が敷かれた窓のない一室だった。

「準備が整い次第、お迎えに上がります。それまで、しばしおくつろぎを」

 ハバチが退室し、扉が重い音を立てて閉まった。


「……ゼノ様、リリさん。ここから先は『本番環境(本丸)』です。一言のミスが全システムダウンに繋がります」


 はじめは周囲に盗聴器……いや、監視の魔法がないかを確認しながら、低い声で切り出した。


「わかっている。……だが、あの執事の目は気に入らん。まるで、こちらの臓腑を検品しているような……」


「それは俺も同感です。……で、リリさん。特にあなたです。絶対に忘れないでください」


 はじめは、不安げに六本の脚を縮めていたリリの肩を掴んだ。


「何があっても『ミツバチ女王はもう亡くなった』とは言わないでください。今の俺たちは、あくまで『現役の女王の使い』です。送信元(ミツバチ女王)が不在だとバレたら、俺たちのアクセス権限は即座に剥奪されて消去(処刑)されます。いいですね?」


「は、はい! 『領主様は冷たくなっちゃった』って言っちゃダメ……むぐぐっ!」


 慌てて自分の口を塞ぐリリ。その必死な様子に、はじめは胃のあたりがキリキリと痛むのを感じた。


「あと、魔法も厳禁です。ここでは誰に対しても『ヒール』は禁止。もし、あの執事や城の連中が『バグって(死んで)』いたら、あなたの光は治療じゃなく『削除コマンド』になっちゃう。それはこの国への宣戦布告と同じです。……いいですか、絶対に、ですよ」


 その頃。

 こことは別の、光の届かない一室で。

 虚空に浮かぶ執事の視界を見つめていた人影が、椅子の手すりを強く握りしめた。


「……なぜだ。なぜ、あいつが、ここにログインしている……?」


 それは、30年前に消去したはずの、最も古い記憶の断片。

 影に覆われた青年の口元が、困惑と、そして仄暗い悦びに歪んだ。


「……よりによって、一番見られたくない現場で再会するなんて。……皮肉だね、はじめ」


 その呟きが消えるのと同時に、控室の扉が再び開いた。

 現れた執事・ハバチの無機質な声が響く。


「……お待たせいたしました。陛下が、お待ちです」


謁見の間の重い扉が、音を立てて開く。

 天を突くような高い天井と、左右に居並ぶスズメバチの近衛兵。その威圧感に、リリがはじめの背中にぎゅっとしがみついた。


 正面の玉座。そこに鎮座するスズメバチ女王が、冷徹な声を上げようとした――その、刹那。


「緊急報告! 陛下、緊急報告にございます!!」


 静寂を切り裂いて、一人の伝令兵が転がるように室内に滑り込んできた。

 謁見を遮られた女王の周囲に、ピリリとした殺気が走る。しかし、伝令兵の形相は、それを恐れる余裕すらないほどに蒼白だった。


「無礼千万。……だが、その面。ただ事ではなさそうだな」


 女王の傍らに立つ執事ハバチが、感情の消えた声で言った。

 伝令兵は息を切らしながら、床に額をこすりつける。


「はっ……! 先ほど、国境付近の宿場町を包囲していた『幽霊国』の軍勢が……突如として、全軍撤退いたしました!」

「……何だと?」


 玉座から、女王の低く、鋭い声が漏れた。


「撤退した、だと? 我が軍はまだ防衛線を維持するのが精一杯のはず。反撃の兆しすら見せておらぬのに、奴らが退く理由がない」

「それが……霧が晴れるように、忽然と姿を消したのです。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように……」


 謁見の間が、ざわめきに包まれる。

 勝利の報告のはずなのに、そこにあるのは安堵ではなく、底知れぬ「疑心暗鬼」だった。

 ゼノが隣で小さく唸る。


「……あり得ん。幽霊国の連中は、一度食らいついたら対象を枯らし尽くすまで離れないはずだ。罠か? それとも、さらに巨大な『何か』が背後に……」


 一方で。

 はじめの目には、この状況が全く別の景色に見えていた。


(……おかしい。敵の進軍っていうのは、普通、補給線や士気、地形っていう『ロジック』に基づいて動くもんだ。なのに、この引き際……)


 はじめは、無機質な顔で立ち尽くす執事ハバチを盗み見た。

 

(まるで、実行中のプログラムを、管理者がタスクマネージャーから強制終了させたみたいだ。理由なんてない。ただ、上の都合で『プロセスが消された』……そんな、不自然極まりない挙動だぞ)


 女王はヴェールの奥で、思案にふけるように顎を引いた。


「不可解な。……幽霊国が戦略的な利もなく矛を収めるはずがない。……ハバチよ、これは我らの『使者』と何か関係があると思うか?」


 女王の矛先が、突如としてこちらへ向けられる。

 ハバチの視線が、一瞬だけ、はじめの瞳の奥を射抜くように重なった。


「……いえ。偶然にしては出来すぎておりますが、彼らにそのような『権限』があるとは思えません」


 ハバチの声はどこまでも平坦だったが、はじめの社畜センサーは、その言葉の裏に微かな「焦り」……あるいは、隠しきれない「身内への苛立ち」のようなノイズを感知していた。


「……ええい、控えよ! 幽霊国の動向も掴めぬまま、ミツバチの羽音を聞いている余裕はない!」


 女王の鋭い一喝が、謁見の間に響き渡った。

 先ほどまでの慇懃な空気は霧散し、玉座の周囲に控えていた貴族たちが一斉に動き出す。それはまさに、予期せぬシステムトラブルに直面した現場の混乱そのものだった。


「緊急軍事会議を開く! 各方面の領主を招集せよ。奴らの撤退が『罠』なのか『崩壊』の兆しなのか、早急に解析(調査)させるのだ!」


 女王の視線が、一瞬だけはじめたちを冷たく射抜いた。


「使者たちよ。貴殿らの用件は後回しだ。……ハバチ、彼らを再び控室へ。一歩も出すなよ」

「御意に、陛下」


 執事ハバチが、流れるような動作で再びはじめたちの前に立った。

「……こちらへ」

 その声は先ほどよりも幾分低く、有無を言わせぬ圧力を孕んでいる。


 はじめたちは、城兵たちの殺気立った視線を浴びながら、再び先ほどの控室へと「押し戻された」。


 ――ガチャン、と。

 重々しい錠の降りる音が、部屋の中に虚しく響く。


「……追い出された、のか? 俺たちは」

 ゼノが屈辱に顔を歪ませ、壁を拳で叩いた。

「せっかくここまで来たのに、あの女王、俺たちの話をまともに聞きもしなかった……!」


「いや、ゼノ様。ある意味では『延期リスケ』になったおかげで、首がつながったかもしれませんよ」


 はじめは部屋の隅々を素早く見回し、先ほど以上に警戒を強めた。


「あのまま謁見が続いていたら、女王の『バグ』にこちらが巻き込まれていた。……それにしても、あの撤退報告を聞いた時の執事の顔。あれは『予定外のバグに焦る管理者』の顔でしたよ」


 はじめは、窓のない壁の向こう側――不気味な気配をなぜか感じていた。


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