22 嵐の顕現
(……くく、実に清々しい依代だ。骨格も、筋力も、原力の流れも悪くない)
アウレは“自分の”――いや、イズナの両手をゆっくりと開いては握り、その感触を確かめるように眺めた。
そして、血走った瞳でこちらを睨みつけるアカツキへ、アウレはふわりと片手を差し向けた。
「咲け――『絶空のテンペスト』」
その瞬間、北境の空が一変した。
先ほどまでくすんだ色をしていた空が、急速に陰りを帯びていく。
空気が張り詰め、荒れ狂う風が地表を舐めるように走り、やがて大きな渦を描き始めた。
そして――
重く垂れ込めた雲を引き裂き、天から降り注いだのは、巨大な龍が身をくねらせるかのようにうねる、一本の大竜巻だった。
「な、なんだこれは……天階スキルか!?」
「違う……! 属性原力だ。原力だけで、これほどの天地異象を……!」
兵士たちの悲鳴をかき消しながら、竜巻は凄まじい勢いでアカツキへと襲いかかる。
アカツキは険しい表情のまま、残るすべての原力を大剣へと叩き込む。
剣を横一文字に構え、肉体が悲鳴を上げるほどの力で振り抜く。
「――『断天分地・二式――海荒らし』!」
横薙ぎに放たれた巨大な斬撃の波と、天を貫く竜巻が正面から激突した。
轟音。
次の瞬間、凄まじい衝撃波が輪を描いて広がり、カイエンや黒鱗といった『上位』ですら足を奪われ、数十メートルも後方へと吹き飛ばされた。
その激震は、まるで世界そのものを叩き潰すかのように、幾瞬にもわたって戦場を揺さぶり続けた。
やがて天地を揺らしていた乱流が収まり、竜巻と斬撃はともに霧散した。
「……お、おぉ――アカツキさんが……あの化け物みたいな攻撃を止めたぞ!」
誰かの声が、震えを帯びて上がった。
だが、その一瞬の希望は、すぐに踏み潰される。
仮面の奥のアウレは表情一つ変えず、静かに右手を頭上へと掲げた。
その指先が空をなぞった刹那――
ゴォォォォォォォッ!!
先ほどと同規模――いや、それ以上の威圧を放つ十数本の竜巻が、アカツキを取り囲むように一斉に鳴動し、姿を現した。
「……っ!?」
アカツキの顔が、はっきりと凍りつく。
持てるすべてを注ぎ込んで放った最大奥義で、ようやく一本を相殺したに過ぎない。
それが今、十数倍の暴力となって目前に並んでいる。
周囲の者たちは、ただその光景を呆然と見上げるしかない。
これはもはや「戦い」ではない。
神にも等しい存在が一方的に振るう――まさしく「蹂躙」だった。
アカツキは、握りしめていた大剣の重みさえ忘れたかのように、震える唇を動かした。
「……この力、貴様、まさか『神紋』を宿しているのか」
仮面の奥で、アウレがわずかに目を細める。
「ほう……察しがいい。
じゃが、それが分かったところで――“今”のおぬしでは、ワシの一撃を受け止めることは叶わん」
アカツキは天を衝く竜巻の壁を見上げ、力なく息を吐いた。
血のように赤く染まった瞳を、静かに閉じる。
「……そこまで見抜かれているとはな。
どうやら、とんでもない相手を敵に回しちまったらしい。
俺の負けだ。……殺せ」
その覚悟を告げる声を受けて、アウレは掲げていた手をゆっくりと下ろした。
それだけで、天地を揺るがしていた十数本の竜巻は、嘘のように消え失せ、戦場には凪のような静けさが戻る。
「去るがいい。今のおぬしは、手を下す価値はない」
命を拾ったはずのアカツキの顔に、安堵はなかった。
震える拳を固く握りしめ、屈辱と悔しさに身を焼かれながら、アカツキは仮面の人物を睨みつける。
「……今日、俺を逃がしたことを、必ず後悔させてやる」
アウレは鼻で笑った。
「ふん。やれるものなら、やってみるがいい」
その言葉を背に、アカツキは重剣を肩に担ぎ直し、振り返ることなく雪原の彼方へと歩き出した。
「アカツキ殿! どこへ行くつもりだ!?」
カイエン男爵の悲鳴じみた叫びに、アカツキは一度だけ足を止める。だが、その背中はひどく冷ややかだった。
「……俺は、あいつには勝てん。
約束は果たせなかった。報酬の話も、なかったことにしておけ」
吐き捨てるように言い残し、彼は再び歩き出す。
やがて、その背中は銀色の世界へと溶けて消えた。
「待て! アカツキ! 貴様、私を見捨てて逃げるというのか!?」
カイエンの怒号も、虚しく吹き荒ぶ風にかき消される。
頼みの綱だった最強の戦士が去り、ヴィミリアン家の兵士たちは完全に戦意を失っていた。
恐怖に縛られた視線が、呆然と立ち尽くす主――カイエンへと集まる。
衆目に晒され、逃げ場を失ったカイエンは、歯をガチガチと鳴らしながらアウレを仰ぎ見た。
「れ……錬金術師殿。私は王都の貴族だ。王国内部のいざこざに、部外者が口を出すのは感心せんな。
さもなくば……これはアストラ王国全体への敵対行為と見なされるぞ!
だが、もし今ここで手を引いてくれるのなら――
我がヴィミリアン家、いや、王国を挙げて、貴殿を特別な上客として遇しよう。」
勝ち目がないと悟ったカイエンは、王国の威光を盾に、威嚇と懐柔をないまぜにした醜い言葉を吐き出した。
だが、アウレはただ冷ややかに笑うだけだった。
「……自ら去るか。それとも、ワシが送ってやろうか」
その一言に、交渉の余地は微塵もない。
面目を完膚なきまでに叩き潰されたカイエンの顔は、屈辱で土気色に染まる。
だが、この怪物の逆鱗に触れれば、ここで命が終わる――それだけは理解していた。
彼は煮えたぎる怒りを必死に飲み込み、打たれた犬のような目でアウレとカルスを睨みつける。
「……覚えていろ、アークライト。
撤退だ! 全軍、引けッ!!」
吐き捨てるように命じると、カイエンは逃げるように馬車へと転がり込んだ。
ヴィミリアン家の軍勢は、来たときの威圧感が嘘のように、這う這うの体で北境の雪原へと消えていった。




