死神の力
大輝が久美に捕まってしまい絶体絶命のピンチを迎える裏で、久美からの致命傷を受けた心陽は生と死の狭間を彷徨う中、ある者が心陽を呼ぶ声が何処からか聞こえてくるのであった。
……年……少年……
真っ白な景色の中、自分を呼ぶ女性の声に呼び戻されるように少しずつぼやける視界がゆっくりとはっきりしたものへと変わっていく。
「こ、ここは……」
気が付いた心陽は体を起こそうとするも床に這いつくばった状態で動かない。心陽が周りを見渡すと一面真っ白な空間だった。そして正面には黒装束に赤い目の女性、葉月が這いつくばっている心陽の前にしゃがんでいた。葉月は「はぁ……」とため息をつくと、心陽にデコピンを食らわせた。
「全く……無茶はするなって言ったでしょ? 死んだら元も子もないじゃないか」
「痛っ……幽霊の子に不意打ちを受けちゃって……葉月さん、俺……死んだんですか?」
「んん〜死んだ様なものだけど……死んでないとも言えるかな? まぁここは生と死の狭間みたいな所だよ。もっと言えばその一歩手前ってとこ」
葉月は頬杖をつきながら答える。
どうやら心陽は"死にかけ"の状態らしい。
「じゃあこれから俺、死ぬんですか?」
「それは君次第かな。生への執着、つまり生きたい意思が強ければなんとか一命を取り留めるくらいは戻れるんじゃない?」
おくれ毛を人差し指でくるくると回しながら答える葉月は心陽を見下ろしながら話し始めた。
「君の気配を探るの大変だったんだよ? あの家の結界って大分と複雑でさ、こっちから君の方に行こうとしても中々難しくってね。
でも君が死にかけてくれたおかげで君の方から幽世側へ来てくれたから見つけられたってワケ。そっちのほうが楽だから助かるんだけどね?」
「さて、ここから本題だよ少年。今、君達が連れてた小学生の男の子が絶賛幽霊の子に襲われている。このままいくと間違いなく死ぬね。幸い2階に上がって右側の部屋に入ると君ならたどり着ける。さて、ここまで聞いて君はどうする?」
「行く! 大輝くんを殺されてたまるか! 葉月さん! 直ぐに俺の意識を戻して下さい!」
心陽は葉月の話を聞いてこうしていられないと食い気味に葉月に縋った。
葉月は心陽の勢いに一瞬気圧されるもニヤリと笑った。
「いいね、その心意気や良しだよ少年。でもただ向かうだけじゃ君は確実に犬死するだろう。だからこの葉月お姉さんから特別なプレゼントだ」
そういうと葉月は人差し指で心陽の左瞼を押さえる。数秒後、その手を離した。
「今、君に私の力を少し分けてあげた。その力が発揮されている間、私と同じ力を使う事が出来る。当然幽霊みたいな特異な存在に触れるようになるし君が見たもの、触れたもの全てに同じ力を付与する事も可能だよ。でも《《人には付与できない》》からそこだけ注意ね」
「じゃあこの力があればあの幽霊とも戦えるってこと?」
「そうだね、でもその力にも代償は伴うよ。それは君の《《精神》》や《《肉体》》を削って発揮する事だ。乱用してしまうと発狂したり血が噴き出たり最悪の場合、廃人・死に至る恐れがある。使う時は注意が必要だよ」
葉月の口から授けられた能力の説明を受ける。その後、這ったまま動かなかった心陽の体は起き上がり、動くようになる。
「本当は力を与える事自体に代償がつくものだけど君は初回大サービスだ。ホントはやっちゃいけないんだけど、君だけ特別に無償であげるよ」
「さぁ、ここからは君次第だ。手を伸ばせば届く救える命を君の手で救い出すんだ」
「ありがとう葉月さん。俺、行くよ」
「お姉さんもそっち側に行けるようになんとか頑張ってみるけど必ず無茶はしないこと! どうしてもダメだと思った時はお姉さんがあげたペンダント、忘れてないよね?」
心陽は振り返り、ペンダントを見せ笑った後、悪意と怨嗟の闇が渦巻く現実世界の方へ歩き出した。
再び朦朧とする意識の中、少しずつ意識を取り戻していく。心陽はゆっくりと立ち上がり、足下の自身の血をみてその血の匂いと後頭部に残る痛みから、生きている事を改めて実感する。しかし安堵するのも束の間
「うわぁぁぁぁ!!」
2階から大輝の叫び声が聞こえた。
心陽は急いで2回へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆
「が……が……あ……」
「ほぉら♪ 頑張れ♪ 頑張れ♪ 負けるな♪ 私を解かなきゃ死んじゃうぞ♪」
壁まで追い込まれた大輝は久美に首を絞め上げられていた。
呼吸ができず口元から泡を吹き始め、大輝の意識は今にも消えてしまいそうになっていた。
「あ〜あ、できればこの子は最後にとっておきたかったんだけどなぁ……しょうがないよね。一人はさっき殺したし……もう一人は見つからないし、見つけた順に殺していかないとね?」
「お……兄……ちゃ……」
今にも消え入りそうな声で助けを乞う。
久美はそんな小さな命が消えてしまいそうな瞬間を目の当たりに赤面して息を荒くさせ、悦に浸っている。
「あぁ! ほら頑張って! 死んじゃう! 死なないで! ほら! ほら!」
久美の興奮は絶頂に至り、とどめを刺そうと喉元を押さえる手に力を込めようとした瞬間。
バンッ!と扉が勢いよく開かれると同時に走り込んできた誰かに久美は蹴り飛ばされる。
その衝撃で大輝から手が離れた。
蹴られた勢いで久美は壁に打ち付けられる。
一体何が起こったのか顔を上げると、そこには先程殺したはずの心陽が立っていた。
「お前……!? なんで! さっきリビングで殺したはず……!?」
「あぁ……俺は確かにお前に殺されかけたが、どうやらお前は俺を殺し損ねたようだな」
後頭部からは血を流した跡を残しながら久美を睨むその目は、左眼のみ深紅に染まっていた。
「そっか……私、殺し損ねてたんだ……まぁいいよ、今度はちゃんと殺してあげる」
久美はそういうと立ち上がり、襲いかかる。
心陽は拳を構え、久美に向かってまっすぐ突き出す。
突き出した拳は正確に久美を捉え、再び久美は正面からモロに受け、殴り飛ばされる勢いで床には叩きつけられる。
久美は今起こったことが信じられないのか鼻血を垂らしながら呆然としていた。
「嘘……なんで? 私、幽霊だよ? 私が触れている間ならわかるけど、なんで……? すり抜けるはずじゃ……???」
「どうやらお前は実体化と霊体化を自由に操作できるみたいだな。そうして相手からは触れられないがこちらからは触れられるという理不尽を押し付けていた訳か……。でも残念だったな、今の俺は霊に触れることができるんだ。お前の理不尽は通用しないぞ」
「この感じ……知ってる……。そうか、お前もちょっと前に家に入ってきた警察……霊能力者と同じだな!? 許さない! 絶対に殺してやる!!」
久美は何かを思い出した様に呟いた後、怒り狂った様に床を叩く、すると床が抜けて全員が虚空の闇の中へ落ちていく。
心陽はなんとか部屋の一室に着地するが、大輝くんと久美の姿が見当たらない。
「部屋の強制移動か? クソ! やられた!」
心陽は行方を眩ませた久美を再び追いかけ家の中を彷徨った。
◇ ◆ ◇ ◆
和真は福原の手帳の記録の通りにリビングに向かい、緊急脱出用の札を探していた。
「クソ〜全然見つからねぇ……何処にあるんだ〜? ホントにあんのかよ〜?」
キッチンの引き出し裏を確認しては部屋を移動し再びキッチンを調べてをかれこれ体感で30分程繰り返していた。
すると、背後からドンッという大きな音が響いた。久美かと振り返ると、そこには大輝が倒れていた。
「大輝くん!? 大丈夫か! しっかりしろ!」
急いで大輝へ駆け寄り、安否を確認する。脈はあり、呼吸もある。どうやら気を失っているだけの様だった。
ほっと胸を撫で下ろし、近くにあったソファに寝かせる。
すると、2階から誰かが階段を下りる足音がしている事に和真は気が付き、急いで大輝を抱き抱えて寝室へ移動し隠れる。
「どこだ! 霊能力者! 出てこい! 隠れても無駄だから! 絶対に切り刻んでやる!」
2階からリビングに降りてきた久美の怒号が寝室にまで聞こえてくる。
暫くリビングでは物がぶつかる激しい音が響いた後、音が鳴り止み静かになる。
久美が去った事を確認する為、和真は大輝を隠したまま部屋の扉を開け安全なのを確認し、それから大輝を連れてリビングへ戻る。
引き続き緊急脱出用の札を探す為、リビングのキッチンの中を探そうとする。キッチンに血痕が残っており、新しく付着したのであろう血は乾いておらず、血の匂いが強く残っていた。
「この血……新しくついたのか……? 大輝くんには刺されたり傷を付けられた痕跡は無かったよな?だとしたら……まさか!?」
和真は想像する事を強く拒絶するが、消去法で答えが導き出される。間違いない、これは心陽の血だ。
しかしその場所には死体が見当たらない。
もしかすると心陽はまだ生きているかも知れないと小さな希望を抱く。
和真にはそう信じるしか無かった。
周りをよく見ると、札のようなものがキッチンの下に落ちているのを見つけた。
そこにはまるで古文の書物のような読めないが文字が書かれた札を目にし、それが緊急脱出用の札であることを確信する。
その近くに落ちていたメモ書きを読んで使い方も覚え、後は脱出するだけとなった。
「よし、これで出られる! 後は心陽と合流するだけだ!」
とうとうこの悪夢のような時間も終わりが近くなったと感じ和真の気分が高揚する。
しかしそんな和真の浮ついた心は一瞬にして恐怖へと引きずりこまれる。
「みぃつけた♪」
寝室の方の部屋からガチャリとドアを開けて入ってくる1人の人間、いやそれは幽霊だった。久美は包丁を片手にゆらゆらと和真達に歩み寄る。
「マズい! こんな時に!」
「遊びは終わり。もう逃げたって無駄だよ?
隠れたって無駄だから……霊能力者は《《げぇむ》》じゃズルだからね? しょうがないよね?」
和真は大輝を抱え後退する。
久美はそんな和真もみてフフッと笑いながらジリジリと距離を詰める。
和真はキッチンにあった調理器具を投げつける。
しかし必死の抵抗虚しくそれらは全て久美の体をすり抜けていく。
「バカだなぁ、そんなもの幽霊に当たるわけないじゃん。残念だったね、もう君たちは死ぬしかないんだよ?」
とうとう壁まで追い詰められ、もうダメかと思った次の瞬間、再びドアが開けられもう一人リビングに入ってくる。それは心陽だった。
「そこまでだ!和真達には指一本触れさせない!」
「またお前か! まぁいい、探す手間が省けたよ。今度こそ殺してやる!」
和真は心陽が生きていた事に一瞬、安堵したが、そんな場合じゃないと直ぐに冷静になる。
「心陽! コイツは幽霊だからこっちからは触れられねぇ! ここはバラバラに逃げるぞ!」
「心配ない、大丈夫だ」
和真の忠告を聞くや否や心陽はソファのクッションを久美に投げつける。久美はそのクッションを手で払いのけるが、そのクッションによって一瞬遮られた視界から心陽は一気に距離を詰め、その勢いで両腕を掴み押し倒す。
「おい、お前……なんで触れ……」
「説明は後だ! 和真! その札を使って大輝くんを連れて先に脱出しろ!」
「そんなことできるかよ! お前だけ残して先に出るなんて……」
「札はもう一つある! 和真、ここは俺に任せてくれ」
暴れる久美を抑え込みながら和真に脱出を促す。大輝と心陽を交互に見た後、和真は心苦しそうに大輝を抱え玄関に向けてリビングの扉を開ける。
「心陽! ぜってぇ生きて帰ってこいよ! 死んだら許さねぇからな!」
「あぁ! 必ず追いつく!」
和真は玄関へと到着し、鍵の部分に札をかざす。すると固く動かなかった鍵はすんなりと周り、扉が開く。
和真と大輝は外へと飛び出した。
外は変わらず夕暮れの街に外の道路には車も通行人も見当たらない。家こそ脱出はできたがまだ結界の中から出られた訳ではなく、家の敷地を抜けてやっと完全な脱出である。
和真は只々、心陽の無事を祈るのだった。
葉月から死神の力を与えられ、特異的存在に対抗する力を得た心陽はとうとう久美に対し反撃に出始めた。和真と大輝を逃がす事に成功したが脱出用の札は1枚のみだが心陽には久美への対抗、そして脱出の策はあるのか……




