あのあと 長期休暇
東京都 特異現象捜査部本部 本部長室
特異現象捜査部では本部長室に2人の捜査官が呼び出されていた。
1人は和泉心陽、捜査官1年目にして現場責任者を一任、任務を完遂した組織内では異例の新人。
そして2人目も同じく1年目にして担当任務を請け負った特殊部隊「GREETER」所属のコードネーム「HK-Hound」こと沢渡紫苑。
2人を前にデスクでニヤニヤしている小柄でボサボサな青緑の長髪を後ろにまとめた男が本部長、這月ニアである。
彼は咳払いすると腕を組み口を開いた。
「まずは君達2人、任務完遂おめでとう。非常に大きな事件ではあったけどこの場を収めた君達は事実上、渋谷の街だけでなく国、或いは世界を救った事になる。和泉君は『狩り立てる恐怖』、沢渡君には『ティンダロスの猟犬』をそれぞれ与えたとはいえ君達はそれを上手く使役し役立てた。下手すりゃ喰われてたのは君達だからね? 本当に上手くやったもんだよ。自身を誇りたまえ」
ニア本部長の言葉に2人はいまいちピンと来ていない様子だがニア本部長は言葉を続ける。
「では本題に入ろう。仕事をこなしたからには報酬が出るのは当然だよね? というわけでお楽しみのお給料のお時間だよ! はい拍手〜」
ニア本部長はそう言うと2枚の封筒を取り出し手渡した。
中を覗くと紙が1枚入っており、明細のようなものだった。
「封筒が出てきたのでてっきり手渡しかと……」
「だったら封筒1枚に収まる程度の報酬なら暴れてたな」
明細のみの封筒に困惑の表情を浮かべる2人にニア本部長は丁寧に説明を始めた。
「まぁ明細の金額をよく見てくれたまえよ? 見てくれれば分かる通りとても手渡しでは収まらないんだ。だから君達が予め持っている口座に振り込ませてもらったよ。安心したまえ、この報酬金は特別に非課税だからここから差し引かれる事は無いよ? 全て君達の手取りだ、好きに使ってくれて構わないよ」
そう言われ心陽と沢渡はお互い顔を見合わせ明細に書かれている金額を確認すると……
「に、20億……!?」
心陽は見たことがない金額に驚きを隠せないでいた。庶民の育ちである心陽にとって縁のなかった数字の桁数に自身の仕事に対する報酬であるということに実感が湧きづらかった。
隣では沢渡が何か言いたげな顔で明細を凝視している。
「臨時収入として上等ですがアンタの言う世界を救ったレベルの仕事だと言う割にはこんなモンなんですね」
沢渡の歯に衣着せぬ物言いにニア本部長と心陽は「ええ……」と困惑していた。
「 まぁウチも財政難だからさ? 今回みたいな大きなヤマがあると報酬の用意に少し困っちゃうんだよね……でもほぼ尽きることないくらいの金額は頑張って用意したつもりだからこれで満足してくんないかな?」
両手を合わせて半分頼み込むようなニア本部長に納得したのか「そう言う事なら」と明細を封筒にしまう。
ホッとしたような様子でニア本部長は今2人の今後について連絡する。
「君達、分かっている通り我々は仕事柄精神や体力を大きく擦り減らす。実際も君達もかなり疲弊しているんじゃないかな? 人は健康体から程遠い精神状態に陥ると正気を失い発狂してしまう。最悪の場合永久的に発狂し廃人となってしまう恐れがある。健康状態の維持は最優先としてこの組織では任務後にその任務の規模に応じて休暇が与えられるというのは養成所で学んだよね? そこで君達に与える休暇は……半年だ」
「……半年?」
2人で顔を見合わせ、再びニア本部長に顔を向ける。どうやらニア本部長は冗談で言っているわけではなさそうだ。
「精神の回復は君達が思っているよりかなりの時間を要する。休暇期間中は霊能力や魔術の使用と肝試しやカルト宗教に触れるなど精神を削る行為以外は基本好きに過ごしてもらって構わない。あくまで《《健康状態に回復させる》》のが目的だからね? くれぐれも変な過ごし方しないように。分かったら解散! 美味しいご飯食べるなり趣味に没頭するなり好きにしておいで!」
ニア本部長にそう言われると2人は釈然としない様子で渋々部屋を出ていった。
半年間の長期休暇をもらい、沢渡はこれからどうしようか考えながら歩いていると心陽が口を開いた。
「この後、病院で和真拾って飯でも行くか」
「……それ俺に言ってんのか?」
「独り言な訳ないだろ。どうだ? 仕事終わりに一杯奢るぜ?」
「…チッ今回だけだぞ」
嫌そうな顔こそしているが性格上本当に嫌な時は絶対に断るような男である沢渡が誘いに乗ると言うことはただ素直じゃないツンデレ属性なだけという事は心陽にも分かっており、ニヤケ顔で沢渡を見ると沢渡は眉間にシワを寄せそっぽを向いた。
その後は病院に和真を迎えに行き、夜は奮発して回らない寿司とバーを飲み歩き、夜の街を堪能した。
◇ ◆ ◇ ◆
「ハーイそのまま〜」
鳴り響くシャッター音、それは数秒間の内に色々な角度、姿勢で何度もシャッターが切られ、その後ろで大人達が一人の女子高生に向けた照明器具やパソコンをチェックしている。
「ハーイOKでーす」
「御疲れ様っした〜」
女子高生を撮影し終えた大人達はぞろぞろと撤収作業を始め、女子高生は椅子に座りペットボトルの水を飲む。
「本日の撮影は以上です。お疲れ様でした」
「ん、今日はもう終わり? ちょっと時間空いちゃったな〜。この後どうしよ」
「外では目立たないようにお願いしますね。あなたは《《芸能人》》なんですから」
女子大生はスマホをいじりながら「は〜い」と適当な返事を返す。
少女の名は荒谷杏奈、歴史上最大のテロ事件、渋谷ゾンビテロ事件の数少ない生存者。
事件後、1週間の入院、数週間のリハビリ生活を経て学校生活に復帰、半年後に芸能事務所からスカウトを受けモデルとして活動を始める。彼女の人気は瞬く間に広がり、2週間ほど前には初の雑誌の表紙を飾った。
そんな彼女には休日や時間がある日には必ず足を運ぶ場所があった。
東京都渋谷区明治神宮前、代々木公園の一部を改装し造られた「渋谷屍人墓苑」、渋谷ゾンビテロ事件の犠牲となった人々を弔いの場であり、そこには
一つの大きな墓石を犠牲者の親族や観光客が訪れては追悼を捧げている。そこに杏奈も同様休日や撮影の仕事終わりに必ず出向いているのだ。
「ねぇユッコ、今日は時間できたから会いに来たよ」
杏奈は墓石に1人語りかける。
杏奈はこの事件で大切な友人を2人亡くしている。その1人こそが玉井優子、杏奈と同じクラスの友人で「ユッコ」の愛称で呼ばれていた。彼女は渋谷に杏奈と共に事件に巻き込まれ命を落とした。
杏奈は墓石の前を訪れては直近にあった出来事などを必ず報告していた。
杏奈はこうして渋谷に何度も訪れる事でトラウマとなってもおかしくないであろう過去と向き合っていた。
そして杏奈にはもう一つ足を運ぶ場所があった。
それは「東京特殊医療科学研究所跡地」。
事件後、違法な研究が行われていたとして封鎖された後、取り壊し予定地となっている。わざわざこのような場所に出向くような人間などおらず、人通りは極めて少ない場所であるが杏奈がわざわざ足を運ぶのには理由があった。
人目のない事を確認しこっそりと裏口のある裏庭に入るとそこには1本の木の棒が立っている。
杏奈はその木の棒で手を合わせ目を閉じる。
「カナちゃん、久し振り。今日は早めに仕事が終わったから会いに来たよ」
それはかつて共にゾンビの蔓延る渋谷の街を駆け抜けた仲間、志那内加奈子の墓であった。
杏奈は墓の前に花と缶ジュースを添えて自分の缶ジュースを開けて乾杯をする。
そしてユッコの墓参り同様直近の出来事や今後の予定などについて報告を済ませた。
一通り話し終えた所で杏奈は缶ジュースを一気に飲み干し、意を決して加奈子の生死について話した。
「カナちゃん、おかしな事を言ってるのかも知れないけどさ……アタシ……カナちゃんがまだ何処かで生きてるんじゃないかって思ってるんだ。実際カナちゃんの遺体が見つかったって報告無いしもしかしたらって思ってるんだけど」
勿論墓に話した所で墓から返事が返ってくるわけでも無く加奈子が現れる訳でもない。だが杏奈には自分の思っている事を口に出すだけで十分だった。
返事は無くとも加奈子はきっと生きていると信じて話す事をも全て話し終え、最後に杏奈は立ち上がって加奈子と過ごした時間を思い出しながら渋谷の街の変化について語り始めた。
「渋谷の街も結構変わったんだよ? あの日から渋谷は人が減って静かな街になってさ、今はちょっとずつ賑わいを取り戻しつつあるんだけどそれでもあの頃の渋谷には程遠いかな? でもこれから先、またあの頃のように活気を取り戻したらさ、ちゃんと楽しもうと思うんだ! ハロウィン!」
昼の渋谷の街は今でも静かで鳥のさえずる音がハッキリと聞こえる。まだ人の気配も少なく寂しさの残るが太陽に照らされ明るい日だまりをいくつも出来ており、心なしか明るい未来を予感させるような雰囲気を持っていた。
「カナちゃん、私もう行くよ。最後にさ、もしカナちゃんが生きてて私の声が届いてるならさ……このお墓のつもりの棒、倒して否定して見せてよ。私は生きてるぞ! ってさ」
静かに吹く心地よい風を肌で感じながら金髪の長い髪をなびかせて夏の始まりを感じさせるような少し強い日差しを浴びる杏奈の表情は太陽にも負けないくらい晴れやかで、それは事件当初の暗い記憶を乗り越え前を向いて歩いている強い意志を表している様だった。
「じゃあね、カナちゃん」
そう言って杏奈は研究所跡地を後にし、帰っていくのだった。
――その数分後
花と缶ジュースが添えられた加奈子の墓の前に怪しい人影が現れる。
「お! 缶ジュース発見! こいつぁツイてるぞぉ!」
その者は缶ジュースを手にまだ新しい事を確認すると缶を開けグビグビと飲み始める。
「ッッッくぅ〜染みるぅ〜! 最近暑いし収入も無いしホームレスって大変なんだよねぇ。だからこういうのも生きる為だから仕方ないのだよ、卑怯とは言うまいな? いや実際卑怯なんだけど」
ホームレスは缶ジュースを飲みながら木の棒が立ててあるのとそこに花が添えられているのを見ると、ここが誰かの墓である事を察する。ただ貰うだけでは罰が当たると思い、何かないか背負っていたリュックサックを漁るとある物を見つける。
そしてリュックサックから取り出した1枚の雑誌を缶ジュースのあった場所に置いた。
「この表紙の子、マイセレクトのイチオシだからチョーかわいい子の表紙で勘弁して?」
缶ジュースを飲み干し満足したホームレスはその場を離れようとする。
すると立ち上がった拍子に立てていた棒に体が当たり、棒が倒れてしまう。しかしそれに気づく事無くホームレスはその場を後にした。
杏奈の造った志那内加奈子の墓の場所には、杏奈が添えた花にホームレスが置いていったファッション雑誌が添えられ、墓石の代わりとなる木の棒が横たわっていた。
Go To Next Scenario――
作者からご挨拶
作者のマチフクとーるです。
あのあと 「長期休暇」をご覧頂きありがとう御座いました。以上をもちましてFile2 「Cradle of infection」は完結となります。
シナリオ新キャラクターの荒谷杏奈や志那内加奈子、沢渡紫苑から前作シナリオの主人公和泉心陽の再登場など様々な登場人物の活躍はいかがだったでしょうか?
File1、File2を通して「特異現象調査記録〜ParanormalArchive〜」がどういった形で物語が進んで行くか粗方イメージが掴めたと思います。
今後も作中の登場人物は「命の続く限り」文字通り余すこと無く活躍してもらおうと考えておりますのでシナリオを超えて作中の楽しみを持っていけるようなワクワクする物語にしたいと日々精進して参りますので次回シナリオもお楽しみください!




