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蒼の境  作者: 神奈川楓
境界の向こう
39/55

39 容赦無し

 氷の嵐が、正面から刃の竜巻へと押し寄せた。

 二つの狂風が激突した瞬間、空気が悲鳴を上げる。

 渦と渦が噛み合い、削り合い、ぶつかり合うたび、衝撃が波のように周囲へと広がっていった。

 轟音。

 暴風。

 屋敷の壁が軋み、屋根瓦や石片が剥ぎ取られるように宙へ舞い上がる。

 あまりの風圧に、両軍の兵たちは武器を地面へ突き立て、必死に体を支えた。

「くっ……!」

「飛ばされるぞ、踏ん張れ!」

 ミツバも咄嗟に近くの建物の陰へ身を滑り込ませ、頭を抱えて身を伏せる。

 風の唸りが、まるで生き物のように耳を叩いた。

 拮抗は、しばらく続いた。

 数十秒――あるいは、それ以上。

 やがて、変化が現れる。

 巨猿の竜巻が、次第に回転を速め始めたのだ。

 しかも、その内部へと――

 氷の嵐が、目に見えて引きずり込まれていく。

「……吸ってる?」

 誰かが、信じられないという声を漏らした。

 氷片が渦へ飲み込まれ、竜巻の内側で粉砕されていく。

 その光景に、魔猿軍の士気が一気に跳ね上がる。

「いけるぞ!」

「押し切れる!」

「さすがだ……!」

 歓声が上がった。

 一方で、魔虎軍の空気は張り詰めていく。

 もしここでイズナが押し負ければ――

 もはや、B級魔獣一体すら止められる者はいない。

 だが。

 その中心で、イズナは――

 わずかに、口元を吊り上げていた。

 次の瞬間。

 竜巻の内部で、異変が起きる。

「――っ!?」

 巨猿の表情が、勝利の昂揚から一転し、歪んだ。

 驚愕。

 そして、恐怖。

 渦が、言うことを聞かない。

 加速し続ける回転は、もはや制御の域を超えていた。

 取り込んだ氷の嵐は、消えたのではない。

 内部で形を変え――牙を剥いていた。

 無数の氷の針。

 それらは嵐の中で刃となり、細かく、執拗に、巨猿の体を切り刻んでいく。

「が……っ、ぐぅ……!」

 悲鳴が、風の中に散る。

 毛皮の隙間から血が滲み、やがて全身に赤い筋が走った。

 踏ん張っていた腕が震え、握力が失われていく。

 そして――

 巨猿の手から、大斧が弾き飛ばされた。

 回転しながら飛んだ刃は、逃げ遅れた魔猿軍の兵を直撃し、鈍い音とともに、その体を真っ二つに断ち割る。

 淡い蒼を帯びていた竜巻は、やがて飛び散る血に染まり、禍々しい赤へと変わっていった。

 その中心から、巨猿の悲鳴が引き裂かれるように響く。

「や、やめろ……!

 俺を殺したら、兄貴が……ラント将軍が、絶対に黙ってねぇぞ!!」

 だが、イズナの表情は微塵も動かなかった。

 ――前回、逃がした結果が、今この局面だ。

 イズナは、静かに掌を握り込む。

 途端に、血色の竜巻が唸りを上げ、回転速度が跳ね上がった。

 氷の針と風が牙を剥き、内部で暴れ狂う。

「あ、ああああああ!!

 助けてくれ!!

 もう外縁町には二度と近づかねぇ!!

 だから――!」

 イズナは、鼻で笑っただけだった。

「……もう遅い」

「兄貴!! 助け――!!」

 その叫びは、最後まで届かなかった。

 血の嵐に呑み込まれ、声は断ち切られる。

 数秒後。

 竜巻が霧散したあとに残っていたのは、地面に刻まれた深い抉れと、濃く残る血の匂いだけ。

 ――B級魔獣、討伐。

 『見習』と呼ばれていた人間の手で、一体のB級魔獣が葬られた。

 少し離れた場所で、その光景を横目に見たラント将軍が、舌打ちする。

「……この……よくも……!」

 助けに行きたい。

 だが――それを許さない存在が、目の前にいる。

 アカツキ。

 その剣は重く、鋭く、そして――容赦がない。

 戦闘経験も、原力の扱いも、ラントを確実に上回っていた。

「……クソったれが」

 秘薬によって無理やり引き上げられた力などではない。

 それだけは、刃を交える中で嫌というほど理解させられている。

 ラントは攻撃を弾き返し、距離を取った。

 感情を押し殺すように――

 それでも、抑えきれない憎悪を滲ませて。

「――『獄断ノ太刀』」

 その瞬間、周囲の原力が一斉に引き寄せられる。

 大気が軋み、空間そのものが歪むほどの密度で、ラントの大太刀へと収束していった。

 それに呼応するように、アカツキも大剣を横に構える。

 重心を低く落とし、刃先をわずかに引き絞る。

「――『断天分地・二式、海荒らし』」

 刃に集束する原力は、もはや肉眼で揺らぎが見えるほどだった。

 荒れ狂う波のような圧が、剣身の周囲を包み込む。

「クタバレェ――!」

 ラントが吐き捨てると同時に、大太刀が横一文字に薙ぎ払われる。

 解き放たれた斬撃は、空間を切り裂きながら一直線に突き進んだ。

 迎え撃つアカツキの斬撃もまた、寸分の迷いなく放たれる。

 二つの斬撃は正面から衝突し、ぴたりと拮抗した。

 ――二秒の静寂。

 まるで世界が息を止めたかのような沈黙の後。

 ――ドンッ!!

 雷鳴にも似た音爆が炸裂する。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波が円状に広がり、庭を飲み込んだ。

 先ほど、イズナと巨猿の竜巻がぶつかり合ったときとは比べものにならない。

 地面が跳ね、空気が引き剥がされ、建物の壁が軋む。

 両軍の兵たちは、悲鳴すら上げる間もなく吹き飛ばされ、数十メートル先へと叩き出された。

 その中で――

 ただ一人。

 狂嵐の神紋に守られたイズナだけが、微動だにせず立っていた。

 転がる人々の中で、その静かな立ち姿は、異様なほど鮮烈に浮かび上がっていた。

「……引き分け、か」

 イズナは目を細め、衝撃波の中心を見据える。

(いや――まだじゃ)

 脳裏に、アウレの声が静かに響いた。

 次の瞬間。

 衝撃波の向こう側から、低く、確かな声が届く。


「――『断天分地・三式――』」

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