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蒼の境  作者: 神奈川楓
境界の向こう
46/55

46 別れの時

 部屋の扉が静かに開いた。

 アカツキとミツバが戻ってくる。

「ただいまです」

 ミツバは声を弾ませ、嬉しそうに尾を揺らしていた。

 魔虎軍の負傷者を手当てする中で、何度も感謝の言葉を向けられたのだろう。

 それは、彼女にとってあまり経験のない出来事だった。

「おかえり」

 イズナは微笑みを浮かべて応じ、次にアカツキへと視線を向ける。

 ――アカツキの表情が、わずかに硬い。

 その目には、拭いきれない疑念の色が滲んでいた。

「……どうかした?」

「ん? ああ、いや……なんでもない」

 そう答えながらも、アカツキは内心で首を傾げていた。

 ふっと、イズナへと視線を向ける。

「……お前、レベルが上がったな」

 唐突な指摘だった。

「うん。さっきの戦いで、レベル19になったよ」

 何でもないように返すイズナに、アカツキはわずかに表情を曇らせる。

 神紋を持つ者は、やはり規格外だ。

 たとえ『見習』の段階であろうと、『上位』を凌ぐ戦闘力を発揮する。

 その事実に、アカツキは感心しながらも、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。

 さっき、この部屋から、一瞬だけ――異常なほど強い精神力を感じた。

(……明らかに、もう一人いたはずだが。

 ……気のせい、か?)

 イズナは、その視線の意味を承知の上で、あえて何も触れなかった。

 代わりに、ミツバへと向き直る。

「ミツバ。

 ミスドロン将軍には、ずいぶん世話になった。

 ……俺たちは、明日ここを発つ」

 言葉を選びながら、静かに続ける。

「たぶん、ここで別れになる」

 その瞬間だった。

 ミツバの表情から、さっと明るさが消える。

 先ほどまで楽しげに揺れていた尾が止まり、耳が無意識に垂れ下がった。

 まだ出会って間もない。

 それでも――

 ミツバにとって、イズナは初めて仲良くなれた人間だった。

 しかも、自分を見下すこともなく、恐れもせず、ただ穏やかに接してくれた存在。

 その別れを告げられた胸の痛みは、思っていた以上に大きかった。

 部屋の空気が、静かに沈んでいく。

 「……そ、そうなんですね」

 ミツバの声は、わずかに掠れていた。

 それでも必死に感情を抑え、無理に笑みを作って続けた。

「でしたら……何か食事を用意してきます。

 今日は色々ありましたし、お二人とも、まだ何も口にしていませんよね」

「うん。ありがとう」

 イズナは短くそう答える。

 ミツバは一度だけ小さく頷くと、どこか名残惜しそうな背中を残し、部屋を出ていった。

 その姿を見送ってから、アカツキが口を開く。

「……それで、よかったのか?」

「よかった、って?」

「せっかく打ち解けたんだ。

 もう少し、ここに留まってもよかったんじゃないのか」

 イズナは、静かに首を横に振った。

「一緒にいる時間が長くなればなるほど、別れは辛くなる」

 彼ほどの頭があれば、ミツバの感情の変化に気づかないはずがない。

 わずかな揺らぎ。視線の迷い。声の掠れ。

 それらは、確かに伝わっていた。

 だが――

 人生で初めて向けられたその種の感情に、どう応じればいいのか。

 イズナは、そこまで器用ではなかった。

「俺たちが進む道は、これからもっと危険になる。

 向き合う敵も、今までとは比べものにならないほど強くなる」

 だからこそ、距離を置く。

 それが、彼なりの選択だった。

 アカツキは黙ってイズナを見つめた。

 その横顔は、年相応の少年というより、すでに覚悟を決めた者のそれだった。

「……お前は本当に、底が見えないな」

 呆れとも感心ともつかぬ声が、静かに落ちた。


 翌朝。

 イズナとアカツキが部屋を出たとき、隣の部屋にミツバの姿はなかった。

 ――顔を合わせづらいんだろうな。

 本当は、ちゃんと別れを言いたかった。

 けれど、無理に探すのも違う気がした。

 イズナは小さく息を吐く。

「行くか」

 二人はそのまま将軍邸へ向かった。

 昨夜まで瓦礫だらけだった場所は、すでにかなり片付いている。

 平地にはいくつもの天幕が張られ、簡易の軍営のようになっていた。

 一番大きな天幕の中で、ミスドロン将軍が待っていた。

「……もう発つのか。ずいぶん急だな」

 腕を組んだまま、将軍は二人を見る。

「まだ礼もしておらん。我らが受けた恩に、何も返せておらぬというのに」

 イズナは軽く首を振った。

「気にしなくていいよ。俺たちにもやることがある」

 少し間を置いて続ける。

「それと、素材について聞きたいことがあるんだが」

「ほう?」

 将軍は外に目をやった。

 半壊した建物がまだそのまま残っている。

「倉庫はああいう有様だが、多少の素材は残っておる。

 我らにあるものでよければ、遠慮なく言え」

 イズナは簡潔に言った。

「黄昏蝶の粉末。

 それと――怨嗟の樹の樹液」

 将軍はわずかに眉を寄せる。

「……確認させよう」

 部下に指示を出し、兵はすぐに外へ出ていった。

 将軍は改めてイズナを見る。

「黄昏蝶の粉末はあるが、怨嗟の樹の樹液は、少し事情がある。

 本来なら、そう珍しいものではない。

 だが今は、違う」

 将軍は低くそう言ってから、イズナを見る。

「……怨嗟の樹を知っているか?」

「名前だけは」

 イズナはわずかに首を傾げた。

 素材の名にもなっている。希少な植物の一種だと、そう思っていた。

 しかし――

 ミスドロン将軍は、はっきりと言った。

「怨嗟の樹は、植物ではない」

 一拍。

「――魔獣だ」

「……魔獣?」

「しかも……S級魔獣」

「――!?」

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