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第十八話:森羅万象です。最強です

吹き出す溶岩、立ち込める硫黄の臭い。

獣国・南の玄関口「朱雀門」へと続く道は、まさに生者の踏み入る場所ではなかった。


「……はぁ、……はぁ……。エンジニアの仕事に、……耐熱訓練なんて、……入ってなかったはずだがな……」


はじめは、汗で張り付いたシャツを拭う余裕もなく、杖を突いて一歩一歩進む。

横を歩くゼノも、自慢の剣を杖代わりにしなければ倒れそうなほどだ。りりと琥珀も、熱気に顔を赤く染め、朦朧としている。


体力、残存30%。

システムの警告音がはじめの脳内に響く中、ようやく巨大な「朱雀門」が姿を現した。

だが、そこに待っていたのは「安息」ではない。


「……くっ、門番! 私は虫国の……っ!」


はじめが、懐の**「ヴェスパの紹介状」**に手をかけたその時。

背後から、鼓膜をなでるような不快な笑い声が響いた。


「無駄ですよ。……『死者』は字を読みませんから」


揺らめく陽炎の向こうから現れたのは、先程退けたはずのファントム。

その背後には、実体を持たない青白い影の軍勢——幽霊族ゴーストの兵たちが、音もなく空を埋め尽くしている。


「ファントム……! しつこい奴め!」

ゼノが剣を構えるが、その腕は熱さで震えている。


「おや、おかしいと思いましたか? 門番たちが動かないことを」


ファントムが指さす先。朱雀門を守る屈強な獣人の門番たちは、微動だにせず、虚ろな瞳で一行を見下ろしている。その肌は土気色に変色し、腐敗の臭いが混じっていた。


「この門は、とっくに私が『調整』を済ませてあります。彼らはもう、獣王の犬ではない。私の……死の操り人形アンデッドだ」


絶体絶命。

囲まれた四人。頼みの綱の紹介状は、まだポケットの中で熱を帯びているだけ。

ファントムが優雅に腕を振り上げ、処刑の合図を送ろうとした——。


朱雀門の圧倒的な熱気に、琥珀の自慢の白い毛並みも汗でしっとりと濡れ、足取りは重い。


「はじめ様……。あ、暑いです……。……私、溶けちゃいそう……」


いつも元気な琥珀が、尻尾をだらりと下げてはじめの服の裾を掴んでいる。

そんな彼女を守るように前に出るはじめ。

だが、現れたファントムとアンデッド化した門番を前に、琥珀も必死で牙を剥くが、その体力はもう限界に近い……


その時だった。

背後の朱雀門——内側からアンデッドの門番が固めていたはずのその巨門が、外側から激しく打ち鳴らされた。


「ドォォォン!! ドォォォン!!」


大気が、地面が、はじめの足の裏までが激しく震える。

「何事だ……!?」

驚愕に目を見開くファントムの眼前で、巨大な門が、蝶番ちょうがいごとひしゃげて左右に跳ね飛んだ。


砂塵の中から現れたのは、一人の大男。

象の頭部を持ち、山のように分厚い胸板を晒したその男は、ただそこに立っているだけで周囲の熱気を「威圧」で凍りつかせる。


「……何者だ、貴様ッ!!」

ファントムが叫ぶ。だが、男は何も語らない。

ただ、その手に握られた、はじめの胴体ほどもある**「大型の斧」**を無造作に引きずり、ゆっくりと、だが確実な歩みで近づいてくる。


「……えぇい、構わん! かかれ! 塵も残さず消し去れ!!」


ファントムの怒声と共に、幽霊族の兵とアンデッドの門番たちが一斉に男へ襲いかかる。

だが、男は歩みを止めない。

大型の斧が、羽毛でも扱うかのように軽く一閃された。


「……邪魔だ」


凄まじい風圧。

一度の旋回で、幽霊兵の九割が文字通り「データの塵」となって霧散し、屈強なアンデッド門番たちが火山岩の壁まで吹き飛ばされる。


絶句するファントム。その喉元まで、男の巨体が迫る。


「……な、何者だ、貴様は……!?」


男はゆっくりと斧を肩に担ぎ、すべてを飲み込むような重低音で告げた。


「……余の顔を、忘れたか?」


その瞳に宿る三世紀の威光。

「我は森羅万象。この獣国を統べる、獣王である」


「お、覚えていろ……っ! 次こそは貴様ら全員、我が死の軍勢の糧にしてくれるわッ!!」

負け惜しみのテンプレートを叫びながら、ファントムは這う這うの体で霧となり、夜の火口へと消えていった。


静寂が訪れる。だが、その静寂は先程よりも重い。

目の前に立つのは、生ける伝説、森羅万象。


「朱雀の門から異様な気配がしたのでな。……わざわざ様子を見に来てやったぞ」


地鳴りのような声。その迫力に、はじめ、ゼノ、りりは石のように固まっていた。

だが——。


「きゃあぁぁっ! 森羅万象様だ! 本物! カッコいいーーー!!」


一人だけ、ライブ会場の最前列にいるかのように目を輝かせてはしゃぐ琥珀。

そう、絶対王である彼は、獣国の子供たちにとって最強のヒーローであり、ポスターやブロマイドになるほどの憧れの的なのだ。


「……こ、琥珀、失礼だぞ……っ」

はじめは震える手で琥珀を宥めつつ、「今だ!」とばかりに懐から例の紙を取り出した。


「あ、あの……! 獣王陛下。これ……虫国の女王、ヴェスパ様からの紹介状です!」


はじめは、精一杯の敬意を込めてそれを差し出した。

……だが、彼が渡したのは、ヴェスパの愛が詰まった紹介状ではなく、**「1年前の獣国からの親書コピー」**の方だったのだ。


森羅万象は、巨大な指でその紙をつまみ、眉根を寄せる。

「……ほう。……これが何だというのだ? 貴様、我を愚弄しているのか?」


「(えっ、なんで不機嫌!?)い、いえ! ぜひお読みいただければ、私の身の潔白が証明されるかと……!」

必死に「紹介状のつもり」でプレゼンを続けるはじめ。


背後で、ゼノの顔から血の気が引いていく。

「(は、はじめ……! それ、獣国からの親書の方だ! 違う、そっちじゃない!!)」

ゼノが小声でパニックになりながらツッコミを入れるが、はじめには届かない。


「な、何か問題が……?」

「……問題しかないわ。貴様、なぜ我国の最高機密を我に平然と手渡す……?」


獣王の斧が、ぴくりと動く。

「ひえっ……殺される……っ!!」

圧倒的な威圧感に気圧され、はじめが思わず飛び退いたその瞬間。


ぽろっ。


ポケットから、もう一枚の、少しくしゃっとなった紙が地面に落ちた。

それを見逃さなかった森羅万象が、巨体を屈めてそれを拾い上げる。


「…………。ふん、……あの蜂の小娘が、このようなものを、な」


不機嫌だった獣王の口角が、わずかに、だが「ニヤリ」と吊り上がった。


「……面白い。貴様のような迂闊な男に、あのヴェスパがこれほど熱を上げるとはな」


森羅万象は、くしゃくしゃの紹介状を満足げに懐へ収めると、はじめに向き直った。

「良いだろう。お主らの身分、この我が保証してやる。……ついて参れ、獣王城までな」


王が背を向け、悠然と歩き出す。

だが、はじめは歩き出しながら、拭い去れない「違和感」に眉をひそめていた。

獣王——一国の主が、これほどの緊急事態に、なぜ護衛の一人も連れず、たった一人で最前線まで来ているのか。


「……あの、陛下。失礼ながら、お供の兵の方々は……?」

はじめの問いに、前を歩く巨躯がわずかに揺れた。


「……ふん。我が護衛か? そのようなものは必要ない。我が斧が届く範囲に、我を守れるほどの手練れはおらぬからな」


傲慢とも取れる言葉。だが、その背中が放つ圧倒的な「個」の武力を見れば、それが事実であることを誰も否定できない。しかし、王の言葉には続きがあった。


「それに……。我が兵どもは今、それどころではないのだ」


朱雀門を抜け、首都・獣王へと続く街道に入った瞬間、はじめたちは息を呑んだ。

美しいはずの景色は、あちこちで青白い「淀み」に侵食されている。

街道の脇では、獣人の兵士たちが血相を変えて、次々と湧き出す下級アンデッドの群れを必死に押し留めていた。


「そんな……。ここまでアンデッドの侵食が……っ!?」

ゼノが愕然と声を漏らす。


「南の朱雀、西の白虎が落ち、死のプログラム・エラーはついに中央の獣王領まで這い寄ってきている。生きている兵は、一人残らず防衛線へ回した。……王の背中を守る余裕など、この国にはもう残っておらぬよ」


自嘲気味に笑う王の横顔は、300年を生きた者の孤独と、崩れゆく国を背負う重圧に満ちていた。

はじめは、手にした杖を強く握りしめる。

これはもう、単なる「迷い込んだ異世界」の話ではない。


「……行きましょう、陛下。……俺に、……いや、俺たちにできることがあるはずです」


58歳のエンジニアは、自分よりも遥かに大きな王の背中を追い、火山灰の舞う城下町へと足を踏み入れた。


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