私の幸せの為に
謎の力によって空き家に閉じ込められた3人、家の中の情報を集める為、リビングを探索した後、2階の探索を始めると、そこで成人男性の遺体を発見する。
その凄惨な光景の中で男性の物と思われる手記と、霊の物と思われるノートが見つかる。
手記には幽霊の力に関する記述があり、ノートに書かれていたのは「げぇむ」のルール説明とその始まりの合図であった。
心陽達の背後に立つ女子中学生の姿、その右手には刃先の赤黒い包丁が握られており、純粋な悪意に満ちた笑顔で此方を見ている。
心陽の脳内は走馬灯のように凄まじい速度で危機回避の方法を考え出す。
脳裏から絞り出す男性の死体の手記に書いていた一文、「とにかく部屋を移動しろ」
心陽は考えが纏まる前に咄嗟で和真と大輝くんを部屋の外へ突き飛ばし部屋の扉を閉める。
手記の内容が合っているなら目の前の霊がゲームを始めたのであれば部屋を移動した時点で別の空間に飛んでいる筈だ。
目の前の霊は興味深そうに心陽を笑いながら見つめる。
「へぇ〜お友達を逃がして自分は残るんだぁ面白いねお兄さん。でもげぇむは始まってるんだよ?このままだとお兄さん、私に殺されちゃうけど?」
そう言う霊を前にして心陽は深く深呼吸した後、落ち着いた表情で勉強机にある参考書達を指でなぞり、その中から1冊を手に取りながら話し始めた。
「ゲームが始まってすぐ殺してしまっては面白くないだろ? だから君は殺さない、違うかい?こうして初めて対面したんだ、せっかくだし少し話そう。逃げ始めたら話す機会なんて無くなるだろう?」
「お兄さんやっぱり面白いね。今まで色んな人と鬼ごっこしたけど皆一目散に逃げるからお兄さんみたいな人初めてだよ。いいよ、ちょっと話そうか」
珍しいものをみたように目を輝かせた幽霊はベッドに腰を下ろし、心陽は勉強机にもたれる。
心陽は尚落ち着いた様子で参考書のページをペラペラとめくる。どれもかなり難解で解ける気が微塵も湧かなかった。
「君、かなり勉強熱心だったのかな? 参考書の問題も難しくて全然分からないな」
「そうだね、私のお父さんとお母さんが勉強しかやらせてくれなかったから学力には自信はあったかな。お友達なんて居なかったからお兄さん達みたいなお友達が居る人って羨ましいな……」
生きていた頃を懐かしむ様に話す霊だがその瞳は何処か悲しさも秘めていたように感じる。
「そうか……それで君はどうして人をこの家に引き込んでは殺しているんだ? 今までこの家に閉じ込めた人達は君に関係しているのか?」
「ないよ? 誰でもいいんだよね、とにかく目についた人を家に入れてはここで鬼ごっこをしてるんだ♪」
心陽の問いに明るい顔で霊は答える。その一見その瞳は何一つ曇りのない純粋そのものだったがその奥にはドス黒い悪意と狂気が渦巻いていた。
「そうだね、その辺りも謎解き感覚で家の中を探すといいよ。私にの過去関する謎が解けたらこの家から出られるなんてことも考えてあげてもいいよ?」
「……決まりだな、それじゃあ本格的に今からゲームスタートだ」
そう言い終わると同時に心陽は参考書を開いたまま霊に向かって投げつけた。
霊の顔に向かって真っ先に飛ぶ参考書は霊の視界を遮るかのようにページを開いたまま飛んでいく。
意表を突かれた霊は反射的に参考書を手で払おうとするが参考書はそのまま霊の身体をすり抜けていく。
「あ、霊だからすり抜けるの忘れてた」
思い出したように呟く霊は心陽を探すが心陽は既に部屋から姿を消していた。
感心したように霊は部屋で立ち尽くす。
「早速やられちゃったな〜……お兄さんすごいな」
心陽は家の廊下を一目散に駆け出し部屋の扉を見つけ次第開き部屋を移動して1階のベッドが2つ並ぶ寝室に転がり込んだ後、緊張が解け力が抜けた様にへたり込んだ。
全身から冷や汗が溢れ出し震えが止まらない。
「ハァ……ハァ……し、死ぬかと思った……! 絶対もうダメだと思ってた! もうやだ! 無理だ! 動きたくない! もうずっと隠れていたい!怖いこわい嫌だ嫌だ嫌だもう!」
ここぞとばかりに溜め込んでいた弱音が口から飛び出していく。
何故あの状況で生き延びられたのか自分でも分からない、正直ヤケクソだった。
「そ、そうだ! く、クローゼット……中に隠れればしばらくは……」
そう言って縋るようにクローゼットの中に入り込んだ後、蹲って震えながら落ち着きを取り戻すまで動き出す事は無かった。
◇ ◆ ◇ ◆
「どわっ!」
心陽によって背後を確認する間も無く部屋の外へ突き飛ばされた和真と大輝、すぐさま部屋に戻り心陽の無事を確認しようとする和真を大輝が腕を引き止めた。
「だ、ダメだよ和真お兄ちゃん! 心陽お兄ちゃんは幽霊が出たから逃げる時間を作るために僕たちを部屋の外に突き飛ばしたんだ! ここは逃げよう!」
「……クソッ!」
和真は大輝くんを連れて1階に降りた後、リビングを通って寝室方向へ向かおうとした時、リビングで異変に気づく。
「なんだ……こりゃあ……俺達がここに来た時、こんなんじゃなかったよな……」
リビングの家具は散乱しており、所々何かを切りつけたような跡が見られ、まるで人が争った後のような痕跡が残っていた。
そこで床のカーペットの隅に紙の端が出ているのを見つけた。
紙を拾い上げると、端が破れているが霊に関するであろうものが残っていた。
あの子は誰よりも賢くなくちゃいけない。
誰よりも賢くなって一流の大学にいって一流の人生を歩まなくちゃいけない。
そうすれば私は幸せになれる。
自慢の娘だと周りに自慢できる。
そこまで育てればあの子は賢いからきっと恩を返してくれるはずなの。
そうじゃなきゃだめなの。
今まで幸せじゃなかった私の人生が報われないなんてあっちゃいけないの。
夫も別に好きじゃないけど収入がいいから結婚しただけ。
あの子の教育は失敗できない、あの子は私の幸せにならないといけないの。
あの子は私の幸せの為に生まれてきた。
その為にあの子の名―――
そこから先は破れていて読むことができなかった。
霊の母親が遺したのであろう紙の内容はお世辞にも良い内容とは言えなかった。
育児と呼ぶにはあまりにも愛情の欠片も感じられない。我が子を金のなる木にでもしようかという”投資”であった。
「これに書いてるあの子って幽霊の事じゃないのかな?」
「おそらくな? にしてもひでぇ親だな、まるで子供を物みたいに……狂ってる。だけどどんなに辛い過去を背負ってても人を殺していい理由にはならねぇよ……」
複雑な気持ちに苦虫を噛み潰したような顔になる和真。すると部屋を見渡していた大輝くんが何かに気づいた様に和真の肩を叩いた。
「ねぇ和真お兄ちゃん、もしかしてさ、この部屋がさっきと違うのって何か仕掛けとか条件があるんじゃないかな? 心陽お兄ちゃんが部屋から僕たちを突き飛ばした後ドアを閉めたのって何か理由があると思うんだ。だって普通に閉めるなら自分も出てから閉めるでしょ? 心陽お兄ちゃんは仕掛けがある事を知ってたんだと思う。だからこの部屋と同じ様に見えてちがう部屋がいくつかあるんじゃないかな?」
試しにリビングから先程来た道のドアを開ける、すると2階へ続く階段のある廊下には先程までは無かったぬいぐるみが落ちていた。
「どうやらその通りみたいだな。逃げ道が多いのは助かるが増々気味が悪いぜ」
和真はぬいぐるみを拾い上げる。何の変哲もないただのクマのぬいぐるみだが背中に何か金属のような硬い感触があることに気づく。
どうやら中に何か入っているようだ。
中を確認すると鍵が入っていた。
「なんの鍵だ?」
何の鍵かもわからないがとりあえず鍵を手に入れた和真は再びリビングへ戻る。
リビングに戻ると部屋の内装が変わっているのかとも思っていたがそういう訳でも無かった。
「部屋は毎回変わる訳じゃないのかな? それはそれで戻りたい時に部屋が変わってたら面倒だから助かるんだけど」
部屋が変わる仕組みはランダムになっているのかいつどのタイミングで変わるか分からないのが一層この家の謎を深める。
和真達は脱出の手掛かりを探す為、探索を続けた。
部屋のパターンが変わっていると言うことはまた何処に幽霊がいるか分からない状態だが前のパターンで2階にいたということは現在の部屋のパターンでは2階にいない可能性があると考え、2階を探索する事に決めた。
読み通り2階には幽霊はおらず、2人は2階の部屋を調べる。
右の部屋は綺麗に整った部屋があり、男性の死体も血痕も見当たらなかった。
勉強机も綺麗に整えられており、目ぼしいものは何も無かった。
続いて左の部屋を調べようとドアに手を掛ける。ドアを開けた瞬間、2人は再び凄惨な光景を目にする。空き部屋なのか何も無い部屋の真ん中に女子高生がうつ伏せで倒れており、頭部からはペンキをぶち撒けたかのような血痕が広がっていた。
つい最近嗅いだことのある生臭い血の臭いと共に2人目の死体を目撃する。
「うわぁぁぁぁ!!」
再び死体を目にした大輝が思わず大声を上げて腰を抜かす。
和真も目の前の光景に固まってしまう。
すると一階と繋がる階段からぎしぎしと誰かがゆっくりと登ってくる物音が聞こえた。
ハッと気が付いた和真はすぐさま霊が来ている事を直感し辺りを見渡す。部屋の中には隠れられそうな物は何も無かった。部屋の外には右の部屋へと続く廊下と左にはもう一つ扉があった。
左側の扉を開けるとそこは2階のトイレだった。2人で隠れるには心許無く、見つかると逃げ場が無い。
少し考えた和真は大輝をトイレの中へ入れて、ひざまずいて両手を大輝くん肩に置いた。
「いいか? 物音が無くなるまで絶対に動くんじゃないぞ、そして幽霊の野郎が居なくなったら直ぐに隠れられそうな場所を見つけて隠れるんだ。大丈夫、お兄ちゃんが必ず見つけ出してやるから」
最後にニコッと笑顔を見せてトイレのドアを閉める。そして和真は階段の方へと駆け出した。
階段を確認すると、ゆっくりと幽霊が包丁を持ちながらゆらゆらと揺れながら階段を登ってきている。
和真は幽霊の注意を引く為にあえて幽霊の目に映るように右側の部屋へと駆け込んだ。
「アハッ声がしたと思えばやっぱりいるじゃ〜ん何処に行くのかな〜?」
幽霊はゆっくりと追いかけてくる。
和真は部屋に入り、万が一見つかっても飛び出して逃げられるようクローゼットの中に隠れていつでも飛び出せるよう息を殺しながら身構える。
ガチャっとドアが開く音がし、ひたひたと足音が静かに響く。
「う〜ん隠れちゃったかな? それとも部屋変わっちゃったかなぁ? まぁどっちでもいいんだけど。ざ〜んねん」
しばらく部屋の中を歩き回ってから幽霊は部屋を出て行った。
ドアを閉める音が響き、クローゼットの扉の隙間から状況を確認していた和真はクローゼットの中でホッと胸を撫で下ろす。
「あっぶねぇ〜なんとかやり過ごしたな……」
クローゼットから出た後、部屋の扉を開けると、左側の奥に大輝が隠れているはずのトイレのドアがない事に気づく。
(また移動したか……頼む……心陽、大輝くん、無事でいてくれよ……)
こうして全員バラバラになってしまった3人、部屋の外には相変わらず時間が止まっているように夕陽が落ちることなく家の中を薄暗く照らし続けている。
それぞれ別行動となってしまった3人、この先殺人幽霊から逃げ惑い、その中で脱出の手掛かりの捜索や大輝の友人の救出にそれぞれの視点で物語は進んでいく……




