33 素材取引
イズナたちは裏通りを巡り、露店を一つひとつ覗いていく。
ほとんどの素材は手に入ったが、目当ての三つだけは、なかなか見つからなかった。
「……やっぱり、そう簡単にはいかないか」
イズナが小さく息を吐き、引き返そうとした、ちょうどそのとき。
裏通りのさらに奥。
人通りもまばらな、目立たない隅に、露店とも言えない場所があった。
小柄な魔獣が地面に腰を下ろし、前に一枚の布を敷いているだけの簡素な構えだ。
布の上に置かれていたのは――
燃えるような赤色の花。
花弁は細く伸び、刃のような鋭さを帯びていた。
その下には、土をまとったままの長い根茎が伸びている。
イズナの目が、はっきりと輝いた。
(……間違いない)
思わず足早に近づく。
(炎竜胆の花。しかも、根付きだ)
「すみません」
穏やかに声をかける。
「その植物、いくらだ?」
地面に座っていた小柄な魔獣が、ゆっくりと顔を上げた。
だが、相手が人間の少年だと分かると、興味を失ったように視線を落とし、ぶっきらぼうに告げた。
「……三十万ゴルだ」
値段を釣り上げる様子も、交渉の余地を残す気配もなかった。
(三十万……)
イズナは内心で眉をひそめる。
本来の相場は、せいぜい二十万。明らかに足元を見られている。
それに――そもそも、そんな大金は持っていない。
ようやく見つけた目当ての素材だ。このまま諦めるには、さすがに悔しい……
そのときだった。
これまで後ろで静かにしていたミツバが、そっとイズナの隣へ歩み出る。
周囲に聞こえないよう、耳元で小さく囁いた。
「……イズナ様が錬金術師でしたら……
ポーションを、お持ちではありませんか」
イズナは一瞬、目を瞬かせた。
「ポーション?」
「はい……。この魔獣領域では、とても貴重なんです。
治療用でも、補助用でも……
お金の代わりに、物々交換として使われることもあります……」
なるほど、とイズナの表情がぱっと明るくなる。
「教えてくれて、ありがとう」
そう言って、イズナは懐に手を入れた。
次の瞬間、手のひらに現れたのは、澄み切った液体を湛えた小瓶。
一つではない。二つ、三つと並べられる。
修行の一環として調合を重ねてきた練習用のヒールポーション。
出来は安定しており、数にも余裕がある。
それを見た瞬間、露店の店主である小柄な魔獣の目が、露骨に変わった。
さっきまでの無関心が嘘のように、視線が瓶に釘付けになる。
喉が、わずかに鳴る。
その眼差しには――
値段を吹っかけていたときにはなかった、はっきりとした欲が宿っていた。
イズナは、その変化を見逃さなかった。
「困ったな。手元に三十万ゴルなんて大金はなくてさ。
仕方ない、次の素材を探しに行くか……」
わざと肩をすくめ、踵を返そうとした、その瞬間。
「ま、待てぇ!」
甲高い声が飛んだ。
小柄な魔獣が、慌てて立ち上がる。
「そのヒールポーション! 人間の小僧、それを……見せてくれ!」
(――かかった)
イズナは口元をわずかに歪めた。
「これか?」
何気ない仕草で、小瓶の一本を差し出す。
小柄な魔獣は、ほとんど引ったくるようにそれを受け取った。
瓶を両手で持ち、目を見開いたまま中の液体を凝視する。
「……っ、こ、これは……」
喉が鳴る。
「この純度……こんな高品質のヒールポーション……
小僧、いったいどこで手に入れた……?」
「それは言えないな。
どうだ、このヒールポーションで――その植物と交換しないか?」
一瞬、沈黙が落ちる。
やがて、小柄な魔獣は顔をしかめ、首を横に振った。
「三本……か。それじゃ足りねぇ。
この炎竜胆を採るのに、危うく命を落とすところだったんだ」
「……じゃあ、いくつ欲しい?」
探るように問いかけると、魔獣は即座に言い切った。
「最低でも、七本だ」
強欲とも言える条件。
だが、その声には、もはや先ほどまでの余裕はなかった。
イズナは小瓶に視線を落とす。
「……七本、か」
実際のところ、イズナにとっては七本だろうが十本だろうが、大した違いはなかった。
素材さえあれば、ヒールポーションはいくらでも作れるのだ。
答えを口にしようとした、そのとき――
(イズナ)
不意に、アウレの声が胸の奥に響いた。
(どうかしたんですか、先生?)
(あの黒い紙を手に入れろ)
(黒い紙……?)
イズナは何気ないふりをして視線を巡らせる。
隅の目立たない布の上に、黒ずんだ紙切れが一枚置かれていた。
端は欠け、文字とも模様ともつかない痕跡が残っている。明らかに曰くありげだが、誰の関心も引いていない。
(……あれか)
その沈黙を、店主の小柄な魔獣は別の意味で受け取ったらしい。
さきほどまでの強気がわずかに揺らぎ、言い訳めいた声を出す。
「その炎竜胆はな、滅多に手に入らねぇんだ。
根付きの完品だぞ。七本のヒールポーションなら、安いくらいだ」
イズナは、あえてすぐには答えなかった。
少し考え込むように視線を伏せ、やがて決心したように顔を上げる。
「……七本は出せる」
小柄な魔獣の目が、ぱっと見開かれる。
「その代わり、ちょっとしたおまけをつけてくれ」
「おまけ?」
イズナは露店に並ぶ品々へと視線を走らせ、興味なさそうにいくつか眺めたあと、ふと足元に手を伸ばした。
そして、あの黒い紙をつまみ上げる。
「これも一緒にもらう」
それを見た瞬間、小柄な魔獣の表情が一気に緩んだ。
「……それでいいのか?」
黒い紙は、用途も分からない奇妙な代物だ。
仕入れたはいいが誰も見向きもせず、ただ並べていただけの品だった。
「ああ。それでいい」
一拍ののち、小柄な魔獣は大きく頷いた。
「……交渉成立だ!」




