表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼の境  作者: 神奈川楓
第一章 蒼の始まり
21/55

21 父の危機

 負傷した父の姿を目の当たりにし、イズナは胸を締めつけられるような思いに駆られた。

 これほどまでに、自分の無力さを痛感したことはない。

(……もっと、もっと強くならなきゃ。家族を守るために、本当の強者に――)

 少年は仮面の下で歯を食いしばり、固く拳を握りしめて静かに誓いを立てた。

 戦場を覆う沈黙は数分間続いたが、それを破って最初に立ち上がったのはカルスだった。口元の血を拭い、顔色は蒼白ながらも、その瞳には一切の退きがない。

「さすがカルス様だ!」

「我らが主君に栄光あれ!」

 アークライト家の面々から歓声が上がり、士気は一気に跳ね上がる。

 だが、その喧騒の裏で、窓の陰に身を潜めるイズナの表情はますます険しくなっていた。研ぎ澄まされた精神力が、不吉な違和感を捉えていたのだ。

「……おかしい。あのアカツキ、何かが変だ」

「……あれは……」

 アウレの声が重なった刹那、空気が一変した。

 アカツキの周囲で、原力が爆発するように膨れ上がり始めたのだ。その圧はレベル39の限界を軽々と超え、さらに上の領域――レベル40へと、無理やり扉をこじ開けようとしているかのようだった。

 だが、その跳ね上がる力を、目に見えぬ“何か”が強引に繋ぎ止め、抑え込んでいる。原力の不自然なうねりが空間を歪ませ、耳を刺すような不協和音を撒き散らす。

 立ち上がったアカツキの瞳は、もはや無機質な黒ではなかった。

 狂気に染まった、血のような赤がそこに宿っている。

 アークライト家の歓声は、突如として凍りついた。

 その沈黙を踏み砕くように、ヴィミリアン家の兵士たちが割れんばかりの勝鬨を上げる。

 「まずい……おぬしの父が危ない」

 アウレの声に、イズナは窓枠を指が白くなるほど強く握りしめた。

 「先生……! 力を引き上げる秘薬や秘法はありませんか……!?

 この命に代えても構いません……!」

 必死の訴えに、アウレはわずかに沈黙する。

 「……なくはない。じゃが……問うぞ、ワシを信じるか?」


 窓の外では、血塗られた殺戮の獣と化したアカツキが、猛然と大剣を振るっていた。

 先ほどまでの拮抗はもはやない。一撃ごとに大気が爆ぜ、カルスの防壁を、精神を、肉体を、そして原力までも無慈悲に削り取っていく。

 そして――ついに、その瞬間が訪れる。

 「……終わりだ」

 アカツキの喉から、地鳴りのような低い声が漏れた。

 瓦礫の中に叩き伏せられ、身動きの取れぬカルスに向けて、アカツキは巨大な黒鉄の大剣を天高く掲げ、一気に振り下ろす。

 ドォォォォォンッ!!

 落雷のような轟音とともに爆風が戦場を蹂躙した。砕けた礫が周囲の兵士を打ち、濃い砂塵が視界を覆い尽くす。

 「ハハハッ! カルスは死んだ! 者どもッ! 反逆者を、塵ひとつ残さず踏み潰せ!」

 カイエンの狂喜に満ちた勝ち誇る声が響き渡る。

 しかし――

 風が吹き抜け、砂塵がゆっくりと引いていく。

 その光景を目にした者たちは、誰もが息を呑んだ。

 そこには、横たわるカルスの目前で、巨大な大剣の刃を“片手”で真っ向から受け止めている一人の人物の姿があった。

 深く被った漆黒の仮面。

 風にたなびく厚手の黒いローブ。

 その異様でありながら圧倒的な威容を放つ人物の出現に、戦場は一瞬で静まり返った。

「な……あ、あれは、錬金術師アウレ様だ!」

「まさか……あの重剣の一撃を、片手で受け止めたというのか……!?」

 どよめきと戦慄が、ヴィミリアン家の兵士たちの間を走る。

 カイエンでさえ、「馬鹿な……」と顔を引きつらせ、信じがたい光景を凝視していた。

 瓦礫の中に倒れていたカルスもまた、現実とは思えぬものを見るように、目の前の背中を見つめる。

「……た、助かった。恩に、着る……」

 アカツキは大剣を引き戻し、数メートル後方へ跳び退いた。

 血のように赤く染まったその瞳が、猛獣の警戒心を宿してローブの人物を射抜く。

 アウレは振り返ることなく、静かに告げた。

「……下がってよい。ここからはワシが引き受けよう」

 そう言ってアウレが軽く片手を振ると、穏やかでありながら抗いがたい風がカルスを包み込み、その身体を後方の安全な陣地へと運び去った。

 そして仮面の奥で、まるで永劫の嵐を宿すかのような緑の瞳が、アカツキを捉える。


 本の一分前――

 屋敷の窓裏で。

「……ワシを信じるか?」

「はい。……信じます」

「ならば、その体をワシに預けよ。……ワシが、おぬしの身体を使って戦う」

 イズナは息を呑んだ。

 アウレはあくまで“魂の欠片”に過ぎない。だが、もしそこにわずかでも悪意があれば――肉体を明け渡した瞬間、イズナの意識を押し潰し、その身体ごと奪い取ることもできる。

 アウレはその危険性を、包み隠さず淡々と告げた。

 イズナは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。

 あまりにも危険な賭けだ。

 だが再び目を開いたとき、その瞳に迷いはなかった。

「……お願いします、アウレ先生。

 俺の命、あなたに預けます」

 こうして、今戦場に立っているのは――

 イズナの肉体を器として、この世界に顕現した、伝説の錬金術師アウレ本人である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ