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蒼の境  作者: 神奈川楓
第一章 蒼の始まり
20/55

20 断天分地

 カイエンは、どこからともなく抜き放った――その華奢な体躯には不釣り合いな細剣レイピアで、黒鱗の長槍を迎え撃った。

 刹那――

 カァンッ!

 澄んだ金属音が響き、必殺のはずの黒い一突きが、まるで羽虫を払うかのように軽々と弾き飛ばされる。

「へぇ……貴族にしちゃ、やるじゃねえか」

 黒鱗の口元に、わずかな驚愕が浮かんだ。

「傭兵ごときが、この私に勝てるとでも?」

 カイエンは細剣を構えたまま、黒鱗を射抜くように睨みつける。

 その視線には、隠しようもない殺意が滲んでいる。

「やってみねぇと……わからねぇだろ――」

 黒鱗が低く言い切ると同時に、地を蹴った。

 二人の距離が一瞬で詰まり、刹那――

 鋼と鋼が激しく噛み合う。

 細剣と長槍が交錯し、火花が散る。

 互いの原力がぶつかり合い、空気そのものが軋むような音を立てた。

 三か所で繰り広げられる『上位スペリオル』同士の激突は、一瞬にして白熱し、屋敷の前を原力と鋼が火花を散らす地獄絵図へと変える。

 周囲の兵士や傭兵たちは、誰一人として動けない。

 ただ息を殺し、戦況を見つめるしかなかった。

 ――この六人の戦いが、戦場全体の勝敗を決める。

 それを、ここにいる全員が理解している。今この戦いに割って入れば、命を落とすだけだ。


 屋敷の窓からその光景を見据えるイズナは、険しい表情でつぶやいた。

「……あのカイエン男爵、見た目によらず相当強いな。気配からしてレベル36か。黒鱗さんはレベル34……これは、かなり手強い敵だ」

 一般に、レベル30を超えた『上位』同士では、わずか一つのレベル差が致命的な壁になる。

 特別なスキルや宝具でもない限り、格上の相手を打ち破るのは至難の業だ。

 イズナは横目でバルドの戦場を捉えた。

「バルドの方は……レベル30に上がったばかりか。対するこちらの傭兵は31。ここは、なんとか拮抗しているな。問題は――」

 そう判断した瞬間、彼の注意は、最も激しく原力が荒れ狂う中心部へと引き寄せられた。

 カルスとアカツキ。レベル39同士の衝突は、一撃交わすごとに大気を震わせ、地面を爆ぜさせるほどの衝撃波を撒き散らしていた。

 その圧倒的な武威に、周囲の兵士たちは近づくことすらできず、ただ心臓を掴まれたように立ち尽くすのみだ。

「……あれが“重剣のアカツキ”か。なんて重い原力圧だ」

 激突ののち、カルスとアカツキは弾かれたように距離を取った。

 刹那、二人の周囲の空気が凍りついたかのように静まり返り、直後、狂暴な原力が渦を巻き始める。

 「な、なんだ……このプレッシャーは……!」

 周囲の兵士たちが悲鳴に近い声を上げた。

 交戦していたカイエンや黒鱗たちでさえ、思わず動きを止め、戦慄の源へと視線を向ける。

 カルスは両の掌を合わせ、全身の原力をその一点へと凝縮させていった。

 対するアカツキは、天を衝くほど大剣を掲げ、溢れ出す原力をその黒鉄の刃へと叩き込む。

「あれは……カルス様の必殺技だ!」

「まさか……地階スキルか……!?」

「あの大剣使いも……とんでもないぞ……!」

 スキルには、その威力と希少性によって

「霊・天・地・人」という四つの階級が存在する。

 最下位が人階、そして最上位が霊階。

 市販されているスキルブックのほとんどは人階に過ぎず、地階ともなれば、大勢力や名門が代々受け継ぐ門外不出の奥義。

 天階は世界の頂点に立つ者だけが扱う絶技であり、霊階に至っては、もはや神話や伝説の領域である。

 カルスが叫びとともに、大地へと拳を叩きつける。

「喰らえ……!『氷狼・万雷陣』!」

 大地が轟音を立てて震え、積もった雪が意思を持つかのように跳ね上がる。

 瞬時に、無数の巨大な雪狼へと姿を変え、凄まじい遠吠えを上げながら、四方八方からアカツキへと殺到した。

 先頭の一体が牙を剥き、アカツキの喉元へと飛びかかる――その瞬間。

 大剣を握る彼の腕が、筋肉が悲鳴を上げるほどの力で振り下ろされる。

「――『断天分地』」

 轟音。

 空が裂け、地が割れる。

 数十メートルにも及ぶ大剣の虚影が振り下ろされ、天地そのものが断ち割られたかのような錯覚を生んだ。

 正面から迫る雪狼は真っ二つに両断され、荒れ狂う剣気は後続の群れをことごとく粉砕しながら、一直線にカルスへと突き進む。

 しかし、カルスは焦ることなく、地面に拳を当てたまま低く鋭い声を響かせた。

「――『氷薔薇』」

 その瞬間、周囲の地面から無数の氷の蔦が激しく噴き上がる。

 それらはカルスを包み込むように幾重にも絡み合い、戦場の中央に一輪の巨大な“氷の薔薇”を咲かせた。

 ドォォォォォンッ!!

 『断天分地』の虚影が、その氷薔薇へと重く叩きつけられる。

 無形の衝撃波が嵐のように吹き荒れ、周囲の兵士や傭兵たちを木の葉のように吹き飛ばした。

 耳を裂く轟音とともに、近隣の建物の窓ガラスが次々と砕け散る。

 二階の窓裏にいたイズナでさえ、咄嗟に壁の陰へと身を投げ出し、余波をやり過ごしたほどだった。

 やがて、大剣の虚影が薄れ、光が引いていく。

 耐え切ったかに見えた氷薔薇も、その表面に無数の亀裂を走らせ、ついに限界を迎える。

 次の瞬間、氷は美しくも残酷な音を立てながら、無数の欠片となって砕け散った。

 戦場を、死のような静寂が覆う。

 直後――

「……がはっ!」

「……っ!」

 二人はほぼ同時に膝を突き、鮮血を雪の上に吐き散らした。

 カルスは、あの一撃を完全に防ぎ切れてはいなかった。

 アカツキもまた、正面以外から殺到した雪狼の猛攻を受け、その強靭な肉体を幾筋も切り裂かれている。

 レベル39の『上位』。

 その二人が放った“地階スキル”の激突は、凄絶な相打ちという結末をもたらしていた。

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