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第五十二話:お墓参りです。隠密です

 その悲鳴をかき消すように、ベアトが一歩前に出た。


「わたくしも同行します! 二人も三人目も変わらないでしょ? はじめ様は、このわたくしが、命に代えても守ってみせるわ!」


 ベアトの爆走宣言に続いて、りりも静かに、だが拒絶を許さないトーンで頷く。


「私も行きます。はじめさん、一人で行かせられません。辺境伯様を救い出すの、私も手伝わせてください」


 さらに、はじめの服の裾をぎゅっと掴んで、琥珀がキラキラした瞳で見上げ、元気に手を挙げた。


「琥珀もいく! はじめ様、琥珀が守ってあげるよ! 琥珀、すっごく速く走れるもん! えへへ!」


「……あー。琥珀ちゃん。気持ちは嬉しいんだけど……君、まだ七歳でしょぉぉ!! 遠足じゃないんだよぉぉ!!」


 はじめが天を仰いでボヤいていると、それまでニコニコと様子を眺めていた墨花が、ふわりと扇子を広げた。


「あらあらあらぁ~、皆さんお元気ですわねぇ~。はじめさん、ふふふ。私はただのしがない女将ですもの。そんな物騒なところへ行って、お肌を荒らすわけにはいきませんわぁ~。私はここでお留守番して、皆さんの無事を祈っておりますわねぇ~」


 墨花はヴェスパに対して殊勝に一礼し、まるで嵐を避ける小鳥のように、しなやかな動作で一歩下がった。


(……あー。墨花さん、一人だけ『定時退社』モードに入ったな……。変わってよぉ……!!)


 はじめは、琥珀の純粋な瞳と、墨花の「計算通り」の微笑みの板挟みになりながら、胃を押さえて深く、深く溜息をつくのだった。


スズメバチ城を背にし、ムカデ辺境伯領へとひた走る道中。一行が乗るのは、かつての「アリ車」ではなく、アルトが用意した隠密用の高速騎獣――巨大な「ハンミョウ」だった。その長い脚が地面を叩くたび、はじめの三半規管は悲鳴を上げていた。


「……あー、アルトさん。……ちょっと、ルートの変更……というか、『オプション』を一件追加させてもらえませんか」


 はじめは、ハンミョウの激しい振動に耐えながら、手綱を握るアルトに声をかけた。


「……はじめ様。今は一分一秒を争う潜入任務の真っ最中です。不要な寄り道はリソースの無駄、ひいては生存確率の低下を招きますが?」


 アルトが眼鏡の奥で冷徹な視線を向けてくる。はじめは胃のあたりをさすりながら、後部座席で俯いているりりの背中をちらりと見た。


「いや、分かってますよ。……分かってますけど、これ、必要な『儀式ステップ』なんですよ。……りりちゃんの気持ちがバグったままだと、この先の高負荷な現場(城)で、パーティー全体のパフォーマンスが落ちるでしょ? ……甘露の村に、寄らせてください」


 アルトは数秒間の沈黙のあと、ふっと短いため息を漏らした。

「……。チーフ・デバッガーがそこまで仰るなら、一考の余地はありますね。……承知しました。ただし、滞在時間は五分です。それ以上は、私の論理回路が許容しません」


「……五分かぁ。……カップラーメン食べて終わりじゃないですか。……。……。……まぁ、いいです。ありがとうございます、アルトさん」


 進路をわずかに北へと変え、一行はかつての惨劇の舞台、甘露の村へと滑り込んだ。


「……あー、やっと着いた……。やっぱりこの村に来ると、空気が変わるな……」


 はじめは、額の脂汗を拭いながら、静まり返った村の入り口に立ち止まった。

 かつての惨劇の跡は、時の流れと、はじめが施した「浄化(火消し)」のおかげで、今はただの、ひっそりとした廃村の静寂に包まれている。


 りりは、村の景色が見えた瞬間から、呼吸が浅くなっているようだった。

 彼女は誘われるように、一歩、また一歩と、かつての自分の「家」があった場所……そして、あの日はじめと一緒に作った、小さな墓標たちが並ぶ場所へと進んでいく。


「……はじめ様、ありがとうございます……」


 蚊の鳴くような声でそう告げると、りりは墓標の前にゆっくりと膝をついた。

 彼女の手が、冷たい、けれどどこか懐かしい土に触れる。


「……お父様……。……りりです。……ただいま……」


 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出し、乾いた土に吸い込まれていった。

 自分の手で愛する家族を眠りにつかせた、あの日の断腸の思い。そして、今こうして、信頼できるはじめ様と一緒に戻ってきた報告。


「……お父様……。私、……はじめ様と一緒に、……ちゃんと前を向いて歩いてるよ……。だから……。……だから……っ……」


 それ以上は、言葉にならなかった。

 りりは声を上げて泣きじゃくり、まるで幼い子供のように、墓標にすがりついた。


 はじめは、その小さな背中を、ただ黙って見つめていた。


(……あー……。……そうだ。……。……『ただいま』、か……。

……りりちゃん。……君がそう言える場所を、……どこの馬の骨か知らないけど、……これ以上、汚させるわけにはいかないよなぁ……!!)


 はじめは鼻をすすり、グッと拳を握りしめた。

 その瞳からは、いつもの「社畜の哀愁」が消え、エラーを絶対に許さないエンジニアの、冷徹で熱い覚悟が宿っていた。


「……アルトさん。……行きましょう。……。……この村の静寂を壊した奴に、……キツい修正デバッグを入れてやるために……!!」


りりが墓標にすがりついて泣く声を、甘露の村の冷たい風が優しく包み込んでいた。

 はじめは、りりが落ち着くのを待ってから、その細い肩をそっと叩いた。


「……行こう、りりちゃん。……『ただいま』の次は、『いってきます』だろ?」


「……。……はい……っ。……はじめ様、……ありがとうございます」


 りりは涙を拭い、力強く頷いて立ち上がった。その瞳には、悲しみだけでなく、かつての「聖女見習い」としての凛とした光が戻っていた。


 一行が、村の入り口で待たせていたハンミョウへと戻ろうとした、その時。

 ふ、と。

 耳元で風が巻いたような、あるいは誰かが隣でお茶を啜ったような、極めて小さな、けれど鮮明な声が響いた。


(……あらあら、あらぁ~。……お参りは、無事に終わりましたかぁ~?)


 はじめが弾かれたように振り返る。だが、そこには崩れかけた民家の影と、吹き抜ける乾いた風があるだけだ。


「……え? いま、墨花さんの声が聞こえたような……あー、。……。疲れてるのかな、僕」


「はじめ様、どうかされましたか?」

 アルトが怪訝そうに足を止める。はじめは首を傾げながら、村の物陰を凝視した。


「いや、……。……空耳ですよ。……。……あ、……」


 はじめの視線が、一角に固定された。

 そこには、つい先ほどまで蠢いていたはずの、数体の出来損ない(アンデッド)たちが、音もなく「消失」していた。それも、はじめとりりの視界に入らないよう、建物の裏側に丁寧に、整然と。


(……周辺に残存していたバグたちは、私の方で全て『お掃除』しておきましたわ。……ゆっくり、墓参りを終え、気持ちを切り替えて、進んでくださいな。ふふふ……)


 再び、風に乗って届く囁き。はじめは背筋がゾクりとするのを感じたが、それが墨花の「隠密行動」だとは微塵も思わず、ただただ混乱した。


「……あー、アルトさん。……この村、……ボランティアの清掃業者でも入ってるんですかね……? ……。アンデッドが、……めちゃくちゃ綺麗に、ゴミ一つ残さず片付けられてるんですけどぉぉ!!」


 何が起きているのか分からず、ただ「この世の道理を超えた何か」への恐怖を募らせるはじめ。対して、全てを察しているアルトは、眼鏡をクイと直して無表情に告げた。


「……はじめ様、深く考えるのはリソースの無駄です。……今は『安全が確保された』という事実だけをキャッシュしてください。行きましょう」


 一行は再びハンミョウに飛び乗り、さらに北へと爆走した。

 やがて、ハンミョウが急勾配の崖を駆け上がり、その頂でぴたりと足を止める。


「……あれが、ムカデ辺境伯城だ。……気を引き締めていくように」


 アルトが手綱を握ったまま、崖の下を指し示した。

 はじめは、崖の上から恐る恐る下を覗き込み、……その異様な光景に、息を呑んだ。


(……。……あー。……あれが、……辺境伯さんの城……? ……。なんだ、……。……あの、不自然なほどの『美しさ』は……!!)


 眼下に広がるのは、禍々しいはずのムカデの装飾が、まるで鏡面仕上げを施したかのように銀色に輝く城。

 かつて辺境伯が「死者に囲まれた絶望の場所」と呼んだその場所は、今、不気味なほど完璧に整えられ、生命の拍動ログを感じさせない冷たい光を放っていた。


「……はじめ様、……お父様たちを苦しめたあの気配が、……あの城の奥から、……今までより、もっと強く感じます……」


 りりが、震える手ではじめの服を強く掴む。

 はじめは、崖の下に聳える「鏡のような城」を見つめながら、胃を絞り上げるような緊張感を、必死にボヤきで誤魔化した。


「……あー。……。……アルトさん。……あの城、……。……解像度が高すぎて、……見てるだけで、目がチカチカするんですけどぉぉ!!」



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