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第十九話:森羅万象ですか?怖いです

朱雀門を抜け、一行が足を踏み入れたのは、獣国の象徴——首都「獣王」。

街道の端々にはアンデッドの侵食が見えるものの、その中心にそびえ立つ**「獣王城」**は、そんな絶望を嘲笑うかのように、黄金と大理石で彩られた圧倒的な輝きを放っていた。


「……おい、はじめ。……息、してるか?」

ゼノが、今にも壊れそうな機械のようにぎこちない動きで囁く。

「……ああ。……だが、心拍数が……エンジニアの許容範囲を……超えそうだ……」

はじめは、杖を握る手から脂汗が止まらない。りりに至っては、ゼノの背中に隠れて震え、一言も発せられないでいた。


それもそのはずだ。

前を歩く巨躯——森羅万象から放たれる「威圧」の波が、城内の豪華な装飾と共鳴し、空気そのものを重く、尊く変質させている。この国が滅びかけているなど、誰が信じられるだろうか。


だが、その沈黙の緊張を、一人の少女の黄色い声が「びりびり」と引き裂いた。


「すごーーーい!! 見てはじめ様! あの柱、本物の金ですよ!? あっちの彫像も! きゃあぁぁっ! 森羅万象様のブロマイドで見た通りの豪華さですぅぅっ!!」


「こ、琥珀……っ! 静かにしろ、不敬だぞ……っ!!」

はじめが血相を変えて琥珀の口を抑えようとするが、彼女の「推し」への情熱は止まらない。


「えへへ、だって! 憧れの森羅万象様のプライベート空間ですよ!? はじめ様、私、もうこの床の絨毯になりたいですっ!!」

猫耳を激しくバタつかせ、尻尾で風を巻き起こしながら、琥珀は廊下のあちこちへ駆け寄っては目を輝かせている。


「……あ、あの、陛下! 申し訳ございません、うちの琥珀が……っ! 今すぐ黙らせますから、どうかお手柔らかに……っ!!」

はじめは、王の背中がピクリと動くのを見て、処刑の斧が振り下ろされるのを覚悟した。


だが——。


「……はーっはっはっは!!」


地鳴りのような笑い声が、廊下に響き渡った。

森羅万象は足を止め、振り返ることなく、その広い背中で豪快に笑う。


「……よいよい、気にするな。……余の城をこれほどまでに愛でてくれる者は、久しくおらなんだからな。……獣とは、すべからく己の欲に忠実であるべきよ。……その娘、剛毅でよいではないか!」


「……え、あ、ありがとうございます……(剛毅……なのか?)」

はじめが呆然とする中、森羅万象は満足げに再び歩き出した。


「……ちっちゃいこと(不敬)は、気に病むでない。……わかちこ、わかちこ、よ……っ!!」


(はじめの耳には、なぜかそう聞こえた気がした。)


やがて、一行の前に巨大な両開きの扉が現れた。

象嵌細工が施されたその扉が、音もなく左右に開かれる。


「……さあ、入れ。……ここが、余の庭——王の間である」


そこは、世界の中心。

玉座の背後に広がる大窓からは、滅びゆく夕陽に照らされた獣国の全土が見渡せた。

絶望と栄華が同居するその場所で、暴れん坊な王は、斧を傍らに置き、悠然と玉座へと腰を下ろした。


王の間の床を叩く、森羅万象の巨大な斧の柄の音が、低く重く響く。

その威圧感に、はじめたちは吸い寄せられるように膝を突き、深く頭を下げていた。


「……皆の者、面を上げい!」


地鳴りのような号令。

はじめは、緊張で回路がショートしかけていた。

目の前の男は、象の獣人。だが、その醸し出す雰囲気、剛毅な佇まい、そして「余」という一人称……。

58年の人生で何度も目にした、あの「正義の将軍」のイメージが、目の前の巨躯と完全にオーバーラップしてしまったのだ。


「……う、……上様に、申し上げますッ!!」


「「「…………っ!?」」」


ゼノが、りりが、そして周囲を固める近衛兵たちが、文字通り彫像のように凍りついた。

(……う、上様!? はじめ、何を言って……っ!!)

ゼノの心の叫びが聞こえてきそうだが、一度走り出したはじめの口は止まらない。


だが、当の森羅万象は、一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐにその頬を深い笑みで歪ませた。


「……はっはっは!! 『上様』か! 余をこの国の頂、文字通りの『上』と呼ぶか! よいよい、面白い呼び名よ。……して、続けて申してみよ」


「は、はっ!!(……あれ、意外と通った!?)」

はじめは冷や汗を拭いながら、必死に言葉を繋ぐ。


「実は……、虫国のヴェスパ様が、陛下からの親書を一年も放置していたのには、深い訳がありまして……。決して、軽んじていたわけではないのです!」


はじめは、自分でも驚くほどの熱量で「言い訳」という名の報告を開始した。

王宮の執事がアンデッド化し、システムを書き換えるように情報を操作していたこと。

女王には「些細な問題です」と虚偽の報告を上げ、国を孤立させようとしていたこと……。

はじめは、ヴェスパの名誉を守るため、そして自分たちが不審者でないことを証明するために、必死に言葉を重ねた。


「……ですから、女王様は……その、本当に知らなかったのです。すべては『謎のネクロマンサー』の息がかかった執事の……」


「……もうよい!」


鋭く、重い一喝。

はじめの言葉が、物理的な衝撃となって遮られた。

(し、しまった……っ! 言い訳がましくて、上様の逆鱗に触れたか……!?)


はじめの背中に、嫌な汗が伝う。

沈黙に支配された王の間で、森羅万象がゆっくりと玉座から身を乗り出した——。


森羅万象の咆哮が、王の間の大理石の壁に反響し、はじめの鼓膜を震わせた。


「**『虚海きょかい』**を、これへ連れてまいれッ!!」


王の怒号と共に、玉座の脇にある重厚な扉が開き、一人の痩身の獣人が姿を現した。

内政を司る大臣、虚海。

かつては知略に富んだ名臣として知られていた男だが、今のその顔は、死人よりも酷い土気色に変色し、膝は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。


「こ、……こ……ここに……っ。……お、……お呼び……で……ございましょうか……陛下……」


這いつくばるようにして、はじめたちの横を通り過ぎ、王の前へと進み出る虚海。

その背中には、隠しきれない「罪の臭い」がまとわりついていた。


ドカッ、ドカッ、と。

地響きを立てて玉座の階段を下りた森羅万象が、虚海の目の前で仁王立ちになる。

はじめは、その圧倒的な威圧感に、隣にいるゼノと共に見守ることしかできない。


「虚海よ。……先程のこの男の話、……聞いておったな?」


「い、……いえっ!! ……そのような……っ!! ……この……どこの……馬の骨……とも……わからぬ……者の……妄言……など……っ!!」


虚海が必死に首を振ろうとした、その瞬間だった。


「——ッッバチィィィィィン!!!」


乾いた、しかし重戦車が衝突したような凄まじい音が、王の間に鳴り響いた。


「ひ、……ぎゃあぁぁっ!?」


森羅万象の巨大な手の平による、全力の平手打ち。

虚海の体は、木の葉のように空中で一回転し、そのまま数メートル先の柱まで吹き飛んで、泥のように崩れ落ちた。


「お、……上様……っ!?」

はじめは、あまりの衝撃に思わず腰を浮かせた。

頬を打たれたはずの虚海の顔は、もはやどちらが前かわからないほどに腫れ上がり、口からは鮮血と数本の牙がこぼれ落ちている。


森羅万象は、打った手を無造作に振ると、氷のような冷徹な瞳で、這いつくばる大臣を見下ろした。


「……余の目は節穴ふしあなではない。……貴様の筆跡、……貴様の香、……そして、貴様の中に巣食う『淀み』……。……すべて、お見通しよ」


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