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第十五話:ジャングルですか?白虎の村です

スズメバチ城の城下町を後にし、一行の目の前に広がる景色は、次第に「管理された美しさ」から「剥き出しの自然」へと変貌を遂げていった。

 道なき道を進むはじめたちの前に、天を突くような巨大な石造りの門が姿を現す。

 ――『白虎の門』。


「ひぇぇ……。おじさん、あの門、ガブッて噛み付いてきそうだよぉ……っ!」

 りりがゼノの背中に隠れながら、門に刻まれた巨大な虎の意匠を見上げて震える。


 門の前に立ち塞がるのは、二人……いや、「二頭」の巨漢。

 黄金の毛並みを持つライオンの獣人と、白銀の縞模様を誇るトラの獣人だ。彼らが手にする巨大な斧が、地面に触れるだけで土が爆ぜる。


「……止まれ。ここは『獣国』の入り口。……力なき者は、死を以てその境界を知ることになる」

 トラの門番が、重低音の効いた声で威嚇する。はじめは、心臓のバクバクを「納期直前のプレッシャー」だと思い込むことで無理やり鎮め、ヴェスパから預かった通行証を差し出した。


「……虫国の女王、ヴェスパ様より、通行の許可(アクセス権)をいただいております」


 門番たちはプレートを乱暴にひったくると、まじまじと見つめ、鼻を鳴らした。

「……確かに。……虫国の『トゲ』は付いているようだな」


 重厚な門が、地響きを立ててゆっくりと開き始める。

 だが、すれ違いざま、ライオンの門番がはじめの耳元で、獣特有の生暖かい吐息と共に囁いた。


「……念のために言っておくが、ここは、弱肉強食が唯一の法だ。……もし、あちら側で『狩られる側(弱者)』と判断されれば、誰であろうと容赦なく狩られるぞ。……精々、気を付けて進むことだ」


 門の向こうに広がるのは、日光を遮るほどの巨木が繁茂する、深い深い密林の闇。


「……どう……気をつけろと……?」


 はじめは、ぼそりと呟いた。

 筋力(物理)がすべての場所で、キーボードをたたく事以外に運動能力のない元社畜に、一体どんな「対策」をしろと言うのか。


「……ゼノ様。……とりあえず、『逃げ足』と『言い訳』の……バッファだけは……、多めに確保しておきましょうか……」


 はじめの乾いた言葉を飲み込むように、三人は獣国の闇へと足を踏み入れた――。


白虎の門をくぐった瞬間に押し寄せたのは、肌にまとわりつくような、重く湿った熱気だった。

 天を覆い尽くす巨木の葉が日光を遮り、地面は腐葉土と湿気が混じり合った独特の匂いに満ちている。まさに、かつて映像で見た「アマゾン」そのものの光景だ。


「……っ……、……暑い……ですね……。……引継ぎ……資料……に……『クールビズ推奨』……とは……書いて……ありませんでした……よ……」

 はじめは、汗で張り付くシャツの襟元を緩め、拭えない不快感に眉をひそめた。


 一行が密林の奥へと踏み入ると、木々の隙間から、石と丸太で組まれた質素な村が見えてきた。

 そこには、かつてしなやかな筋肉と鋭い牙を誇っていたであろう、ヒョウやライオン、トラといったネコ科の獣人たちがひしめき合っている。

 だが――彼らの瞳に、光はない。


「……そんな……。ここも……みんな、死んでるの……?」

 りりが小さな悲鳴を上げ、杖を握る手を震わせる。


 腐敗し、肉が削げ落ちながらも、強靭な骨格だけを維持して彷徨う獣の死者たち。


「……これが、……獣国……から……届いた……親書……の……正体……か……」

 はじめは、絶望的なログの書き換えを目の当たりにし、愕然と立ち尽くした。


 最強を自負する獣人たちですら、この「エラー」には抗えなかったのだ。

 その時。


「……た……す……け……て……」


 死の静寂を切り裂くような、弱々しい響き。

 村の奥、半壊した家屋の隙間から、今にも途切れそうな、幼い子供の声が漏れ聞こえてきた――。


村の中に一歩踏み入ると、そこには想像を絶する「日常」があった。

 肉が剥がれ落ちたライオンの獣人が、中身のない籠を背負って無言で歩いている。あちこちの皮が裂けたヒョウの獣人が、腐った果実を黙々と並べ直している。

 皆、死んでいる。それなのに、彼らは生前繰り返していたであろうルーチンを、機械のようにトレースし続けていた。


「な……なんなの、これ……。みんな、死んでるのに……」

 りりが顔を青ざめ、震える手で杖を構える。その先端に、淡い治癒の光が灯りかけた。

「待て、りり。……魔法ヒールを消すんだ」

 はじめが鋭く、しかし抑えた声でその手首を制した。


「……えっ、でも……!」

「よく見てくれ。……彼らは今、一定の規則アルゴリズムに従って動いているだけだ。こちらが敵対行動エラーを起こさない限り、彼らのヘイトはこっちに向かない……はずだ」


 はじめは、ハニカム村や甘露村での苦い経験を脳内で検索していた。

 下手に干渉すれば、この村中の死者たちが一斉にアクティブ状態に切り替わる。それは、この少人数パーティーにとっては致命的な「システムダウン」を意味した。


「……ゼノ様、武器は抜かずに。……目立たないように、少しずつ奥へ進みましょう」

 はじめは周囲を警戒しながら、アンデッドたちの視界を縫うように歩を進める。そして、時折小さく、しかし確実に届くような声で呼びかけた。


「……誰か、いませんか。……生存者アクティブなユーザーは、いませんか……?」


 腐敗臭と、死者の足音だけが響く静寂。

 何度目かの呼びかけの後、村の中央にそびえ立つ、巨大な石造りの建物の影から、その声は返ってきた。


「……たす……けて……、……ここに……いるの……」


 はじめの視線の先にあったのは、白虎の意匠が施された重厚な、教会の扉だった。

 驚くべきことに、その建物の周囲だけは、徘徊するアンデッドたちがまるで何かに弾かれるように、不自然な距離を保って避けて通っている。


「……聖域セーフティゾーン……? いや、ここは……」

 はじめの眼に、その教会の扉を内側から必死に叩く、小さな白い手が映った。


教会の重厚な扉を、はじめは音を立てないよう慎重に押し開けた。

 外の蒸し暑い熱気とは対照的な、ひんやりとした静謐な空気が流れ出す。その祭壇の陰、うずくまるようにして震えていたのは、雪のように白い毛並みを持つ、幼い虎の獣人の少女だった。


「……あ、……ぁ……」

「大丈夫だよ、怖くないからね。……もう、大丈夫」

 りりが杖を置き、少女の目線に合わせて優しく両手を広げる。その温かな声に、少女の瞳に溜まっていた涙がポロリとこぼれ落ちた。


 対照的に、ゼノが焦燥を隠さず一歩前に出る。

「おい、小娘! 何があった!? 村の連中はどうしてあんな姿に――」

「ゼノ様、ストップだ(強制終了です)」

 はじめがゼノの肩を掴み、毅然とした態度で遮った。


「なっ……何をする、はじめ!」

「そんな高圧的な態度では、子供は心を閉ざしてしまいます。……状況のヒアリングは、相手の心理状態メンタルに合わせるのが鉄則だ。ここは、りりに任せましょう」


 はじめの言葉に、ゼノは苦々しく沈黙した。りりは少女の背中を優しく撫でながら、静かに、ゆっくりと言葉を紡がせる。

 少女は、掠れた声でようやく重い口を開いた。


「……わたし……琥珀こはく。……はじまりは……もう、半月も前のことだったの……」


 琥珀が語る内容は、あまりに唐突で理不尽なものだった。

 前触れもなく、一人が倒れ、死者として起き上がる。また一人、また一人と、病が伝染するように村人たちが「動く死体」へと変貌していったのだという。


「……どうして、一人でこれだけの期間を……」

 はじめが周囲を見渡すと、祭壇には干し肉や果物といった、大量の「お供え物」が散乱していた。


「……白虎様に、供えられたものを……少しずつ、食べて……。でも、もう……それもなくなりそうで……。……こわくて、……ずっと、一人で……」


 琥珀は、はじめの服の裾をぎゅっと掴んで泣きじゃくった。

 七歳の子供が、死者たちの無音のパレードを半月間も見つめ続け、最後の食料が尽きかける絶望の中にいたのだ。


 はじめはその小さな頭にそっと手を置き、教会の外……死者の徘徊する村の景色を、裸眼の瞳で冷徹に見据えた。


「……半月、ですか。……事態は、僕たちの想定よりもずっと『深刻なバグ』に侵されているようですね」


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