表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼の境  作者: 神奈川楓
境界の向こう
40/55

40 余燼の兆

 かつて、アカツキが『上位』に留まっていた頃。

 『断天分地』は、二式が限界だった。

 だが、今は違う。

 失われていた力の一部を取り戻し、『精鋭』の領域へと立ち返ったことで――

 さらに、その先へ踏み込める。

 斬撃によって巻き上がった煙塵の中、アカツキの両手に大剣は、もうなかった。

 そのまま、ゆっくりと目を閉じ、印を結び始める。

 その姿を見たラント将軍は、一瞬だけ口元を緩めた。

(……武器を失ったか)

 だが、次の瞬間。

 変化し続ける指先の動きを目にした途端、背筋に冷たいものが走る。

(――違う)

 長年戦場を渡り歩いてきた本能が、はっきりと警鐘を鳴らしていた。

 考えるより早く、ラント将軍は地を蹴った。

 大太刀を構え、一気に間合いを詰める。

「その首――もらった!!」

 刃が振り下ろされる、その直前。

 ――ズン。

 空気が、沈んだ。

 圧倒的な重圧が、天から降り注ぐ。

 思わずラント将軍は足を止め、反射的に空を仰いだ。

 そこにあったのは――

 戦場の真上に静止する、一振りの大剣。

 そして、そのさらに上。

 原力によって形作られた、百メートル級の巨大な剣影。

 空そのものに突き立てられたかのような、圧倒的な存在感。

 「――!!!」

 その場にいたすべての者が、言葉を失い、目を見開いていた。

 巨大な剣影は、まるで断頭台の刃のように――

 ただ一人、ラント将軍だけを捉えている。

(――まずい!!)

 そう悟ったときには、もう遅かった。

 アカツキが、静かに目を開く。

 そして、伸ばした指先を――わずかに下へと振り下ろした。

 次の瞬間。

 天地の原力を纏うかのように、巨大な剣影が落下する。

 逃げ場はない。

 ただ一直線に、ラント将軍を叩き潰すために。

 ――「『三式・山砕き』」

 天が、落ちてきた。

 イズナは、わずかに眉をひそめた。

 直感で理解する――あの一撃は危険すぎる。ここに残れば、確実に巻き込まれる。

 即座に踵を返し、視線を走らせる。

 建物の陰で、頭を抱え、身を縮めている獣耳の少女――ミツバ。

 次の瞬間、風が弾けた。

 イズナは気流に身を預け、一息で彼女のもとへ辿り着く。

「来い!」

 手首を掴み、そのまま強く引き寄せた。

 逃げる。ただそれだけに意識を集中し、風を踏み、地を蹴る。

 走りながら、声を張り上げる。

「全員、引け――!!」

 その叫びで、魔虎軍はようやく我に返った。

 誰もが顔色を変え、武器を捨てる勢いで戦場から離脱していく。

 魔猿軍も同様だった。

 混乱と恐怖に駆られ、我先にと中心から距離を取る。

 だが――

 ラント将軍だけは、逃げられなかった。

 空を覆う剣影は、あまりにも巨大。

 もはや回避という選択肢は存在しない。

「……チッ」

 覚悟を決めたように、ラントは歯を食いしばる。

 全身の筋肉が膨れ上がり、血管が浮き出る。

 体躯は一回り、いや二回りも巨大化し、大太刀がようやく“馴染む”大きさになった。

「来やがれ――!」

 ラントは大太刀を頭上に掲げ、両腕で受け止める構えを取る。

 次の瞬間。

 ――接触。

「チクショオオオオオ!!」

 悲鳴にも似た叫びと同時に、大太刀は一瞬たりとも耐えられず、紙のように砕け散った。

 巨大な剣影は、勢いを殺すことなく――

そのまま、ラント将軍を叩き潰す。

「ああああああああああああああ――――!!」

 轟音。

 天地が引き裂かれたかのような衝撃。

 凄まじい風圧が周囲を薙ぎ払い、建物という建物が粉砕される。

 逃げ遅れた魔獣たちは剣気に巻き込まれ、血を吐きながら宙を舞った。

 イズナはミツバを庇うように抱き寄せ、背中に風を集める。

(……これが、レベル40を超えた『精鋭』の力か)

 『上位』とは、もはや次元が違う。

 数十秒後。

 すべてが、静まり返った。

 そこにあったはずの庭は、完全に消滅していた。

 残っているのは、数百平方メートルに及ぶ円形の深いクレーターだけ。

 そして――ラント将軍の姿は、もうどこにもなかった。

 周囲の建物は尽く倒壊し、将軍邸も街路も、原形を留めていない。

 辺り一帯は、ただの瓦礫の山と化していた。

 風が止み、粉塵がゆっくりと地に落ちていく。

 戦いは――決着していた。

 その時点で、まだ立っていた者は三人だけだった。

 戦場の中心に、大剣を手にしたアカツキ。

 そして少し離れた場所に、傷一つ負っていないイズナとミツバ。

 他の者たちは、瓦礫や砕けた石の中から、ようやく身を起こし始めていた。

 目の前に広がる光景を前に、誰もが言葉を失う。

 顔が、引きつった。

「……ラント将軍が……敗れた?」

 誰かが、かすれた声で呟いた。

 その一言をきっかけに、ざわめきが波のように広がっていく。

「うそだろ……魔猿軍の、頭が二人とも……」

「そ、そんな……」

 恐怖が、ゆっくりと伝染していった。

「い、いやあああ――!!」

 一人の魔猿軍兵が悲鳴を上げ、転がるように逃げ出す。

 それを合図に、次々と――

 一人、二人、十人。

 やがて数十、数百の影が、我先にと戦場から離れていった。

 来るときの威勢は、もはや影も形もない。

 残されていたのは、恐怖と混乱、そして無様な逃走だけだった。

 対照的に、魔虎軍の側からは歓声が上がる。

「勝ったぞ!!」

「やった……!」

「本当に、やりやがった!!」

 兵たちは両手を高く掲げ、声を張り上げる。

 歓喜が、戦場を満たしていった。

 ――そんな中。

 ミツバが不安そうに、イズナの服の裾を引いた。

「あ、あの……イズナ様……」

 小さな声。

 震える指先。

「ミスドロン将軍様が……まだ……危ないかも……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ