死神の出迎え
施設の脱出を目指す杏奈と加奈子、脱出も目前に迫ったところで杏奈と加奈子の距離は、生と死の境界線を引くかのように重厚な鉄の壁によって離されようとしていた。
外では満を持して現場に突入した増援、渋谷鎮圧に向けて本格的に動き始め、現場の風向きが変わりつつある渋谷での黒幕、白鳥との戦いにとうとう決着の時が近づく……
杏奈達が怪物と交戦していた頃、男はその隙に緊急脱出経路を使って地上へと出ていた。
地上へと続く階段を登りながら男は一人笑っていた。
「人の力では私の最強の生物兵器である『成れ果て』には敵わない。万が一逃げ仰せたとしても屍人達に埋もれて死ぬ。奴らは終わりだ」
そう一人で呟きながら地上へと出る。すると男は外で目を疑うような光景を目にするのだった。
「なんだ……これは……?」
男の目に映る先では、静かな渋谷の街に鳴り響く大きな羽音。
空には赤黒い蛇のような芋虫とも呼べるような姿に2枚の翼が生えており、その大きな翼を羽ばたかせて口にはゾンビを咀嚼しながら渋谷の夜空を飛び回っていた。
その冒涜的な光景に思わず膝から崩れ落ちる。
「そんな……ばかな……なぜ猟犬に続いて神話生物がここに……?」
男はこうしてはいられないと神話生物に見つからないように物陰に隠れながら策を練る。
「私もかなり魔力を消耗してしまった……アレとの戦闘は避けるべきか……しかしあのような神話生物が何故? あの暗殺者の仕業か? しかし人1人の器にあの規模の神話生物を2体も使役できるとは考えにくい……だとすればあまり考えたくはないが……」
「神話生物を使役できる者がもう1人居る、といった所でしょうか? 白鳥蓮上席」
狭い裏路地で背後から聞こえる声に咄嗟に振り返り後退り、通りに出る。先程まで人の気配は全くなかったが突如として現れたその人物はゆっくりと通りに出てくる。その左眼は深紅に燃え、カッターシャツの上にジャケットを羽織っており、左胸には沢渡と同じ「SPID」の紋章があった。
「いつの間に背後に? それに君の左胸の紋章……君も彼の仲間か? それに私の名前を知っているとはね」
「情報の出所についてはお話出来ませんが下調べはさせてもらいました。貴方はアメリカのミスカトニック大学を卒業後、研究者として世界中を飛び回り主に医学に携わってきたが噂ではカルト教団との関係や魔術に関する研究なども行われていたとも」
白鳥は身構えその額には冷や汗が流れ始める。今、目の前に立っている男に対し、白鳥の全細胞は警鐘を鳴らしていた。同じ人間とは思えない程の圧倒的な強者感、確実に命を刈り取る狩人の様な目。確実な殺意を此方へと向ける男の姿は明らかに人間の域を超えた存在、それはまるで冥界から白鳥を迎えにやってきた《《死神》》の様であった。ただならぬ雰囲気を放つ捜査官は淡々と話し始める。
「貴方がこの件の犯人である以上、残念ですが本部からの指示で貴方の命を奪わなければなりません。抵抗は結構ですが貴方も分かっているでしょう? もう貴方は引き際であるという事に」
「うるさい! 私の計画はまだ終わらせはしない! 邪魔をするならばキサマも殺してやる!」
白鳥は捜査官に向けて鷲掴みの呪文を唱えようとする……が
パンッ
目の前の捜査官が手を叩いた瞬間、突如姿を消した。白鳥は慌てて辺りを探そうとする。そして後ろを振り返ろうとした時、白鳥の喉元にはナイフの刃先が向けられていた。
「お前ごときいつでも殺せる」とでも言いたげに憐れみの視線をおくる捜査官に圧倒され白鳥の心は折れかけていた。しかし白鳥には「ここで終わるわけにはいかない」とポケットからカードの様な物を取り出すとそれは神々しく光を放ち、捜査官は咄嗟に喉元を斬りつけるが仕留め損ね、眩しさに視界を眩ませれてしまう。
光が収まった頃には白鳥の姿はなく捜査官はため息と共にポリポリと頭を掻いた。
「アーティファクトの類か……気配も随分と遠くに行ってしまったな……やっぱり虚勢もバレてしまっていたか? しかし逃げられた以上仕方ないな」
捜査官は通信機使い本部と連絡を取る。
「こちら和泉、白鳥を発見するも逃がした。沢渡と繋げられるか?」
「こちら本部、HK-Houndとの通信の接続ですね。了解しました。直ちに繋ぎます。あと彼に撤退命令は守るように伝えておいてください」
◇ ◆ ◇ ◆
その頃、地下施設内で大型の怪物と交戦中の沢渡は無駄な弾薬の消費を避け、施設内をひたすらに逃げ回っていた。
怪物は大きな腕を振り回し壁を破壊し沢渡を追いかけ回している。
沢渡と地上に出す訳にはいかないと地下施設内に怪物を留め、杏奈と加奈子の脱出の時間を稼いでいる。
そんな中、通信機から通信が入った。通信を繋ぎ主の声を聞いた瞬間、沢渡の顔は一気に険しくなった。
「沢渡、俺だ。直に施設前に到着する。標的が外にいるのを見かけたが
沢渡は今何してる?」
「お前の助けは死んでも借りねぇと思っていたんだがな……事態も事態だ、俺は今奴の作り出した異形のバケモンと交戦中。弾丸を通さねぇ装甲に正直参ってる」
「そうか……なら俺と交代しろ。俺がそっちを引き受ける。沢渡は標的を仕留めろ。奴にはアーティファクトで逃げられてしまった。かなりの距離を離され俺も地上で色々あって何かと消耗してるんだ。俺では追いつくのは困難だが沢渡なら……やれるだろ?」
沢渡はフッと笑い間を置いて答える。
「愚問だな。俺は狙った獲物は絶対に逃さん」
「決まりだな。俺はそっちに向かってる。いつ出ても大丈夫だ。タイミングはお前に任せる」
「わかった、あとお前に言っておかなければ行けないことがある。今回の事件、荒谷の妹が巻き込まれてる。生存も確認済みだ。必ず生きて返せ」
その言葉に心陽の表情が少し険しくなる。
心陽は一言「そうか」と返すと施設へと進む速度が少し上がる。
「和真の妹も俺に任せてくれ。なぁに、地上のゾンビの掃討は順調に進んでいる。ゾンビが集まってる地下ほど脅威ではないさ」
沢渡は少し安心したように一息吐いた後、思い出した様に心陽に忠告をする。
「了解、それと……任務中はコードネームで呼べ。俺にはHK-Houndってコードネームがあるんだ。組織の中でも特に存在を機密にしなきゃいけない部隊に俺はいるんだからな。分かったら名前で呼ぶんじゃねぇ」
「分かった。それじゃ標的は任せたぞ、沢渡」
「……」
ブチっと通信を切り少し不機嫌になりながらも沢渡は猟犬の力を使い時空間移動によって地下を脱出するのであった。
◇ ◆ ◇ ◆
「カナちゃん! カナちゃん! そんな!?」
地下からの緊急脱出経路では、地上へと続く階段の手前で閉鎖ゲートを使いゾンビ達が地上に上がるのを食い止め脱出する手筈が整い。ゲートが閉まっていく中、階段で加奈子を待つ杏奈から見えるゲートの向こう側には、依然として加奈子が立っており、ゲートの閉鎖が完全に完了し、杏奈と加奈子は鋼鉄の壁によって分かたれてしまった。
「カナちゃん! なんで! どうして! 嫌だよ! 死なないで! 私の側からいなくならないでよ!」
杏奈は締まりきった壁をドンドンと叩き涙ながらに訴える。
加奈子はゲートの向こう側で壁にもたれながら前髪をかき上げる。その額には、赤黒く変色した歯型のついた傷口が見えており、それは無情にもゾンビウイルスの感染を意味していた。
「私……もうダメなんだ……。アンちゃん庇った時に咬まれちゃったみたい」
分厚い鉄の壁を挟んだ加奈子からは杏奈の声や扉を叩く音は一切聞こえておらず、加奈子もそっと杏奈のいる壁の向こう側へそっと手を当て杏奈が壁の向こうで泣いている姿を想像していた。
「アンちゃん……本当にゴメン。私、死なないって言ったのに約束守れなかった」
加奈子は背後の壁から向き直り、天井を見上げて自分の最期を悟るようにつぶやき始める。
「私、もう少し長く生きたかったなぁ。特に何も趣味とかなかったし、充実した人生今まで歩んでこなかったけど、今が最高に楽しかったんだよね。非日常って感じがしてさ、アンちゃんとも出会って……この先の人生が楽しみに思えてきたところだったのに、これからだと思っていた人生もここで終わりかぁ」
天井を見上げる加奈子の目には涙が溢れ、ぽつりぽつりと膝下に涙が零れ落ちていく。
加奈子の脳裏からは幼少期からの記憶が走馬灯のように溢れてくる。祖父母や両親の顔、学生時代の友人など今までに出会ってきた人々の笑顔が加奈子を包むように加奈子の冷たくなっていく身体に反して心が温かくなっていく。
「来世ではちゃんと友達いっぱい作ろう。そしたら沢山遊んで沢山食べて沢山寝られたりなんか出来たら嬉しいな」
そして加奈子には幻覚か、はたまた未来視なのか、いつか平穏を取り戻した渋谷のスクランブル交差点の真ん中で人混みの中こちらを向き優しく微笑む杏奈の姿が目に映る。
ホッとしたように加奈子は笑うと涙を拭い、笑ってみせた。
「アンちゃん、元気でね。必ず生き延びて幸せになるんだよ」
地下でありながら照明によって明るく照らされたゲートの前で、ゲートを塞ぐ鉄の壁に背中を預けてへたり込む加奈子はゆっくりと目を閉じ、暗闇の中に意識を手放した。
◇ ◆ ◇ ◆
杏奈はというと固く閉ざされたゲートを叩きながら泣き喚いていた。
「なんでよ! こんなの酷いよぉ! これ以上アタシから友達を奪わないでよぉ!」
拳を何度も打ち付け手の皮は擦りむけてしまい壁には血液が付着する。それでも杏奈はやめなかった。新しくできた友人を失いたくなかった。2度も大切な仲間を死なせたくなかった。だが目の前の壁は途方も無く厚く、少女一人の力はおろか人間の筋力では到底こじ開けられるものでは無かった。
「……めない」
杏奈は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら振り返り階段を駆け上がった。
地上を目指しひたすらに走る。
小さな可能性に縋ってでも杏奈は加奈子を救いたかった。
「まだ諦めない! 助けを! 誰か助けを!」
あっという間に階段を登りきり扉を開ける。扉の出口は研究所の裏口に続いており、外は夜の闇に包まれていた。ゾンビうめき声も無く静かな渋谷の街の中を、助けを求めて杏奈は走り出した。
すると研究所を出て道路の真ん中を走り出してすぐ、向かいから1人の男性が歩いてきた。
杏奈はその男に助けを求めようとするが体力も限界が来ていたのか脚がほつれて転んでしまう。
這ってでも動こうとする姿を見た男が手を叩いた瞬間、一瞬の内に杏奈の目の前まで移動し、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「アタシのことはいい! お願い! 中にまだアタシの友達がいるの! 助けて!」
杏奈は男の手を取り必死に懇願した。目の前の男は杏奈の勢いに動揺することもなく無表情でそれを聞いている。
「そうか、分かった。できる限りの事は尽くそう。この先を真っすぐ進んでいけば救助隊と合流できる。君は先に避難しているといい」
男は来た道を真っすぐ指さし教える。
杏奈は立ち上がろうとすると男は突然杏奈を抱きしめ耳元で囁いた。
「辛かっただろう……ここまでよく頑張った。後は任せてくれ、杏奈ちゃん」
杏奈は自分の名前を知っていることに驚いた。顔こそしっかり見ていなかったがその男の胸元には沢渡と同じ「SPID」の文字と紋章が付いている。杏奈は男が沢渡の仲間であることと同時に、この男を杏奈は知っていることを直感した。
「なんで私の名前を?」
杏奈は問いかけるも男は無言で立ち上がり施設へ向かって歩き出す。
杏奈はその男の背中を見送る事しか出来なかった。
◇ ◆ ◇ ◆
「クソ! クソ! クソォ! なぜだ? 何を間違った? 私の計画は完璧な筈だ!」
白鳥は研究所を離れ、渋谷の街を北上し、代々木公園の中で錯乱していた。
思わぬ形で計画の邪魔が入り、自身が追い込まれているという現実に憤り、行き場の無い怒りを周囲にぶつけている。
「どうしてこうも思い通りにいかない! 俺と彼女の逢瀬は神までもが敵に回るというのか!」
白鳥はベンチで拳を叩きつけ頭を抱える。
そして白鳥はベンチを立ち上がり歩き出した。
「まだだ……まだ終わらんさ……誰が邪魔しようと私は彼女に会いに行く……何度も失敗しようと私は彼女を蘇らせるその時までは……!」
「その瞬間はねぇよ」
白鳥の足下の落ち葉の切れ端が青黒い煙の様な物が立ち込めた矢先、煙はティンダロスの猟犬を形作り矢のような鋭さを持った舌が白鳥の胸に突き刺さった。
「がは!? 何故だ!? 何故猟犬がここにいるんだ!?」
直接的な外傷は無いものの心臓の鼓動が不気味に弱くなっていく感覚に襲われ、既に魔力と精神を消耗していた事も相まって心的ダメージに耐えきれずパニック状態に陥ってしまう。自身の手にまだ猟犬のマーキングが外れていないことも忘れ、魔術を使う魔力も残らぬままただ為す術も無く生命力を啜られる。
まだ終われないと猟犬を引き剥がそうと暴れ回る白鳥だがついにその瞬間は訪れる。
――それは一瞬の出来事だった。
白鳥の額の真ん中を一発の銃弾が貫いた。
白鳥の現在地から丁度1km先、渋谷で最も高い位置である渋谷スクランブルスクエアの屋上からの狙撃、それは沢渡によるものであった。
白鳥は狙撃された事に気づく間も無くその場に倒れ伏し、遅れて頭部から血溜まりを作りあげる。それをスコープ越しに確認した沢渡は通信機に手をかけ本部へと報告した。
「目標達成、標的の始末に成功した。これより帰還する」
「代々木公園にて標的の処理を確認、特殊清掃班を向かわせます。HK-Hound、お疲れ様でした。貴方は世界を救ったんです。胸を張って下さい」
「ああ、分かってる」
通信を切ると建物の明かり一つとして無く、渋谷の境界線にのみ明かりで囲まれ、空には冒涜的で巨大な神話生物が飛び回っている異様な光景の渋谷を見下ろす。風は冷たく高度も相まって肌寒く感じさせ顔が少し痛く感じる。沢渡は気持ちを整理するようにため息を吐くと1人呟く。
「仕事とはいえ人を殺すってのはいつまでも慣れないもんだ……いくら讃えられようがあまり気分は良くないな」
こうして役割を終えた沢渡は複雑な面持ちで渋谷を後にするのだった。
ミニコーナー企画!
第3回! 「教えて! 葉月せんせー!」
は〜い皆大好き幽世のアイドル、葉月お姉さんだよ〜!
このコーナーでは葉月お姉さんがこの世界の設定や登場人物の裏設定などメタい話や分からないことに何でも答えるコーナーだよ!
今回のお題はー? コレだ!
デデンッ!!
アーティファクトってなぁに?
by KANA☆
ほほぅ、アーティファクトかぁ。確かに漫画やゲームでは聞く名前だけどどんなもの? って聞かれると中々説明が難しいよね〜。
よし! この葉月せんせーがしっかり解説しちゃうぞ!
まずアーティファクトっていうのは簡単に言うと人工的に造られた産物や現象、記録の事を言うんだよ。
「人が造った物」で覚えるとオッケー!
考古学や歴史学では遺跡とかから発掘して出てきた物を呼ぶ事が多いね。
ゲームやファンタジーの世界だと同じような認識で不思議な力が宿っていたりする事があるよね?
この世界においてのアーティファクトの認識も表向きでは前者の認識が一般的なんだけど神話や魔術が絡む私達の生きる裏向きでは後者のようなアーティファクトも勿論存在するよ♪
それこそ杏奈ちゃんやKANA☆ちゃんが活躍するシナリオに出てきた光の障壁を展開する「箱」や今回、黒幕の白鳥だっけ? が少年から逃げる時に使った不思議なカードも魔術的なアーティファクトの一種だね。
この世界のアーティファクトには科学的な技術でつくられる物もあれば魔術的なアーティファクト、もしくはその両方の性質を持つ物も存在するね。
今回の彼は上手く科学と魔術を混ぜ合わせたアーティファクトを使っているね。
実はそういった物を作れる人はこの世界においてはかなり希少なんだ。
そもそもそこまでのハイスペック人間はこの世界でもそうそう居ないからね? だから彼、実はすごい強敵なんだよ。
少年の時はかなり消耗してたし少年が優勢だったけど万全なら中々いい勝負出来たんじゃないかな?
え? 彼を褒めているようで少年の贔屓してるって? 当たり前じゃないか! だってお姉さんが手塩にかけて育てた大好きな愛弟子だよ? 今でもすごく強くなったしまだまだ強くなるよ、少年は。
だからといって無茶はして欲しくないんだけどねボソッ
っと脱線しそうになったね。
アーティファクトの事は大体わかったかな?
さて、今回はここまで!皆また会おうね!
それじゃ、まったね〜♪




