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蒼の境  作者: 神奈川楓
境界の向こう
37/55

37 A級魔獣

 A級魔獣――

 人間の基準で言えば、レベル40を超えた者だけが到達する領域。

 ランクは『精鋭エリート』。

 その体に宿す原力は、『上位スペリオル』とは比較にならない。

 質も、密度も、桁が違う。

 イズナは、その差をよく知っていた。

 父であるカルスは、すでに二年以上、レベル39に留まっている。

 実力も経験も十分だが、あと一歩がどうしても越えられなかった。

 それほどまでに、『上位』と『精鋭』の差は分厚い。

 かつて――

 カルスと黒鱗は、A級魔獣と遭遇したことがある。

 そのとき、倒すどころか、互いに命を繋ぐだけで精一杯だった。

 反撃など論外で、ただ逃げ延びることしかできなかった。

 ――それが、A級だ。

 そして今。

 庭に立つラント将軍から放たれる原力は、重く、濃く、圧倒的だった。

 疑いようがない。

 ラント・ロプスは、紛れもなく“本物”のA級魔獣である。

 アカツキの表情が、険しくなる。

「……俺が、あいつを食い止める。その隙に、お前は逃げろ。

 無理にでも力を引き上げれば……少しは時間を稼げるはずだ」

 イズナは、静かに笑った。

「逃げる必要はないさ」

 その言葉と同時に、何かが宙を舞った。

 アカツキは反射的に腕を伸ばし、それを受け止める。

 掌を開いた瞬間、濃厚な薬草の香りが立ち上った。

 赤と緑が入り混じった、小さな薬丸。

 内部に封じ込められた力が、脈打つように伝わってくる。

「……これは」

 アカツキが目を細める。

「さっき調合していたものだ」

 イズナは淡々と言った。

「炎竜胆の花弁を使ってる。あんたの体に残っている毒素を、一時的に抑える薬だ」

「――っ、それって……!」

 アカツキが息を詰める。

 イズナは口元をわずかに歪めた。

「そういうことだ。一時的になら――

 『上位』の枠を、超えられる」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、アカツキの目が見開かれた。

 驚愕、そしてそれを上回る高揚が、表情を塗り替える。

「……はは」

 短く笑い、一切の迷いもなく、薬丸を口へ放り込んだ。

 喉の奥へ落ちた瞬間、体内で何かが弾ける。

 抑え込まれていた力の一部が、堰を切ったように溢れ出す感覚。

「……やっぱりな」

 アカツキは、低く息を吐いた。

「お前と組んだ判断は、間違ってなかった」

 直後、アカツキも一歩、前へ出た。

 その体から、ラント将軍に引けを取らないほどの原力が、爆発するように噴き上がる。

 空気が震え、地面が低く唸った。

 魔猿軍も魔虎軍も、思わず息を呑む。

 ――あり得ない。

 先日まで、確かに『上位』に留まっていたはずの気配が、一気に跳ね上がっていく。

 39。

 40。

 43。

 46――。

 そのあたりで、ようやく膨張が収まった。

「……ば、馬鹿な……!」

 巨猿が、引き攣った声を上げる。

「そいつは……『上位』だったはずだろ……!?

 なんで、こんな短時間で……!」

 動揺は、隠しようもなかった。

 ラント将軍は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに状況を理解したようだった。

「……なるほどな」

 低く呟き、イズナへと視線を向ける。

「錬金術師か。

 あの人間に、何か“飲ませた”。

 秘薬で無理やり力を引き上げた、というところか。

 それが人間の錬金術師の厄介なところだ」

 一拍置いて、鼻で笑った。

「だがな――そんな力に、価値はねぇ。

 鍛え上げ、積み重ねてきた俺たちの原力とは、根本が違う」

 原力を纏い直し、ラントはゆっくりと構える。

「借り物の力で、A級に並んだつもりになるなよ」

 ラント将軍は腰の大太刀を引き抜いた。

 次の瞬間、地面を踏み砕くように足を打ちつけ、獣じみた気勢とともに跳ぶ。

 一直線――アカツキへと斬りかかる。

 アカツキも大剣を掲げ、原力を刃にまとわせて迎え撃った。

 ――激突。

 二つの巨大な原力が正面からぶつかり合い、衝撃が炸裂する。

 爆風のような衝撃波が庭一帯を薙ぎ払い、周囲にいた兵たちは敵味方の区別もなく、悲鳴を上げながら次々と宙へと吹き飛ばされた。

「……ほう」

 ラント将軍が、わずかに口角を上げる。

「俺の一太刀を受け止めるとはな。やるじゃねぇか、人間」

 返事はない。

 アカツキは冷えた笑みを浮かべ、大剣を引き戻すと、そのまま横薙ぎに振り抜いた。

 金属が噛み合う甲高い音。

 刃と刃がぶつかり、火花が散る。

 二人は間合いを詰めたまま、激しく斬り結んだ。

 一太刀ごとに原力が衝突し、空気が歪む。

 地面が抉れ、石畳が砕け散っていく。

 その光景を見て、巨猿が怒号を上げた。

「兄貴! 俺も行く!」

 援護に駆け出そうとした、その瞬間――

 進路の前に、小さな人影がすっと立ち塞がった。

「……あんたの相手は、俺だ」

 イズナだった。

 額には、淡い緑の光を放つ古の紋章。

 狂嵐の神紋が、静かに浮かび上がっている。

 放たれている原力は、せいぜいレベル18。

 その気配を察した魔猿軍の一部が、嘲るように笑い声を上げる。

「ハッハッハ! 何だあれ。たかがレベル18の人間のガキが、我が軍の副統領に挑むつもりか?」

「身の程知らずにも程があるだろう」

「くくっ……死に急ぐとは、愚かな小僧だ」

 嘲笑が、庭に広がっていく。

「無茶だ……」

 魔虎軍の兵の一人が、思わず声を漏らす。

「い、イズナ様……」

 ミツバも唇を噛みしめ、胸の前で手を握り締めていた。

 恐怖と不安を隠しきれず、目は揺れている。

 巨猿は、一瞬だけ足を止めた。

「……チッ」

 舌打ちし、牙を剥く。

「調子に乗るなよ、ガキが」

 巨大な斧を握った腕が高く振り上がり、剥き出しの殺意が空気を切り裂く。

「せいぜい後悔しながら死ぬがいい。

 余計な首を突っ込んだことをな――」

 言い終わるより早く、重い体躯が一気に間合いを詰め、イズナへと振り下ろされる。

 イズナは一歩も退かず、静かに息を整えた。

 庭の空気が、わずかにざわめく。

 風が――集まり始めていた。

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