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蒼の境  作者: 神奈川楓
境界の向こう
30/55

30 門前軋轢

 アカツキが放つ原力圧が、その場を完全に支配した。

 空気そのものが鉛のように重くなり、立っているだけで膝が震える。

 ――例外は、ただ一人。

 精神力で全身を覆っているイズナだけが、何事もないかのようにその場に立っていた。

 周囲の魔獣たちは息を詰め、必死に体勢を保っている。

 守衛の二人もまた、歯を食いしばりながら原力圧に耐えていた。

 どうやら今回は、本当に手を出してはならない相手だったらしい。

 しかし、今さら引き下がるわけにもいかなかった。

 周囲には、すでにこれだけ多くの目が集まっている。

 ここで引けば、外縁町での立場は地に落ちる。

 守衛として、二度と胸を張って歩くことはできない。

 覚悟を決めた二人は、互いに視線を交わし、歯を食いしばった。

「お、お前ら……!」

 震える喉を押さえつけるように、無理やり声を張り上げる。

「……やる気か?俺たちの背後に、誰がいるか――分かってるのか!」

 自分たちが敵わないことは、もう分かっている。

 だからこそ――最後の切り札として、背後の勢力を持ち出すしかなかった。

 アカツキは、一歩、また一歩と前へ進み出た。

 ただそれだけで、守衛の二人は、見えない鎖に絡め取られたかのように全身を震わせる。

 喉が鳴り、指先が意思に反して痙攣した。

「く、来るな……!」

「そ、それ以上近づくな! さもなくば……!」

 必死に張り上げた声には、命乞いに近い焦りが滲み出ていた。

 アカツキの手が、静かに背中へ回る。

 大剣の柄に指がかかった、その瞬間だった。

 遠方から、地を揺らすような音が押し寄せてくる。

 土煙を巻き上げ、複数の影が一気に距離を詰めてきた。

 武装した魔獣たちの軍勢だ。

 それを目にした途端、守衛たちの表情が一変する。

 まるで、救いの手が差し伸べられたかのように。

「は、ははっ……!」

「来たぞ! 俺たちの援軍だ!」

 先ほどまでの怯えは消え、今度は露骨な嘲りが浮かんだ。

「人間ども、これまでだ!もう逃げ場はねぇぞ! ここがお前らの墓場だ!」

 守衛たちは、勝ち誇ったように叫んだ。

 アカツキは目を細め、舞い上がる土煙の奥――その先頭を走る影を、じっと見据える。

「……あれは」

「知ってるのか?」

 イズナが静かに問いかける。

「ああ……まさか、あいつまで出てくるとはな」

 土煙の中から現れたのは、虎の姿をした巨躯の魔獣だった。

 巨大な象を従え、その背に悠然と座す姿は、もはや騎獣というより、玉座に等しい威容だった。

 金属鎧に身を包み、獣でありながら軍を率いる者特有の統率と威厳を漂わせている。

「この町を管理している魔獣の一人だ。

 スミロドン将軍――B級魔獣」

 その名を聞き、イズナは目を細めた。

 B級。

 今の自分でも、切り札を使えば一時的に『上位』に匹敵する戦闘力を発揮できる。

 相手が一体だけなら、どうにか対応できるだろう。

 問題は、あれが単独ではないということだ。

 背後には、明らかに戦闘慣れした魔獣たちが、隊列を保ったまま控えている。

 イズナは、横に立つ男を一瞥した。

 レベル39。

 『上位』の中でも、頂点に限りなく近い実力を持つ男――アカツキがいる。

 二人であれば、魔獣の一団をすべて殲滅することは難しくとも、拮抗することはできる。

 少なくとも、守衛たちが期待しているような“袋叩き”になる展開にはならない。

 イズナが頭の中で戦力を測っている、その間に――

 一列の魔獣たちが、広場の前へと姿を現していた。

 間近で見る先頭の虎の魔獣は、全身を覆う獣毛が刃のように逆立ち、片目には古い傷跡が刻まれている。

 長年、幾多の戦場を潜り抜けてきた者だけが纏う、剥き出しの威圧感。

 それが、その眼差しに、獣の本能として宿っていた。

 ――ミスドロン将軍は、町の入口に広がる広場を上から見下ろす。

「……何があった」

 低く唸るような声が落ち、空気が微かに震えた。

 その声を聞いた瞬間、先ほどまで強気だった虎頭の守衛が、慌てて地に膝をつく。

「将軍様! ご報告いたします!

 この二人の人間が、外縁町のルールを無視し、無断で侵入しようとしました!」

 意図的に歪められた言葉だった。

 ミスドロン将軍は静かに視線を動かす。

 虎の双眸が、まずアカツキを捉えた。

 そこから滲み出る原力は、明らかに並ではない。

 ――自分と、ほぼ同格。

 そして、その視線は隣に立つイズナへと移る。

(……ん?)

 何かが違う。

 薄い膜のようなものが、イズナの体を覆い隠しているように感じられた。

 B級魔獣である自分ですら、その奥を掴めない。

(これは……)

 ミスドロン将軍は、わずかに口元を緩めた。

「……なるほどな。

 私はミスドロン将軍だ。

 人間ども――その話について、何か言い分はあるか」

 その言葉とともに向けられた視線は、肌に突き刺さるほど鋭い。

 その場にいる者の大半は、無意識のうちに視線を伏せ、その時点で気配が押し負けてしまう。

 だが、イズナは一歩も退かなかった。

 胸を張ったまま、虎の双眸を真正面から受け止めている。

 威圧に呑まれる様子はなく、むしろ静かに問いを返した。

「俺はイズナ・アークライトだ。

 ミスドロン将軍、教えてくれ。この町の“ルール”ってのは、どういうものなんだ?」

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