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第四話:強制終了ですか?そうですか

女王の喉元が黒く脈打ち、呼吸が再び浅くなる。


「母上! リリ、もっとヒールを!」 「は、はいっ! ――えいっ、ヒール、ヒール、最大出力ォ!!」


リリが焦って放った過剰な治癒の光が、部屋中を真っ白に染め上げる。だが、女王の苦しみは止まらない。


「……ダメだ、リリさん! 闇雲にリソースを突っ込んでも、毒の**『増殖スピード』**に追いついていない! このバグ、外部から常に更新アップデートされてるぞ!」


はじめは女王の首筋に浮き出た不気味な紋様を睨みつけた。それは、あのムカデに噛まれた痕に似ていたが、もっと禍々しい「死」の香りがした。


「……後は、頼みますね。見知らぬ異邦人……」


 ミツバチ女王は、はじめの正体を知っているかのような言葉を残し、穏やかに、だが確実にそのシステムをシャットダウンさせた。


「……あ、おい! 女王様!? ちょっと、勝手にログアウトしないでくださいよ……!」  


はじめの声は届かない。女王の身体は、静かに冷たくなっていく。  呆然とするゼノと、涙を流すリリ。はじめは、かつて大きな炎上案件を丸投げして定年退職していった無責任な上司の後ろ姿を思い出し、ポツリと独り言を漏らした。


「……また、現場に押し付けられた。仕様書もマニュアルもなし。納期は『今すぐ』、か」


 はじめが「仕方ない、やるか」と、アラクネ服の膝を叩いて立ち上がった。部屋の出口へ向かおうとしたその時――背後から、冷たく吐き捨てるような声がした。


「おい。どこへ行くつもりだ、穴だらけの服の男」


 ゼノだった。彼は赤い目を擦りながら、はじめを睨みつけている。


「……スズメバチ女王のところですよ。侵略者の正体をデバッグ(特定)しないと、この国が終わるんでしょう?」


「フン、場所もわからんお前がどうやって行く? また城門の前で大声で騒ぐのか? 相手は国王だぞ。それでどうにかなると本気で思っているのか? おめでたい脳内メモリだな」


 ゼノの言葉はトゲだらけだ。はじめもカチンときて言い返そうとした時、リリが鼻をすすりながら勢いよく手を挙げた。


「私が! 私が案内します! おじさん一人じゃ心配だし、私がいないとおじさん、すぐ服の穴を引っ掛けて転びそうだし!」


「「結構です!!」」  はじめとゼノの声が、完璧な同期シンクロを見せた。


「……あ、あの……」 「リリさん、あなたは村へ帰りなさい。ここから先は『本番環境での直接修正』だ。君のような新人が入る余地はない」  はじめが諭すと、ゼノが鼻で笑いながら腰の剣を直した。


「……勘違いするな。俺が行く。俺がいれば、少なくとも謁見のプロトコルは通る。母上が最後にお前に頼んだんだ……不本意だが、見届ける責任が俺にはある。……仕方なくだ、仕方なく」


「それは助かりますね。……私も、仕方なく、お供させていただきますよ。ゼノ様」


 お互いに顔を背け、嫌そうな表情を隠そうともしない二人。  こうして、58歳の無職おじさんと、プライドの高い蜂の御曹司という「致命的に相性の悪いパーティ」が結成された。



 アリ車に揺られ、ミツバチ城を後にするはじめとゼノ。  二人の言い合いを、街道沿いの深い茂みの中から、多節の脚を静かに動かして見守る影があった。


(……行ったか。異界の同胞よ)


 ムカデ辺境伯は、その複眼に暗い炎を宿していた。  彼の治める辺境領は、すでに「終わって」いる。  愛する妻も、幼い子供たちも、今は笑顔で食卓を囲んでいるが、その心臓は動いていない。彼らはネクロマンサーの手によって、精巧な人形アンデッドへと作り替えられてしまったのだ。


(我が領を、民を、腐ったデータに書き換えたあの男……。奴と同じ「異世界」の理を持つお前なら、あるいはこの呪われたわが領地を解除できるかもしれぬ)


 辺境伯は、かつてネクロマンサーが漏らした言葉を思い出していた。 『この世界のルールは脆弱ぜいじゃくすぎる。僕の故郷の知識があれば、死すらも制御可能なリソースだ』


(私が打ち込んだのは「言語パッチ」だけではない。あのネクロマンサーのチートに対抗するための、いわば「デバッグ・キー」だ。……はじめ。お前が真実に辿り着くまで、私は泥をすすり、裏切り者のふりをして時間を稼ごう)


 ムカデ辺境伯は、音もなく暗い森の奥へと消えていった。  その背中には、一国の運命と、家族への狂おしいまでの愛憎が背負わされていた。


 その日は、スズメバチ王都へ向かう街道沿いの小さな村、「ハニカム村」で一泊することになった。  村人たちは穏やかで、はじめとゼノを温かく迎え入れ、素朴だが温かいスープまで振る舞ってくれた。


 宿の一室。ゼノは「フン、田舎だが、もてなしの心はわかっているようだ」と、早々にベッドで眠りについた。  だが、はじめは眠れなかった。


(……なんだ? この違和感。……ずっと、リソース監視の警告音が鳴り止まない感覚だ)


 はじめは、そっと窓から外を覗いた。  月明かりの下、村の広場では、昼間と同じように数人の男たちが井戸端会議をしている。


(……おかしい。もう深夜二時だぞ。……それに、あの動き)


 はじめは目を凝らした。  一人の男が笑い、肩を叩く。その三秒後に、もう一人が同じ角度で笑い、肩を叩く。  その動きは、鏡合わせのように精密で、そして――三十分前から、全く同じ動作を繰り返していた。


(……ループ処理(無限ループ)か? それとも、パケットが遅延ラグしているのか……?)


 はじめは、そっと部屋を抜け出し、スープを作ってくれた宿の主人の厨房へ向かった。  そこで彼が見たのは、暗闇の中、無表情で**「何もない鍋」をかき混ぜ続けている**主人の姿だった。


「あの、すみません。ちょっとお腹が空いて……」


 主人がゆっくりと振り返る。  その顔は、昼間と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。

何かがおかしい・・・


「いらっしゃいませ。スープは、いかがですか。スープは、いかがですか。スープは……」


 はじめの背中に、冷たい汗が流れた。 (……ダメだ。この村、全データがすでに破壊されてる……!)



「ゼノ様! 起きてください、ここはやばい……って、えええ!?」


 はじめが部屋に飛び込むと、そこにはすでに無数の「村人」たちが、音もなくゼノのベッドを囲んでいた。  ゼノは、ただの「育ちの良い領主の息子」だ。気配を察知するスキルなど一ミリも持っていない。彼はぐっすりと眠ったまま、村人たちの冷たい手によって簀巻き(すまき)にされていた。


「ひっ……! ログイン早々、詰み(詰み)かよ!」


 はじめにも村人たちの手が伸びる。生気のない、凍りつくような指先。  絶対絶命――その時、宿の窓を突き破って、巨大な脚が飛び込んできた!


「おじさん、ゼノ様! 離してあげて!!」


 リリだ! 結局心配でこっそり後をつけてきていた彼女が、窓から乱入してきたのだ。  彼女がパニックになりながら、必死に手を差し出し、光の魔法を放つ。


「きゃあぁぁ! ヒール!! ヒール、ヒール!!」


 リリにとっては単なる「助けたい」一心での回復魔法だった。  だが、バグったデータ(死者)にとって、純粋な回復コマンドは**「致命的な上書き削除」**と同じだった。


「アギャアァァァ!!」  光を浴びた村人たちが、データが壊れた画像のようにノイズを吐きながら消滅していく。


「お、おい! リリさん、すごい威力だぞ!?」 「えっ、ええ!? 私、ただ治そうとしただけなのに!」


「あうっ、な、なんだ……眩しいな……」  ようやく目を覚ましたゼノの襟首を、はじめは無理やり掴み上げた。


「寝ぼけてる場合じゃない! ゼノ様、撤退ですよ! リリさん、道を作って!」 「わ、わかった! えいっ、えいっ!!(ヒール連打)」


 リリが半泣きで放つ光線に、村中から集まってきたアンデッドたちが次々と消し飛んでいく。  はじめたちは、繋がれていたアリ車に飛び乗り、村の入り口を塞ぐ「笑顔の門番」たちを光で消し飛ばしながら、夜の街道へと猛スピードで脱出した。


「ハァ……ハァ……。な、なんだったんだ、あの村は……」  数キロ逃げた先で、ようやく息を整えたゼノが震えながら呟く。


「……わかりません。ただ一つ言えるのは、あの村のデータはもう、救出不可能(フルリカバリ不可)だったってことです」


 はじめは、遠ざかる村の灯りを見つめた。  なぜ村がああなったのか、誰が仕組んだのか……。何の解決もできていない。ただ、自分たちの命を繋ぎ止めるのが精一杯の、無様な「強制終了」だった。


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