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第五十九話:神話級ですか?残念です

ガタッ、と。

 アリ車の車体が、整備不良のバグみたいな音を立てて大きく跳ねた。


「……あー。……腰が、……。……死ぬ。……。……誰だよ、クッションのない。……アリ車を……。……手配したの……」


 はじめは、墨花が残した「お肌に悪いですよ?」という呪文のような置手紙を、もはやお守りか何かのように胸に抱き、虚ろな目で天井を見上げていた。

 隣では、りりが「はじめ様の腰に、わたくしが……その……湿布のような魔法を……」と、なんだか隙あらば密着しようとキラキラした視線を送ってきているが、今の彼にはそれに応える余裕はない。


 そんな淀んだ車内の空気を切り裂いたのは、窓枠に身を乗り出した琥珀の、弾んだ声だった。


「はじめ様、はじめ様! みてください! 森で、いっぱい、煙があがってるよ!」


 はじめは、重い腰を(文字通り悲鳴を上げさせながら)持ち上げ、窓の外へと視線を投げた。


「……あー。……。……なんだ、これ。……。……同時多発テロ……。……ですか……? ……。……」


 西の国境――精霊国の象徴である「翠緑の森」が、まるで巨大な灰皿にでもなったかのように、十数箇所から黒い煙を噴き上げていた。

 それも、風による延焼ではない。

 一つ一つの煙の拠点が、まるで「誰かがわざと、放火した」かのような、不自然な形をしていた。


「……あー。……そろそろ、女王に聞いてた、精霊国の検問に着くはず……。……あれだ!……」


 はじめは、ガタガタと揺れる車窓から、目印となるはずの巨大な石造りの門を探した。

 ヴェスパから聞いていた話では、そこは精霊国へと続く唯一の「表玄関」であり、威厳に満ちた白亜の検問所がそびえ立っているはずだった。


「……あれれ……? ……」


 はじめの視界に入ってきたのは、白亜の検問所ではなかった。

 見下ろすと、そこには石の破片ではない。強烈な熱で一度ドロドロに溶け、そのまま急速に冷えて固まった、**「黒いガラスの破片」**のようなものが散らばっていた。


「はじめ様、見てください! 検問所があったところが、おっきな、水たまりみたいになってるよ!」


 琥珀が指差した先――本来なら白亜の門がそびえ立っていたはずの場所は、巨大なスプーンで抉り取られたような**滑らかな大穴クレーターに変わっていた。


「……あー。……。……検問所……。……どこ?。……。間違って……。……ないよね……? ……」


 穴の底には、門の建材だったはずの岩が、熱で飴のようにねじ曲がり、巨大な「黒いオブジェ」**となって転がっている。


「……あー。……。……溶けてる。……石が、溶けて、……。……固まってる。……これ、……。……『消しゴム』で、ガシガシ消したあとの、……。……『消しカス』……じゃねぇか……!!」


 はじめはおそるおそる、その「黒い飴細工」の表面に手を伸ばした。

 触れるか触れないか、その刹那。


 ――バチッ!!


「……いっ……!!……あー。静電気……。……いや、これ、……残留電圧……なんじゃ?……」


その刹那、はじめの脳裏に、かつて戦った【終末の八柱】――ファントムが消滅の間際に吐き捨てた、あの「不吉な呪い(声)」がフラッシュバックした。


「……北欧神話のトール……。……あー。……ハンマー、……振り回して力任せに、……ドカン

……それくらいなら、……まだ、……可愛げが、あったのに……」


 はじめは、足元の溶けて固まった「元・石門」の破片を、恨めしそうに見つめた。

 ただのハンマーなら、石は砕けるだけだ。だが、これは違う。


「……砕いて、溶かして、……跡形もなく、消去デリート……。……物理的な、暴力と……システムを焼き切る、……過剰な電撃……。……。しかも、この、惨状。……これ、一番、関わりたくない……タイプじゃねぇか……!!」


 はじめは天を仰いだ。


「はじめ様、顔が真っ青ですよ……? ……。……大丈夫ですか……? 」


 りりが心配そうに覗き込んでくるが、はじめの耳には、遠くの森の奥から響いてくる**「ドォォォォォン!!」**という、物理演算の限界を超えたような爆発音が、確かな絶望として届いていた。


「はじめ様、こっち! こっちから、変な音がする!」


アリ車で、音のした方面に向かおうとした瞬間、急に止まった・・・


「……あー。……これ、車道じゃねぇ。……四駆でもなきゃ、……無理だろ……」


 はじめは、クレーターの縁で動かなくなったアリ車を捨て、恨めしそうに森の奥を見つめた。

 かつては精霊たちの加護を受け、光が乱反射していたはずの翠緑の森。だが今は、熱で炭化した樹木が不気味な黒い指のように天を指し、あちこちで物理演算が悲鳴を上げたような、異様な「静寂」が支配している。


 馬車を降りた瞬間、野生の勘が爆発したのか、琥珀が風のように先を走る。


「待て琥珀!……ダッシュ禁止!!」


 はじめが腰をさすりながら、りりに支えられて森の開けた場所へ辿り着いた、その時だった。


「……ッ!? あぶないっ!!」


 琥珀の叫びと同時に、目の前の空間が「白」に染まった。


 ドォォォォォン!!


 落雷というにはあまりに重く、爆発というにはあまりに鋭い、指向性を持った破壊。

 土煙が舞う中、はじめの目に飛び込んできたのは、地面にへたり込んだ一人の少女の背中だった。


「……あー。……エルフじゃねぇな。……」


 その少女の耳は、エルフ特有の鋭さを持っていた。

 だが、透き通るような白いはずの肌には、煤ではない、夜の色を溶かしたようなダークエルフの褐色の血が混じり、複雑な模様を描いている。


 エルフとダークエルフの混血。

 この閉鎖的な国において、最も「システムの隙間」に置かれた存在。


 彼女の目の前には、巨大な鉄塊のようなハンマーを軽々と肩に担いだ、一人の男が立っていた。


「おっと、ごめんごめん。まだ、そこに『残ってたゴミ』があったのか」


 男は、驚くほど爽やかな声で少女に向けて笑った。

 その瞳には、目の前の命に対する悪意も、慈悲も、一欠片も存在しない。ただ、掃除の途中で見つけた「消し残しのゴミ」を見るような、あまりに無機質な明るさ。


「今からここ、……まとめて『地ならし』する予定なんだよね。悪いけど、一緒に消えてくれるかな?」


 男が、鼻歌まじりに巨大なハンマーを振り上げる。

 その周囲で、物理法則を無視した青白い火花がバチバチと狂い咲いた。


「だめーーーっ!!」


 トールのハンマーが振り下ろされる直前。

 琥珀が弾丸のような速さで少女に飛びつき、その小さな体を抱きかかえて地面を転がった。


 一瞬遅れて、先ほど少女がいた場所が、熱溶解によって「黒い液体」へと姿を変える。


(……あー。……確信した。……あいつ……中身救いようのない、……。残念確定……だろ……!!)


 はじめは、震える手で、最悪の「エンカウント」の開始を悟った。


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