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幽世の執行者

 葉月から片目の光と引き換えに死神の力を与えられた和真は再び空き家へと飛び込み、心陽の援護に向かい、空き家事件の元凶である殺人幽霊、中野久美との最終決戦に臨むのであった。

 とうとう事件は最終局面へ、死神の力を授かった2人の青年と神への復讐を誓う女子高生の幽霊の戦いがとある空き家という幽霊が生み出した結界内の空間で繰り広げられていた。


「次から次へと……鬱陶しいなぁ!?」


 久美の足元が黒く染まり、水面のように波紋を打つようになったかと思えば久美は床に吸い込まれる様に沈んでいった。


「どこだ? どこへ消えた?」


 行方を眩ませた久美に動揺を隠せず、周囲を警戒する。

 すると和真の背後が黒く染まり、その空間から久美が飛び出してきた。


「和真! 後ろだ!」


「まず1人……死ねぇ!」


 それに気づいた和真は間一髪奇襲を躱し、距離をとる。


「危なかったぜ……しかし何となくでも一瞬久美の移動先が自分でも感知できた気がする……やっぱり死神様の力はすげぇな」


「だったらこういうのはどう?」


 次は部屋全体が黒に包まれ、足下の設置感が無くなる。2人は再び虚空へと落下する。

 何とか着地するも周りを見れば部屋が変わってしまっている。心陽は2階の廊下に移動させられた。

 心陽は一度経験している強制部屋移動だ。

 しかしそれによって和真とはぐれてしまう。


「分散させられたか……」


 そう思ったも束の間、廊下の壁から久美の上半身が飛び出し包丁を喉元目掛けて振られる。


 心陽も間一髪それを躱す。

 舌打ちの後、久美は再び壁に潜る。

 その後も壁や天井、時には足下から突如久美が現れては奇襲を仕掛けてくる。

 それは1階寝室に飛ばされた和真も同じ状況にあった。


「クソ! 死神の力があるとはいえ出てくる直前まで分からねぇ! 少しでも遅れたらやられちまう」


 和真は部屋を抜け出し家の中を駆け回る。

 しかし部屋変化の仕掛けは未だ健在で中々心陽と合流ができない。

 久美の攻撃を避けながらである為、力の使用時間が長引き、ジリ貧状態で少しずつ精神が削られていく。その影響が心陽に出始めていた。


 心陽は鼻の辺りに違和感を感じ、鼻をこすると、その手には血が付いていた。

 鼻からは鼻血が流れ始め、中々止まらない。

 そこで心陽は葉月の忠告を思い出す。


「君の《《精神》》や《《肉体》》を削って発揮する事だ。乱用してしまうと発狂したり血が噴き出たり最悪の場合、廃人・死に至る恐れがある。使う時は注意が必要だよ」


「そうか……もうタイムリミットが近づいているのか……」


 心做しか息も上がってきている。精神的、肉体的負荷に身体が慣れていないのかかなり消耗が激しい事に焦りを感じずにはいられずにいた。


「葉月さん……まだか……」


 とにかくこのままではいけないと心陽も家の中を駆け回り和真との合流に向かう。

 2階から1階への階段へ向かう途中、曲がり角で何かに衝突する。


「いてっ!」

「ぐぁっ!」


 衝突したのは和真だった。お互い移動を繰り返している内に同じ空間に移動できたようだ。無事合流し、お互い安堵するも和真は心陽が鼻血を垂らしていることに気づく。


「おい大丈夫か? 久美にやられたのか? それとも……死神の力の代償か?」


「ああ……恐らく死神の力で消耗してるんだと思う。恐らくそう長くは保たない」


 ボタボタと落ちる鼻血を拭いながら心陽は立ち上がるその瞬間、和真の背後の壁が黒く淀んでいるのに気が付いた。そこから久美が顔をのぞかせる。


「クソ! させるか!」


「フギャッ!」


 久美が出てこないように半分ヤケクソで久美を踏みつけた。すると心陽の足裏は見事久美の顔面を捉え、壁の向こうに押し戻した。

 しかし割と真面目にやったつもりだが久美の悲鳴も相まって少しギャグっぽくなってしまう。


「ヘヘェッ……」


 思わず変な笑いが出た。


 何はともあれ久美を追い払い一安心、狭い場所では壁が多く不利だと広い空間を目指し、リビングへ向かう為に1階へと階段を下りる。その途中、とうとう限界を迎えたのかブシュッと心陽の鼻から勢いよく鼻血が飛び出し、力無く倒れる。

 階段を頭から落ちようかという所で和真に支えられる。


「心陽! しっかりしろ!」


 心陽からは鼻血だけでなく目や耳からも血が噴き出していた。左眼の赤い光を失っている。幸い呼吸はしており死んでいるわけではないことは分かった。


「心陽はもうダメだ……なんとか守りきらねぇと……」


 和真は心陽の肩を持ちリビングへ到着する。壁からの奇襲を避けるため、部屋の真ん中に心陽を寝かせ身構える。


「あれ? お兄さん、動けなくなっちゃった? 残念だなぁ。弱ったままじゃつらいでしょ? 私がとどめを刺してあげる」


 床から久美が現れ、心陽にゆっくり近づく。和真は心陽を庇うように前に経つ。


「心陽には指一本触れさせねぇぞ!」


「そっか……じゃあお友達の人から死んでもらおうか!」


 久美が包丁を振り上げ、まっすぐ和真へと襲いかかり、肩口目掛けて勢いよく包丁が振り下ろされる。


 和真は両手を構え、久美の振り下ろす包丁に極限まで集中した。

 途端、深紅に染まる右眼が燃える様な光を持ち始める。


「どうする? 受け流して反撃か? いや、俺にそんな技術は無い……考えてる暇はねぇ……やるしか無い!」


 かつて不可能だと言われた現代社会における架空の防御術、それは死神の力をもって完成する伝説の秘技、真剣白刃取りを試みた。


 和真の全身全霊を込め、包丁目掛けて突き出した両手は見事に捉える……事はなく空を切りパチンっと無情にも乾いた音だけが響いた。


「あっ」


 包丁は止まることなく和真に向かっていく。

 和真は自身の選択を後悔した。普通に考えれば当然だ、どう考えたってこの選択は無かっただろう。和真は絶望し、死を覚悟する間もなく包丁が突き刺さり、辺りに血飛沫が飛び散り部屋を赤く染める――


 ――はずだった。


 久美の振り下ろした包丁は空を切り、目の前で一体何が起こったのか理解が追いつかない様子で久美は固まってしまう


「「は?」」


 しかしその状況を理解していない人物がもう1人いた。それは和真本人だった。

 久美に刺されたと思っていたが視界が一気に切り替わり、気が付けば――


 ――久美の背後にいた。


 何が起こった? 自分でも分からない。急に後ろに? 久美は自分が後ろに移動したことに気づいていない。何にせよ反撃するなら今しかない、一撃で沈めるくらいの強烈な一撃を今、この瞬間で――


 そう思った時には自身の身体は既に動き始めていた。背後から両手を回し久美の腰をガッチリとホールドする。


「え? 嘘? 後ろ? なんで!?」


 足腰と背筋にこれ以上無いほど力を込め久美の体を持ち上げそのまま後ろ向きに地面に叩きつける。


「うおぉぉ!! 食らいやがれぇぇ!!」


「わ! わ! ギャッ……!!!」


 凄まじい勢いで見事なまでのジャーマンスープレックスが炸裂し、頭から床に叩きつけられた久美は白目をむいて倒れ、動かなくなった。


「や……やった……のか?」


 動かない久美を眺めていると身体が思い出したかのように鼻や目、口から大量に血が溢れ出し、視界がぐらつき始める。


「ゴフッ……やべぇ……無理し過ぎた……とにかく、今は逃げて身体を休めねぇと……」


 和真は限界を訴える体にムチを打ち、心陽を担ぎ上げ、リビングを出る。

 リビングを出て限界前廊下を少し歩いた所でとうとう和真も力尽きる。


 一体どれほどの時が経っただろうか、静寂が包む家の中。ヒタヒタと小さな足音は無音の空間には大きく聞こえる程であったが、今はそれに反応する者はいない。

 歩く度に血がポタポタと垂れ、血が足跡を残していく。

 そしてその足音の主は――


「もう……全部終わらせようか」


 頭部から血を流し、憎悪と殺意に満ちた黒い目、その中心部に底知れぬ悪意を孕んだ紫の瞳を持った女性、久美だった。


 久美は玄関先で、倒れ伏している2人を見下ろしていた。

 心陽を庇うように覆い被さって意識を失っている和真をみて久美はボソッと呟く。


「お兄さん、本当に良いお友達を持ってんだね……羨ましい。これから死ぬのに……なんでだろ……恵まれた幸せな人生だったってこの人達なら胸を張って言うような気がする。いいなぁ……私もお兄さん達みたいに生きてみたかったな」


 何故かその目には涙が流れていた。

 羨ましさ、憧れ、久美が生きたかった理想像が目の前にある。

 最後まで人を想う気持ち、友情、愛情その全てが久美が欲していたものだった。

 実際にそれを目の当たりにし、不思議と涙が止まらなかった。


「終わらせなきゃ……」


 涙を拭い、包丁を構える。

 憧れとの決別。

 この戦いに終止符を。

 久美の神への復讐はまだまだ続くのだ。


「さようなら」


 久美は包丁を振り下ろすその瞬間。

 心陽が目を覚まし、久美を見るとすぐさま胸のペンダントを強く握り叫んだ。


「葉月さん!!」


「っ!?」

 心陽が叫んだ瞬間、ペンダントが光り輝き、その眩しさに久美は怯む。

 すると心陽の目の前の空間が切れ目ができたように裂け、その中から人一人分以上の大きさはあろう大鎌が現れ、久美を両断した。

 久美の体は大鎌の一撃により、斜めに体が真っ二つに裂かれ、床に転がる。


「ここまでよく耐えた……少年達、遅くなってごめんね」


 空間の裂け目から黒装束の女性が現れる、それは他でもない葉月だった。


「あともう少しという所で君がペンダントを使ってくれたおかげて気配を探知する事ができた。本来は一時的に撃退するものだったんだけど《《それ》》を目印に直接飛ぶことができたよ」


「葉月さん……」


「大丈夫、後は任せて♪ 少年はお友達を連れて出るといい」


 そう言うと葉月は玄関の扉に向けて鎌を一振りすると、空間の裂け目が現れた。


「ここから出られるよ。よく頑張ったね、君達の勝ちだ」


 葉月は心陽の頭を撫でそう言うと、ポケットに入っていたライターを抜き取った。


「これは借りてくよ? さぁ、行って!」


 心陽は久美は葉月に任せ、和真の肩を持ち脱出する。


 外では大輝が待っていた。

 大輝は心陽達に気づくと心配そうに駆け寄る。


「お兄ちゃん! 大丈夫? 血だらけだよ!? ぼ、僕が助けを呼ぶからここから出よう!」


 大輝は和真が持っていた緊急脱出用の札をポケットから出し、反対側から和真の肩を持ち、2人で支えながら結界の外へ出た。



 ◇ ◆ ◇ ◆



「さて、彼らと君の戦いも終幕だ。さぁ、後は君の復讐劇にも終止符を打たなくちゃね」


 葉月は冷めた視線で上半身と下半身が分断された久美を見下ろす。

 久美は突如として現れた女性に困惑しながら睨みつける。


「あ、あなたは誰!? あなたも霊能力者なの?」


 葉月はゆっくりと近づき目の前でしゃがみ込んだ。


「そうだなぁ答え合わせはリビングでしよっか?」


「このっ!」


 久美は手に持っていた包丁で目の前でしゃがんでいる葉月に襲いかかる……が葉月はフフン♪ と笑うと久美の包丁を握っていた右手がスパンっと切断され、ぼとりと床に落ちた。何をしたのか分からなかった。久美は包丁を握っていたはずの右手に視線を移す。そこにはあったはずの右手は無く、下には包丁を握った右手が転がっていた。


「あ゛あ゛あ゛! いだいいだいいだいぃぃ!」


 切られた胴体、腕から焼けるような痛みが久美に襲いかかってくる。あまりの激痛に見開いた目で葉月を見る。葉月のその眼は……両目とも美しい思わず見惚れてしまいそうな程の、まるで宝石のような深紅に染まっていた。


「この女……! 今までの霊能力者と非にならない! あなた一体何なの!?」


「まぁその辺りもゆっくり話そうか」


 葉月は久美の首根っこを掴み上げ、リビングへと運んでいく。

 リビングにつくとソファを対面になるように並べ、久美を投げ捨てるように乱暴にソファ放り投げ、葉月は向かいのソファに深く座りくつろぎながら口を開いた。


「さて、君はなんでこんな事してるんだっけ?」


「そんなの決まってるでしょ? 私をこんな運命を押し付けた神への復讐だよ!」


 久美は葉月を睨みながら答える。

 葉月は依然として妖艶な笑みを浮かべたままである。


「それじゃあ今君の前にいるのはその君が会いたがっていた存在だね。おめでとう、君の願いは叶ったんだよ」


 久美には目の前の女が一体何を言っているのか全く分からなかった。神を自称する女は、黒装束を除けばどこからどう見ても普通の人間だった。


「あなた……一体何をいって……」


「だから今君の目の前にいる私が神だって言ってるんだよ。神と言っても《《死神》》だけどね。神って言ったって色々いるんだよ?」


 フフッと笑う葉月の両眼が妖しく赤く光る。

 そこで久美はようやく気づいた。


「そうか……お前があの二人に能力を与えたのか」


「そうだよ。まさか彼らがあれ程までの力を自力で引き出すとは思わなかったけどね流石は私の見込んだ少年だよ。まぁお友達が無意識とはいえ霊術を使った時は正直驚いたけど」


 葉月は足を組み組んだ足に頬杖をついて組みに問いかけた。


「っでどうするの? 復讐するの?」


 妖しく光るその眼で余裕を見せる葉月のその姿はまるで格が違う相手、もはや久美を相手として見ていないかのような笑顔で久美の悪意をも飲み込む恐怖が空間を支配していた。




心陽の呼び声に反応し空き家の結界を破って現れた葉月。本物の死神の力によって久美を圧倒する葉月によって迎える結末とは……?

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