14 決意の潮
「貴族に戻る……?
一度剥奪された地位を、どうやって取り戻すというのですか」
イズナは冷静に問い返した。
彼自身、虚飾に満ちた貴族という肩書きに執着はない。
だが、先ほどのクロードのような輩から家族を守るためには、
ときに“権威”という名の盾が必要になることも、痛感していた。
黒鱗は、イズナがわずかに興味を示したのを見て取り、身を乗り出す。
「アストラ王国は、何よりも『新たな才』を重んじる国だ。
だからこそ、三年に一度、若き才能を掘り起こすための選抜大会――
『シード・トーナメント』が開催される。
二十歳以下であれば、出自を問わず、誰でも参加できる」
黒鱗は一度言葉を切り、イズナの反応を確かめるように見つめた。
「もし平民がそこで優勝すれば、特例としてシュバリエの爵位が授与される。
その家族には、封地までもが与えられる……。
ちなみに、次の開催は二年後。舞台は王都の闘技場だ」
二年後――
そのとき、イズナは十四歳。
参加者の中では、最年少の部類に入るだろう。
「二年でどこまで伸ばせるかは未知数だが……今の君なら、夢物語ではない。
どうだ、王都で一暴れしてみる気はあるか?」
黒鱗の言葉に、カルスが苦渋に満ちた表情で口を開いた。
「……イズナの原力が回復したのは奇跡だ。
だが、数年にわたって死線を越えてきた練達者たちと肩を並べるには、あまりにも時間が足りん。
今回は見送るべきだ。目標にするなら、五年後……あるいは、その次を目指せばいい」
父の懸念はもっともだった。
イズナは黒鱗を静かに見据え、別の角度から問いを投げかける。
「……お聞きしたいのですが。前回の優勝者は、どんな人物だったのですか?」
「前回か。一年前の大会だな。
……確か、ウェントワース家の小僧が優勝したな。
当時ですでに、レベル26の『正位』に達していた。
その後、大司教の目に留まり、今は教会で修行に励んでいると聞く。
もし君がそこで名を上げれば、どこぞの大勢力に引き抜かれるかもしれんぞ。がははは!」
黒鱗は豪快に笑った。
だが、イズナの思考は、すでに別の場所へと向かっていた。
(ウェントワース家の小僧……シグルドの兄のことか。
となれば、次の大会には、シグルド本人も出てくるだろう)
自分に『原力凋零』という禁忌の薬を盛り、力を奪った卑劣な男。
その顔を思い出すだけで、イズナの拳は強く握り締められた。
あの自負に満ちたシグルドを、王国中の人々が見守る大舞台で叩きのめすことができれば、奴は狂わんばかりの屈辱を味わうはずだ。
イズナは、まっすぐにカルスを見据えた。
「父様。……二年後の『シード・トーナメント』、僕に出場させてください」
「しかし、イズナ……」
カルスはなおも制止しようとした。
だが、息子の瞳の奥に宿る、年齢に見合わぬ――
静かで、それでいて燃えるように強い光を見た瞬間、言葉を飲み込む。
そこにあったのは、無謀な子供の強がりではない。
自らの足で運命を切り拓こうとする、一人の戦士の覚悟だった。
「……分かった。
そこまで言うのなら、二年後の選抜戦を目指して励むがいい。
ただし、これだけは言っておく。
優勝だけを目的にする必要はない。お前には、まだ先がある」
「はい……ありがとうございます、父様」
カルスの言葉に、イズナは深く頷いた。
「がはは、決まりだな!
カルス、お前の息子は……俺たちが思っている以上の化け物になるかもしれんぞ」
黒鱗が豪快に机を叩き、イズナの決断を歓迎した。
目標が定まった以上、残された二年間で、どれだけ実力を伸ばせるかがすべてだ。
しかし、その前に――片付けなければならない火種がある。
一か月後。
新たな領主として、クロードの父――カイエン・ヴィミリアンが、この北境へ乗り込んでくる。
あのクロードの親だ。財務大臣派の息がかかっているのは明白で、アークライト家への弾圧は目に見えている。
それに、あの尊大な男が報復に来ることは織り込み済みだ。
もっとも、イズナには――最初から考えがある。
自室に戻ると、イズナは慎重にドアを閉め、鍵をかける。
「……いるんでしょ、アウレ」
空間がわずかに歪み、銀髪の半透明な虚影が、ふわりと姿を現した。
イズナは意を決したように、アウレへ深く頭を下げる。
「錬金術を教えてください。お願いします」
家族を守るための、確実な力。
それは、武力だけではない。
「錬金術師」――
その存在は希少であり、高度な技術を持つ者は国宝級の扱いを受ける。
たかが男爵どころか、国王ですら、一流の錬金術師を敵に回すことは避ける。
その権威と知恵があれば、アークライト家を守る、何よりも強固な盾となるはずだ。
頭を下げたままのイズナを見下ろし、アウレの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
驚きはない。
むしろ――「ようやく、その言葉を口にしたか」とでも言いたげな、すべてを見透かしたような表情だった。
「……くく、いい覚悟じゃ。
武力だけでは、真に賢しい敵には勝てんからな」
アウレはイズナの周囲を漂いながら、その瞳を妖しく光らせる。
「よかろう。ワシが直々に、理を叩き込んでやる。
ただし――
ワシの錬金術は、この時代の人間が弄んでいるような『おままごと』とは次元が違うぞ。
死ぬ気でついてくるがよい」




