34 三つの葉
取引を終え、イズナたちは裏通りを後にした。
炎竜胆は手に入った。
残るは二つ。
――黄昏蝶の粉末。
――怨嗟の樹の樹液。
イズナは歩きながら、頭の中で状況を整理した。
前者なら、薬を扱う店を探せば見つかるだろう。
だが後者は自然採取が難しい。魔獣領域のさらに奥へ行けばあるはずだが――。
「……将軍様に聞いたほうが、早いかもしれませんね」
隣を歩いていたミツバが、控えめに言った。
イズナは足を止め、振り返る。
「なるほど、確かに」
それから、少し間を置いて、穏やかに続けた。
「今日は本当に助かったよ。ミツバのおかげで、欲しかった素材は手に入った」
ミツバは、ぱちりと瞬きをする。
「そ、そんな……私なんて……」
慌てたように視線を伏せ、頬がわずかに朱を帯びる。
そのとき、イズナの視界に小さな店が入った。
街路沿いに並ぶ露店の一つ、アクセサリーの店だ。
簡素な造りだが、細工は丁寧で、光を受けた小物がきらりと輝いている。
イズナは、ふと思いついたように立ち止まる。
「せっかくだし――お礼に、何か買ってあげるよ」
ミツバが、はっと顔を上げる。
「え……?」
目を大きく見開き、信じられないというようにイズナを見る。
「好きなのを選んでいい」
そう言って、軽く顎で店先を示した。
「い、いいん……ですか……?」
戸惑いと驚きが混じった声。
ミツバの尻尾が、緊張したように小さく揺れる。
「もちろん」
「じゃ、じゃあ……」
ミツバはおずおずと一歩前に出る。
視線が、イズナと店先のアクセサリーの間を行ったり来たりしていた。
遠慮と期待が入り混じったその様子に、思わず胸をくすぐられる。
イズナは小さく微笑み、軽く頷いた。
それを見て、ミツバはほっとしたように表情を緩め、店先へ近づく。
並べられた品を一つひとつ眺め、慎重に指先を伸ばしては戻し、また別のものを手に取る。
しばらくして――
彼女が選んだのは、小ぶりなピアスだった。
派手さはない。
細い金具の先に、小さな三つ葉の形をした飾りが揺れている。
葉の中央には、ごく小さな石が嵌め込まれていて、光を受けるたび控えめにきらりと瞬いた。
ミツバはそれを手に取り、少し不安そうに振り返る。
「……イズナ様。これは、どうでしょうか……?」
「うん。似合うと思うよ」
「ほ、本当ですか……? じゃあ……これにします」
イズナは値札をちらりと確認する。
六百ゴル。
決して高価ではないが、作りは丁寧だった。
「これでいいのか? もっと高いのもあるけど」
「……うん。これが、いいです」
小さく、けれど迷いのない頷き。
「分かった。じゃあ、これをください」
「はいよ。六百ゴルだ」
イズナが代金を支払い、ピアスを手渡す。
ミツバは両手でそれを受け取り、まるで壊れ物でも扱うかのように、そっと三つ葉の模様を見つめた。
少しだけ逡巡してから、耳元へ手を伸ばす。
獣耳の先に、そっと留めると、鏡代わりにガラス越しの反射を確かめ――
それから、くるりと振り返った。
「……ど、どうですか……?」
そう言って、ほんの少し胸を張る。
褒めてほしいのを隠しきれていない仕草だった。
「可愛いよ。すごく似合ってる」
即座に返された言葉に、ミツバは一瞬きょとんとし、それから思い出したように表情を明るくする。
「……っ、あ……ありがとうございます……!」
照れたように視線を逸らすが、その尻尾は嬉しさを隠しきれないように、控えめに、けれど確かに左右へ揺れている。
「……初めて、なんです。プレゼントをもらったの」
「そうなのか?」
ミツバは少し迷うように視線を落とし、それから小さく頷く。
「はい……。私、その……ハーフなんです」
「ハーフ……」
人間と魔獣のあいだに生まれた子。
通常の魔獣には不可能だが、極めて高い位階に至った魔獣だけが、人の姿を取り、人間と結ばれる。
そうして生まれたハーフは、どちらの世界でも完全な同族とは見なされない。魔獣にも、人間にも、居場所がない。
ミツバがこれまで向けられてきた視線を思えば、その苦労は想像に難くなかった。
「大丈夫だよ」
イズナは、あっさりと言った。
「そういうの、気にしないから」
そして、ためらいもなくミツバの頭に手を伸ばす。
毛並みの柔らかい小さな頭を、軽く撫でた。
「ミツバはミツバだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「え……?」
ミツバは驚いたように目を見開く。
「ほら、帰るぞ」
それだけ言って、イズナは歩き出した。
夕暮れの光に照らされ、ミツバの頬がほんのりと赤く染まる。
胸の奥にじんわりと広がる温もりを噛みしめながら、彼女は小さく答えた。
「……はい!」
ずっと後ろで静かに付き従っていたアカツキは、これまで年齢に似つかわしくないほど冷静で賢かったイズナの姿を思い返し、珍しく、口元を緩めた。
「……若さゆえ、か」
部屋に戻ると、ミツバは楽しそうな様子で食事の準備に向かった。
イズナは部屋の中で調合を行うため、アカツキに外で警戒に当たるよう指示する。
アカツキは短く頷き、何も言わずに廊下へと出ていった。
――アウレの説明によれば、炎竜胆の根は本番用の素材だが、花弁は今の段階でも使用できるという。
(アカツキの体内に残る毒素を、一時的に抑える薬を作るのじゃ。
それがあれば、いざという時――あやつは『上位』の枠を、一時的に突破できる)
イズナは静かに釜を据え、素材を一つずつ目の前に並べた。
(……始めますよ)




