君は僕の記憶の中で 前編
白鳥蓮、ある女性をきっかけに運命を大きく変えた男……彼女への尊敬、愛情は人の力では計り知れず、彼女との日々は何にも代え難い大切な思い出でもあった。
――そう、あの日までは
人の踏み込んではいけない領域に入らんとする彼女の背中を追いかけ、彼女を愛し、世界を恨んだ男の物語……
――7年前の9月、当時18歳の若者、白鳥蓮はまだ見ぬ知識を求めてアメリカ合衆国マサチューセッツ州のアーカムという町に位置するミスカトニック大学へと入学した。
医学部も含まれる医学カレッジへと入学した白鳥は入学後1週間、オリエンテーションや学内見学、食事会などを経験し、ミスカトニック大学の学生としての生活をスタートした。
中でもミスカトニック大学名物の《《アイスクリーム懇親会》》は毎日行われ、白鳥は3日で飽きてしまい、残りの4日間はもはや苦行と化してしまっていた。
大学内では大半が白人が在籍し、多様性は見られず、男子学生が9割を占め、女子学生はほとんど見られなかった。
例にも習って白鳥自身もマイノリティに属し、周りからは物珍しい視線を送られていた。黄色い肌に黒く細い目、典型的なアジア人種の見た目をした白鳥の風当たりは決して良いものでは無かった。
同じ新入生の一部からは差別的な言葉や仕草をされる事もしばしばあったが白鳥が英語はおろかその者の母国語まで話し詰め寄った事でそこまで長引く事は無く数週間もすればほとんど無くなり、白鳥も徐々に大学生活に慣れ始めていた。
そして大学生活に慣れ始めていた頃、ある日の授業内で上級生と話す機会があったが、上級生は初対面から白鳥を差別的な目で見る事は無く、友好的に接してくる。
白鳥もそういった学生も居ることに安堵していると気になる事を耳にした。
「東洋人の学生なんて珍しいね。ここでは君を含め2人在籍しているが共に日本人なんだね」
「それは一体どういう事です?」
「あぁ、実は僕と同じ3年生に君と同じ日本人がもう1人いてね。彼女の知識は凄いんだ。医学は勿論物理学や天文学……彼女の知らない知識は無いんじゃないかって程だよ。彼女曰く『表の知識に用は無い』らしくて2年になって専攻学部の分野以外に宗教学やオカルト分野に手を出し始めてから怪しい研究を始めたりで少し近づき辛くなってしまったんだけどね」
3年生の先輩は白鳥以外にも日本人がいると言う。白鳥はその話に興味が湧き、その先輩を追ってみる事にした。先輩が言うには「オーン図書館」と呼ばれる図書館でよく見かけるとの事だ――早速行ってみることにした。
◇ ◆ ◇ ◆
オーン図書館は大規模な石造建築の建物であり、中には百科事典などの参考図書や手紙や伝記、更には家系のデータ収録など豊富な書物が揃っている。
入学時に一度、図書館説明会で案内こそされていたがざっくりとした説明のみであった為細部までは見られておらず、改めて見て回ると日本では見られない様々な図書物に興味を唆られたが今の目的はそうではない――もう一人の日本人を探さなければ……そう図書館を見て回りながら探していると、その途中で地下階のとある鋼鉄製のドアの前で足が止まる。
現状、図書館内で日本人は見つけられておらず残された場所はこの扉の向こうであるが、目の前の明らかに異質なドアに、不気味ささえ覚え、少しの間立ちすくんでしまうが覚悟を決めドアに手をかけようとしたその時――
ドアが開き、中から紙の束を持った日本人の女性が出てきた。
白鳥は驚いて一歩下がるが女性は白鳥にまるで存在を認知していないかのように見向きもせず素通りしていく。
その同じ東洋人と思えぬ色白で透き通るような長い白髪で思わず見入ってしまうような美貌の持ち主に白鳥は呆然とただ素通りする彼女を見送る事しか出来なかった。
「君、新入生かね? こんな所で何をしている? この先は制限図書保管庫だぞ」
そんな白鳥を図書館職員が現実に引き戻す。
図書館職員は女性の後ろに続くように部屋から出てきて白鳥に注意をする。
「制限図書保管庫は職員の許可無しに立ち入ることは出来ない。説明会で聞かなかったのか?」
「いえ、お話には聞いていたのですが実際どこが制限図書保管庫なのか分からなかったもので……」
「入り口に札があるわけでもないし説明会では扉の前までは案内されないからな……まぁいい、以後気をつけるように」
そう言って図書館職員も去っていく。制限図書保管庫に知的探究心が激しく唆られはしたがここは大人しく諦めることにした。
――それからほぼ毎日女性を追いかけ図書館のみならず学内食での昼食中も彼女を追いかけた。あまりの執着に学内ではストーカー疑惑であったり噂になったりもしたが今の白鳥にはそんな事はどうでも良かった。
本人も自覚しない内に彼女に夢中になっていた。
しかし彼女は依然として白鳥を認知していないかのように資料や書籍ばかり見つめ完全な無視である。
話しかけようが視界に入ろうとしようが無視され続け3ヶ月――
木々の隙間から日が差し込みコントラストが色白の肌や白髪の美しさをより一層際立たせまるで西洋絵画のように映る彼女は木陰で読んでいた本を閉じ空を見上げた後、ゆっくりと立ち上がる。
その時初めて目が合った。
一切の穢れを知らないかのような純粋な瞳の彼女は白鳥を見るなり小首を傾げた。
「あなた、新入生?」
「白鳥蓮と言います。結構前から話しかけてはいたんですが……中々お忙しかったようで」
「そう……気が付かなかったわ」
まさか本当に認知されていなかったとは思っておらず崩れ落ちそうになるも既の所で踏みとどまり平然を装う。
「まぁそれだけ忙しかったという事で――」
「別に忙しくも無かったわ」
食い気味に放った一言に白鳥はメンタルをオーバーキルされ片膝をついていた。ただ単純に存在を認識されていなかっただけという事実が受け入れ難いものであった。
「それで、何の用かしら? 用がないのなら私は研究に戻るのだけれど」
「だったら僕もその研究に興味があります。話には聞き及んでいます、『表の知識には興味が無い』んですよね? 僕は先輩のやる『裏の知識』の研究が見てみたいんです」
「何故そこまで知ってるの? なんだかストーカーみたいで気味が悪いわ」
「うっ……」
「……まぁいいわ、好きにすれば」
そう言うとその場を後にしようとする。白鳥は女性について行くと学生寮から少し離れた場所の小さな小屋へとたどり着いた。中に入ると乱雑に置かれた紙や片付けられていない実験道具、ゴミ屋敷と言えばゴミ屋敷なのだが幸い食事などは学食を使っている為、ファストフード系統のゴミは特に散らかっているわけでも無かった。壁を見渡せば壁一面ホワイトボードに改装され空白の場所が無いほど壁一面に数式が並んでいた。
「ここが……先輩の研究室ですか」
「特別に許可をもらって借りてるの。それに見合う研究成果を出さないと借りる事は出来ないのだけれど少し大変だったわ」
「一体何の研究をしたんです?」
彼女は部屋の隅を指差すとそこには上半身程の高さに積み上げられた紙の山があった。
一番上の紙に手を伸ばし手に取ると、それは何枚かの紙をホチキスでまとめられた資料だった。その資料のタイトルに書かれていたのは――
「魔術の証明〜呪文の存在の証明〜 Shirona Naruse」
なんとも非科学的で馬鹿げたタイトルに思わず目を疑った。こんなもの学会で出せば間違いなく笑い者にされて終わるであろう。実際白鳥自身でさえ理解ができなかった。
しかし不可解なのはこれを研究成果として発表し研究部屋を借りられたという事実――それはナルセという女性がこの資料のタイトルにもある『魔術』が存在するという事の証明とも言えた。
「ナルセ先輩、この資料のタイトル……魔術の証明って本当にやったんですか?」
「ええ、やったわ。それでなんで私の名前まで知ってるの?」
「資料に名前書いてましたよ」
ナルセは床に散らかっている書類を拾い上げながらそれらをまとめホチキスで止める作業に勤しみながら答える。
白鳥は資料を1枚1枚読み進めていく。その内容とは魔術における魔力の存在とそれを応用した呪文の使用方法及び実演について記されていた。別の資料には魔術に裏付ける非科学的現象の存在の可能性に関した内容の記載などがあった。全て読むには時間があまりにもかかり過ぎる為、少しだけに留めたがそれでも白鳥の中の常識を覆すには十分だった。
「実演方法の記載もあるという事はナルセ先輩は呪文が使えるんですか?」
「ええ、使えるわ……といっても一つしか使えないのだけれど」
そう言うとナルセは白鳥に向けて手をかざし念じるように目を閉じる。すると白鳥の体はふわりと宙に浮き、地面から1.5m程浮遊し始めた。白鳥は自身の身に起こっている不可解な現象にパニックになり空中でジタバタするがただただ無力に浮かされるがままであった。20秒程宙に浮いた後、ナルセが力尽きた様に手を下ろすとそれと同時に呪文も解け、白鳥の体は重力に従って下を向いたまま地面に叩きつけられた。
「ハァ……ハァ……とまぁこんな感じよ」
「こんな感じよ……じゃないですよ! いきなり使わないで下さい!」
「ごめんなさい、あなたが使えるのかと聞くからやってみせた方が早いと思って」
「とはいえ実際体験してもあっさりし過ぎて実感というか……未だに受け入れきれない自分がいる……」
「無理もないわ、常人の感性なら当然よ」
ナルセはホワイトボードの壁の一部を消しながら話す。
壁に一面には様々な数式がびっしりと書いてあるが計算自体は白鳥も解けはしたが一体何を計算しているのかまでは分からなかった。
「これは一体何の計算なんです?」
「それは人が持つ魔力量や呪文の発動に対する必要魔力量、呪文の効果範囲などを数値化して計算したものよ。非科学的な事象でも論理的に解決できるならそうした方が楽だから」
「それらの実験はどうやって?」
我が身を使っての実験が主ね。効果範囲などには他の学生を使ったりもしたわ。了承は得ずにやったのだけれど」
「それって結構怒られたんじゃ……」
「当然怒られたわ。でも必要だったのだからそれくらいの代償なら喜んで払うわ」
壁を綺麗に拭き取った後、デスクの椅子に座り背もたれをいっぱいに使って伸びをするナルセ。ナルセは白鳥の近くにある机の上のポットとインスタントコーヒーを指差すと「コーヒー作って」と頼まれる。白鳥は渋々コーヒーを作りナルセの前に出すとナルセはコーヒーを一口飲み一言
「イマイチね」
と呟いた。
白鳥は軽く殺意が湧いたがその気持ちを押し殺しナルセに対して疑問を投げかけた。
「ナルセ先輩が魔術の研究をしていた事は分かりました。それで先輩は今何の研究をしているんですか?」
そう言うとナルセはコーヒーカップを置き、真剣な表情で白鳥を見つめた。その目は美しくもどこか気の抜けた目では無く白鳥の本気度を確かめる様な眼差しであった。
「あなたはこれを聞いて馬鹿馬鹿しいと感じるのなら私と関わるのは諦めたほうがいいわ」
白鳥は息を呑んで食い入るような視線で見つめ返す。その目が本気である事を確認したナルセは立ち上がり、壁のホワイトボードにペンを走らせた。
「私が魔術の研究を始めたきっかけはこっそり図書館の制限図書保管庫に忍び込んで中の本を読んだことに始まったわ。そこに書かれていたのは神話生物を崇拝するカルト教団に関する内容であったわ。主に儀式や魔術の知識、神話生物との接触に関する事が書かれていてその中の一つを研究した事が始まりね」
「その研究の末、身に付けた呪文が『浮かせる』魔法というわけですか」
「そうよ。『浮かせる』呪文は自身を浮かせることも可能である事も確認済みだわ。呪文と言ってもわざわざ口にして唱える『詠唱』は《《必要》》なものと《《そうでない》》ものがあるみたいなの。どちらも体内に流れる《《魔力》》を媒体として発動させるものなのだけどこの2つの違いについてはまだ解明されていないわ。あと魔力に関しては口で説明するのが面倒だから詳しくはそこにある資料を見て自分で理解して頂戴」
講義をするように淡々と話すナルセは「魔術の証明」に関する資料の山を指差し白鳥に教えた。ナルセは再びホワイトボードに向き直ると話を続ける。
「少し脱線したわ。そして私は魔術が存在するならばそれらを生み出した者、人間に伝えた者が居ると考えたの。そこでその書籍に書かれていた崇拝の対象、『神話生物』に秘密があると踏んだわ」
「神話……生物……?」
初めて聞く言葉に白鳥はキョトンとするがそれを気にも留めないようにホワイトボードのペンを走らせていく。
「神話生物が崇拝する人々に魔術の知識を与えていたとしたら……魔術が存在するという考察もできると思うの。そして魔術の証明が完了した今、研究は次の段階へ移行する。人々が魔術の知識を授かった元の正体を突き止める、つまり私が今研究しているのは神話生物を含む宗教において人々が崇拝する対象つまり……」
そしてナルセはホワイトボードに強調するように大きな文字で研究テーマを書き出し白鳥の方を振り返って壁に勢いよく手をついて白鳥に発表した。
「《《神の存在証明》》よ!」
その瞬間白鳥は雷に打たれたような衝撃が走ったように感じた。今、目の前にいる人物は「神」の存在を証明しようという人の叡智を遥かに超越した次元の話をしている。常人なら鼻で笑うかあまりの馬鹿馬鹿しさに嫌悪感すら抱く程だが既に非科学的現象である魔術というものを自分の肌で体感した白鳥にとっては知的探究心が今までに感じた事も無いほど震え上がっている。
白鳥はナルセの元へ一歩歩み寄りナルセの机に勢いよく手をついた。白鳥の行動に驚いたのかナルセの体がビクッと跳ねたがそんな事はどうでも良かった。
「馬鹿馬鹿しい? 常人ならというか大半の人間は馬鹿馬鹿しいと感じるのは無理もありませんね。実際に馬鹿馬鹿しいですよ、先輩の研究は」
そう言うとそれを聞いたナルセは「そう……」と俯きがちに諦めたような表情になる。しかし白鳥は声を大にして続けた。
「でもね? 僕はその研究の果てが見たい! 常人の思考を逸脱して先輩の言う『神』の存在を確かめたい! 人間が神の領域に踏み込む瞬間をこの目で見てみたいんです!」
白鳥の瞳は新しいオモチャを貰った子供のようにキラキラと輝いていたが、見方によっては何かに取り憑かれたような《《狂気》》に駆られた瞳のようにも思えた。
「先輩の研究、僕にも手伝わせて下さい! 僕もその研究興味があります!」
白鳥の目を見ると何かを感じた様にずっと無表情だったナルセの口元が少し緩んだ。
「意外ね……あなた、私と同じ目をしてる。いいわ、私の研究を手伝ってくれるなら構わないわ。人手は多い方が都合がいいもの」
ナルセはそう言うと白鳥に手を差し伸べた。
「改めて自己紹介しておくわ、私は成瀬白那。好きに呼んでもらって構わないわ。あと敬語使われるのは顔色をうかがわている感じがして好きじゃないから出来れば控えてくれると助かるわ」
白鳥は成瀬の出した手をぎゅっと握り握手を交わした。
「分かった。僕の名前は白鳥蓮、僕は君の言う『裏の知識』に俄然興味が出てきた。これからよろしく頼むよ、成瀬」
こうして白鳥蓮と成瀬白那は出会い、科学的な「表の知識」を離れ、非科学的な「裏の知識」に関する研究を始めるのであった。
この先で白鳥は研究を進めていく中で徐々に成瀬に対して惹かれる想いは募っていく……
ミニコーナー企画!
次回予告をやってみよう!
はーい! 次回予告を担当する志那内加奈子ちゃんだよ! いぇい☆
今日も張り切って次回予告やってくよー!
ミスカトニック大学に通う日本人、成瀬白那とであった白鳥蓮はともに神の存在についての研究を進めていく。
オカルト好きの仲間も一緒に研究を進める内に、ついに「神」との接触が!?
研究も進んでいく中、白鳥は成瀬に対しての恋心を自覚し成瀬の卒業の日、ついに本心を打ち明ける! キャ〜! キュンキュンしちゃう〜!
次回、君は僕の記憶の中で 中編
次回もお楽しみにだよ!




