THE SIX SENSE
葉月によって久美に対抗する死神の力を手に入れた心陽は久美との攻防を繰り広げ、空家に入った当初の理不尽な力からただ逃げる事しか出来なかった状況が覆ろうとしていた……
日が沈む直前の夕焼けが薄暗く照らす一軒家。しかしそれは幽霊による怨念、呪力で作られた仮初の空間、その中で特異的存在に対抗する力を得た男子高校生、和泉心陽と行方不明事件の元凶であり女子高生の幽霊、中野久美による命のやり取りが行なわれていた。
心陽が押し倒す形で激しく争う2人。
生者と死者の非科学的な戦いは終幕に向かおうとしていた。
「お兄さん、もう一つ脱出手段があるって言ってたけど本当にあるの?」
「あんなの嘘に決まってるだろ。そうでもしないと逃げてくれないお人好しなんでな」
「へぇ、仲間想いだね。君も、その友達も……だからこそ残念だなぁお友達と離れ離れだなんて。せめて一緒に殺してあげたかったんだけど」
「誰も死なないさ、俺が殺させない。」
暴れる久美を押さえ、そう強がるも心陽はこの状況に困惑していた。
それもそのはず心陽は久美に触れる事こそ出来るようになったが、肝心な除霊の方法を心得ていない。押さえ込み、仮に無力化出来ても脱出も除霊も出来ない事に心陽は悩んでいた。
(ここからどうするか考えてなかった……どうすれば……)
「考え事してる暇あるのかなぁ?」
久美は心陽の隙を突いてわずかな隙間から脚を引き込み、思い切り蹴り上げ心陽を引き剥がした。その際、久美のつま先が心陽の鳩尾に突き刺さり、心陽は床で悶える。
「ガハッ! ゴホッゴホッ! 」
「あは! 一転攻勢だね! 死ね!」
すかさず久美が襲いかかる。鳩尾を蹴られたショックで息ができない心陽は反応に遅れ、回避行動をとろうとするも上手く体が動かず、久美の振り下ろす包丁の刃が心陽の左肩に突き刺さる。
「が……は……はぁ……!?」
鮮血を散らしながら呼吸困難と刺し傷の痛みに声にならない声を上げる心陽は危うく意識を手放しそうになる。
「あれ? もう死ぬの? 前の霊能力者の人は札とか使って見えない壁とか使ってたけど君は触れるだけなのかな? だったら前の人の方が強かったかな」
心陽は抵抗しようにも力が入らず、久美に逆に馬乗りの状態となってしまう。
久美は左肩に刺さった包丁をグリグリと回し傷口を抉る。傷口が抉られるたびに心陽から
力の無い悲鳴があげられる。
悲鳴を上げる度に久美の表情が恍惚とする。
その後久美は少し名残惜しそうな表情で包丁から手を離した。
「あなたをこのまま殺すのもいいけど少し勿体無い気がするしせっかくだから少し話そうよ」
久美は心陽の首から胸にかけて指でなぞりながら話し始めた。
「ねぇ、お兄さんは神様って信じてる?」
心陽は呼吸を取り戻し、息を整え困惑しながらも久美の質問に答えた。
「神様? どうした急に、宗教かなにかか? そうだな……俺は神様は信じていなかったかな」
「信じてなかった?」
「そもそも心霊とか魔法とかさ、神様とか今まで信じてなかったんだけど今この状況とか霊能力者がいたり幽霊が見えたりさ……今実際に幽霊に触れてたりこんなの科学じゃ証明できないだろう? 実際に体験してしまうと霊も魔法も……もしかしたら神様もいるんじゃないかって思ったりもするさ」
「う〜ん確かにそうだね、私も同じだよ。私も神様は信じてなかった。でもさ、私自身やお兄さんとも出会って神様がいてもおかしくないなって思えたの。それでね? 私、神様がいたら復讐してやりたい。私をこんな人生にした神様を恨んでるの」
久美は少し哀しみの表情を浮かべ、話し始めた。
「私ね、生まれた時からずっとお母さんに言われて勉強ばかりしてたの。それ以外は何も許されなかった。お友達と遊ぶことはおろか作る事もダメって言われたの。全ては将来、立派なお仕事で偉くなって裕福になる為、でもそれは私の幸せじゃない。お母さんは私がそうなったら私に寄生するつもりでいたの」
久美は自身の過去を思い返し、憂いを帯びた表情で続けた。
「お母さんは大企業に勤めてるお父さんと結婚してお父さんのお金で生活して将来は私のお金で生活するつもりでいたの。お母さんは学校行ってなかったらしくてそういう生き方しか知らなかったの。お父さん離婚の話をした時は家族全員の命を人質にして無理矢理お父さんに折れてもらってたりしてた」
そういうと久美は自身の長袖のインナーの袖を捲って肌をみせた。その肌は火傷痕や切り傷、痣が至る所に残っていた。久美の虐待を受けた跡を目の当たりにして、思わず心陽も顔をしかめる。
「これは全部お母さんにつけられたの。お母さんの言いつけは絶対だから……私はお母さんの自慢の娘で老後の収入源にならないといけなかったの。私の名前は久美、由来はドクダミっていう花から来てるんだって。
ドクダミの花言葉は《《自己犠牲》》。私は自分の人生を犠牲にしてお母さんを養う為に産まれてきたの」
そう語る久美は悲しみの裏に静かな怒りに燃えるようであった。
「それで久美、お前はそれで納得してるのか?」
「そんなの……してるわけないでしょ! なんで私が自分の為じゃなくて人の為に人生全部捧げなくちゃいけないの! 私だって自分の為に生きたかった!」
自分の人生に納得していない久美は床に包丁を突き刺しながら声を荒らげる。
薄暗い部屋の中に久美の怒号が響き渡る。
「私だってお友達作ってたくさん遊んで! いっぱい勉強して! 家族みんな仲良しで! そんな人生送りたかった!」
思いの丈を叫ぶ久美は自身の運命を怨み、目には涙が浮かんでいた。
久美は身体の奥底から湧き出る呪力に身を包む。それは心陽の目にもハッキリと映った。
身体中から煙の様にドス黒く、禍々しいものが溢れ出し、部屋中に充満していく。
「神がいるなら私が呪い殺してやる! こんな運命を強いた神を私の手で報いてやる! だって不公平じゃない! 外を見ればみんな楽しそうに生きてる! 辛いことも楽しいことも色々経験して人生を謳歌してる! なんで! なんで私ばっかり! そんなの……許せるわけないでしょ!」
いつしか久美の涙すら黒く染まり、遂には目も黒く、悪の感情を体現するかのように瞳が紫色に変わっていった。
「神が姿を現すまで私は殺し続ける……私という存在を訴え続けるの。死んでも尚、神に対する恨み続ける私を無視できないくらいになるまで殺し続けてやる。早く出てこい! 私の所まで降りてこい! 私が……この手で……私が味わった苦しみを味わわせてやる!」
包丁を再び手に取り、視線は再び心陽に向く。その目は据わっており、それは殺す決意を固めた事を意味していた。
「もう、そろそろお兄さんも終わらせてあげなきゃね……大丈夫、もう苦しい思いはさせないよ。お兄さんはせっかく私の話を聞いてくれたから……」
久美は両手で包丁をしっかりと握り、心陽に馬乗りになり、心臓にしっかりと狙いを定める。
「じゃあね、お兄さん」
◇ ◆ ◇ ◆
大輝と共に先に脱出した和真は心陽の脱出を待つも一向に家から出てこない事に不安を抱いていた。
(心陽……遅ぇな)
時間が経つに連れて募っていく不安感に和真は落ち着きが無くなっていく。
そんな時、ふと空を見上げると夕焼け空が広がっているのどかな風景の中で、ゆっくりと降りてくる黒い装束姿の女性を見つける。
「は!? お、女の人が空から!? な、なんで!?」
黒装束の女性はゆっくりと和真の前に降り、意外そうな顔をした。
「あれ? 君は少年の……。って事は中に残っているのは少年の方かい? それに私が見えてるんだ? でも君からは霊感は感じない……これは結界のせいかな?」
「あんた心陽の事知ってんのか? それに見えてるってどういう事だ? あんたも霊なのか?」
顎に手を当てながら考える仕草をする女性に和真は思わず尋ねた。
「少し惜しいかな。私は幽世の存在だけど厳密には霊じゃない。君達には《《死神》》といえば分かりやすいかな? 今現在、少年には私の力を分けてあげてるんだ。彼本人には言ってないけど彼は天性の霊感の持ち主だからね」
「し、死神……そうだ! 心陽が出てこないんだ!もしかしたらマズいのかも知れない。死神様なら中の幽霊倒したりできないか? 頼む! 俺の大切な友人なんだ!」
和真は死神と聞いて一瞬引いてしまったがすぐに死神の女性に縋る思いで心陽の事を伝えた。
「そのことだけど本当にマズい状況かもね。少年の気配がかなり弱まってる。助けてあげたい気持ちは山々だけど結界がかなり厄介で……どうやら私は歓迎されてないみたいでね。結界1つ超えるのにも一苦労なんだよ。
家の結界を越えるのにももう少し時間がかかりそうだよ」
そう話すと女性は何かを言いかけ少し躊躇うような仕草を見せた後、和真を試すかのように真剣な眼差しで見つめ、1つ提案をする。
「君は少年が大切かい? 助けたいなら方法が1つだけある。でもそれは代償が伴う。少年の命の為なら君は大事な物でも捨てられるかい?」
「当たり前だ! 心陽を助ける為なら何だって捨ててやる!」
和真は即答した。女性は和真の覚悟を感じ取り頷いた後、死神との取引の説明と最終確認に出る。
「君に少年同様私の力を分けてあげよう。ただし無償では渡せない、君はこの力の代償に片方の目は永遠に光を失う。それでも君は友人の為に片目の視力を死神に捧げられるかい?」
和真は迷わず頷いた。
女性は微笑むと和真の右目の瞼を人差し指で閉じさせる。
「いいかい? 幸い君は生者で歓迎されてる様だからすぐに家の中へ入る事が可能だ。だから君には少年を救出して私が結界内に入るまで時間を稼いで欲しい。霊のことは私に任せてくれて大丈夫だから必ず無茶はしないこと。分かった?」
そう言うと指を離す。
和真が目を開けると和真の右眼は深紅に染まる。和真の視界には家の周りに漂う黒い気配、そして女性の言う結界の境界線までハッキリと映っていた。
「これが……死神の力……心陽にはこんなふうに映ってたんだな……そりゃ怖かったよな? 俺が行くって言った時必死になって止めた理由がよくわかったぜ……今度は俺が助ける番だ。ありがとう死神様! 俺、絶対助け出すから霊のことは頼むぜ!」
女性はグッと親指を立て再び家の中に飛び込んでいく和真を見送った。
「さて、私も急がなくちゃね。」
◇ ◆ ◇ ◆
久美は包丁を構え、心陽の心臓に目掛けて今にも振り下ろさんとしていた。
「じゃあね、お兄さん」
「ッッッ!!」
一直線に包丁が振り下ろされ心陽の心臓を一突きする……寸前だったが心陽は右手で包丁を掴み、左手で久美の腕を受け止めていた。
右手は包丁を直で握っているため、刃が肌に食い込みちが流れている。
「まだだ……まだ……死ねない……!」
「お兄さんしぶといなぁ……! 早く楽になっちゃえよ!」
久美が更に力を込め押し込もうとするが心陽もそれに対抗して力を込める。力を込めれば込めるほど刃が肉を裂いていく。
少しずつ刃先が胸に近づいていくが、心陽は諦めず精一杯抵抗する。その時――
「どけぇぇ!」
久美は何者かによって心陽の上から退かされる。それは和真だった。和真の全力体当たりによって久美は弾き飛ばされ床に転がる。
「間に合ってよかった……! 心陽! 無事か!?」
なぜ和真がここに居るのか? なぜ和真は久美に触れることが出来たのか? 心陽には分からなかったが心陽は和真の異変にすぐに気づいた。
和真の右目には心陽と同じ深紅の瞳が宿っていた。
「和真……まさか葉月さんから力を貰ったのか」
「葉月? 誰かわかんねぇけど外に出た時、死神様が降りてきて俺に力をくれたんだ。もう少ししたらその葉月っていう死神様が来るからそれまで持ちこたえるぞ!」
和真は心陽に手を差し伸べ、心陽をその手を取って立ち上がり2人並ぶ。今、久美との最終決戦が始まろうとしていた。
心陽を救う為、右目の光を代償に葉月から死神の力を手に入れた和真。死神の力を持つ2人が揃い、久美との戦いもいよいよ最終局面へと向かっていく。




