42 風の介入
ミスドロン将軍は槍を構え直すと、腰を落としたまま大きく踏み込み、回転を乗せた薙ぎ払いを放った。
唸りを上げる槍身が円を描き、左右から詰めていた八咫烏の兄弟を、力尽くで押し返す。
間を置かず、八咫烏たちは次の動きに入った。
片方が地を蹴り、ふわりと宙へ舞い上がる。
背の翼が大きく広がり、黒い羽が一斉に逆立った。
次の瞬間。
原力をまとった羽毛が、雨のように射出される。
刃。
それも、数え切れないほどの。
「……っ!」
ミスドロン将軍は即座に槍を両手で回し、円を描くように振るった。
金属音が連なり、火花が散る。
羽毛は次々と弾かれるが、逸れた羽が地面に突き刺さるたび、土と岩が砕け散り、地表が抉られていく。
――その、刹那。
もう片方の気配が、消えた。
「――しまっ……!」
声に出すより早く、背後に殺気が立ち上がる。
もう一体の八咫烏が、影のように背後へと現れた。
鋭い爪が閃く。
ザンッ――!
肉を裂く感触。
次の瞬間、ミスドロン将軍の背に、三本の深い裂傷が刻まれる。
血が弾け、地面に飛び散った。
「グォオオ――!!」
咆哮とともに、ミスドロン将軍は反射的に槍を振り回す。
体を捻り、背後を薙ぎ払う一撃。
――当たる。
そう思ったら、上空から、影が落ちた。
羽を大きく広げた八咫烏が、急降下してくる。
全身を回転させて落下する。
翼は回転刃のごとく唸り、触れたものを削り取る勢いで迫った。
「――っ!」
この一撃を受ければ、たとえB級魔獣であるミスドロン将軍といえど、両断は免れない。
ミスドロン将軍は歯を食いしばり、迫り来る羽を睨み据える。
回避は間に合わない。
防御も、間に合わない。
――終わりか。
そう覚悟しかけ、目を閉じようとした、その瞬間。
ゴウッ、と――
横合いから、鋭い風切り音が突き刺さった。
次の刹那。
戦場を横断するように、緑色の竜巻が走る。
まるで戦場を泳ぐ龍のように、速く、鋭く。
竜巻は回転する八咫烏の胴体を真横から捉え、容赦なく叩きつけた。
「ギャアアアアア――!!」
凄惨な悲鳴が上がる。
回転を維持していた体勢は一気に崩れ、八咫烏の身体は風に弾かれて吹き飛ばされた。
木々をなぎ倒し、岩肌を削り、
最後には――
山体に突き出た巨岩へと、勢いのまま叩き込まれる。
鈍い衝撃音。
「……兄者――!?」
地上に残されたもう一体の八咫烏が、愕然と目を見開いた。
兄弟が岩壁に埋まったまま動かない光景を、理解できずに見つめる。
やがて、顔を歪め、怒りを剥き出しにして振り返った。
緑の風が渦を巻く、その中心。
そこに立つ、ひとりの少年の姿を捉えて。
「貴様……何者だ!
よくも俺の兄者を――!」
怒号が、荒れ果てた戦場に響き渡る。
一方――
ミスドロン将軍は、その少年の姿を認め、息を呑んだ。
虎の双眸が大きく見開かれ、
次の瞬間には、確かな光を宿す。
「……イズナ殿……!?
なぜ、ここに……」
ほんの数秒前――
イズナはミツバを抱き寄せたまま跳躍を重ね、地上ではアカツキが並走していた。
戦場までは、まだ数百メートル。
そのとき、ミツバが息を呑み、視線を一点に定める。
「あそこです!」
戦闘の中心を、いち早く見つけていた。
空中を渡るその最中、イズナの視界に異変が飛び込む。
二体の鳥型魔獣が、同時にミスドロン将軍へと仕掛けたのだ。
(まずい――)
イズナは片手を振る。
ふわりと柔らかな風が立ち上がり、ミツバの身体を包み込んだ。
衝撃を殺し、そのまま地面へと送り届ける。
「――アカツキ、任せる」
言い捨てると同時に、イズナは身体の向きを切り替えた。
次の瞬間、迷いなく神紋の力を解き放つ。
風が身にまとわりつき、緑色の渦が一条、前方へと伸びる。
――竜巻。
イズナ自身が、風そのものとなって戦場へ突っ込んでいく。
地を蹴るよりも速く、思考が追いつくよりも先に。
一直線に加速し、戦場の中心へ――
ミスドロン将軍のもとへと、全速で駆け抜けていった。
イズナは地面へと降り立つと、満身創痍のミスドロン将軍の姿がすぐに目に入った。
懐から小瓶を一つ取り出し、無造作に放る。
ミスドロン将軍はそれを受け止め、手の中の小瓶を見下ろして、目をわずかに見開いた。
澄み切った液体。
その品質の高さは、ひと目で分かる。
「……これは」
驚きと同時に、虎の顔にかすかな喜色が走った。
ミスドロン将軍は遠慮することなく栓を抜き、一息に中身をあおる。
途端に、荒れていた呼吸が落ち着いていく。
裂けていた傷が熱を帯び、肉が塞がっていく感覚が、はっきりと伝わってきた。
深く刻まれていた裂傷はみるみるうちに縮まり、血の流れも止まっていく。
「かたじけない……!」
深く息を吐き、将軍はイズナへと視線を向ける。
イズナは軽く手を振った。
「ここからは俺が引き受ける。
……宿を貸してもらった礼……」
そう言いかけて、ふとなにかを思い出したように言葉を切る。
つい先程の戦いで、将軍邸はすでに跡形もなく消えてしまっていた。
「……いや、今のは忘れてくれ」
小さく呟き、イズナは気を取り直すように前へ出る。
先ほど竜巻に叩き込まれた一体が、岩壁を砕きながら這い出してきた。
羽を震わせ、怒りを露わにしながら、八咫烏は兄弟のもとへと舞い戻った。
その視線が、ふと一点に留まる。
「……人間?」
低く、警戒を滲ませた声。
だが、気配を探った次の瞬間、
それが、たかが『見習』の人間ガキだと知る。
怒りが一気に噴き上がり、嘴が打ち鳴らされた。
甲高い咆哮が、戦場に響き渡る。
「人間風情が……!
よくも、この俺様に手を出してくれたな!
死ぬ覚悟は、できているんだろうな?」
憎悪を孕んだ視線が、一直線にイズナへと突き刺さった。




