11 蒼の原力
イズナから放たれる原力を肌で感じ、従者の背筋を冷たい汗が伝った。
だが――ここで引き下がるわけにはいかない。
衆人環視の前で恥をさらせば、主であるクロードから待っているのは、容赦のない折檻だ。
「てりゃ――!」
恐怖を振り払うように、従者は一声叫び、腰の剣を引き抜いた。
原力を纏わせた白刃が、空気を切り裂き、一直線にイズナの胸元へと叩きつけられる。
――だが。
イズナは微動だにしなかった。
避ける素振りすら見せず、ただ冷え切った瞳で、迫り来る剣筋を見据えている。
「イズナ様!」
「お兄様!」
使用人とエリーゼの悲鳴が重なった。
しかし、誰もが予想した凄惨な結末は訪れなかった。
鈍い音が響く。
剣は、イズナに触れる寸前で、ぴたりと止まっていた。
イズナは、わずか二本の指で――
全力で振り下ろされたはずの刃を、がっしりと挟み止めていた。
「な……っ!?」
従者の顔が、驚愕に引きつる。
渾身の一撃だった。
たとえ自分よりレベルの高い相手でも、これほど無造作に、指先だけで受け止められるはずがない。
反応する暇もなく――
イズナの指先から、蒼の原力が溢れ出し、電光石火の速さで白刃を侵食し、瞬く間に従者の腕へと広がる。
腕の表面には薄い霜が張りつき、凍りつくような冷気が感覚を奪った。
「――っ!」
剣を手放そうとするが、凍りついた手は柄に貼りついたまま、微動だにしない。
「こ、これは……属性原力か!?」
クロードの背後に控えていた別の従者が、震える声で叫んだ。
属性原力――
それは、生まれつき、あるいは変異や特別な契機によって原力に属性が宿ることで発現する、極めて希少な特性である。
当然、かつてのイズナには、そのような力はなかった。
ならば理由は一つ。原力を修復する過程で、彼の体に何らかの変化が起きたのだ。
イズナが指先に、ほんのわずか力を込める。
次の瞬間――
「パキィン!」
乾いた破裂音とともに、剣はあっけなく真っ二つに折れた。
驚愕に目を見開いた従者へ、間髪入れずイズナの拳が突き出される。
蒼の原力をまとった一撃は、重戦車が突進するかのような圧力を伴い、真正面から胸元を打ち抜いた。
「がはっ――!」
鮮烈な血が従者の口から噴き出し、白一色の雪面を赤く染めた。
その身体は木の葉のように宙を舞い、数十メートル先まで吹き飛ばされた末、広場の端にある石壁を突き破って、瓦礫の中へと沈んでいった。
周囲から、どよめきと驚愕の声が一斉に上がった。
いくらレベル17とはいえ、同じ「見習」ランクであるレベル16の者を、これほど一方的に叩き伏せるなど、常識では考えられない。
イズナは、瓦礫の山と化した従者に一瞬だけ視線を向けると、すぐに興味を失ったように目を逸らした。
そしてそのまま、顔を引きつらせているクロードへと視線を向ける。
――元凶は、こいつだ。
従者など、主の顔色を窺って動いただけの駒に過ぎない。
責めるべき相手は、最初から目の前の貴族の青年だった。
クロードは、その視線を正面から受け止める。
一瞬の沈黙ののち、口元を歪め、陰湿な笑みを浮かべた。
「……なるほど。さすがは今年『覚醒の儀』でトップに立った天才様、多少はやるようだな。だが――」
目を細め、吐き捨てる。
「その程度で、この俺に勝てると思っているのなら、身の程知らずもいいところだ」
次の瞬間。
クロードの体から、これまでとは明らかに違う原力が噴き上がった。
広場の空気が一気に重くなり、周囲の者たちが思わず息を呑む。
その威圧は――レベル19。
「見習」の域をほぼ踏み越え、真の強者として認められる「正位」に、片足を踏み入れる寸前の力だった。
二人のレベル差は2。通常であれば、その差は埋めがたい壁となるはずだった。
しかし、クロードの圧倒的な力を前にしても、イズナの表情には動揺も怯えも微塵もない。むしろ彼は無造作に片手を差し出し、「来い」とでも言いたげに挑発する仕草を見せた。
「……調子に乗りやがって!」
怒りが頂点に達したクロードは、爆発するような原力を足元に集中させ、一気に踏み込む。
次の瞬間、その姿はイズナの目前へと滑り込んでいた。
原力を纏った拳が、正面からイズナの顔面めがけて叩き込まれる。
だが、イズナは一歩も退かなかった。
蒼の原力を拳へ凝縮し、迎え撃つようにクロードの拳とぶつける。
――ドォォォォンッ!!
炸裂した衝撃波が周囲に突風を巻き起こし、人々は思わず数歩後ずさる。 空気が悲鳴を上げる中、二人の体は同時に吹き飛び、地面を滑って停止した。
着地し、体勢を立て直したクロードが、信じられないといった表情で呟く。
「……な、何だと……!?」
レベル19の全力の一撃。 それを受け止めただけでなく、互角に打ち合った。
いくら属性原力を持つとはいえ――レベル17に、できるはずがない。
周囲の者やクロードの従者たちからも、驚きと戸惑いが入り混じった吐息が漏れた。
格下のはずの相手と互角に打ち合ってしまった事実は、クロードの自尊心を激しく抉った。
その顔が屈辱に歪み、やがて冷笑が浮かぶ。
クロードは、ゆっくりと右手を高く掲げた。
「……勘違いするなよ、小僧」
右手に力を込めて握りしめた瞬間、周囲に転がっていた鋭い瓦礫や砕石がガタガタと震え出す。
人々が息を呑む中、それらはふわりと宙へ浮かび上がった。
「スキルだ! あいつ、スキルを使えるのか!?
イズナ様、危ない!」
アークライト家の使用人の一人が、喉を震わせて叫ぶ。
「スキル」――
原力を特定の法則で編み上げ、常識を超えた力を引き出す戦闘術だ。
原力を身体に纏わせるだけの戦い方は、あくまで基礎に過ぎない。
本来なら、レベル20以上の「正位」に達した者だけが、スキルブックや熟練者の指導を受け、ようやく扱える――一段上の技。
しかし、目の前のクロードはレベル19でありながら、それを使いこなしている。
どうやら、口先だけの男ではないらしい。
クロードは狂気じみた笑みを浮かべ、叫んだ。
「自分の無力さを呪いながら死ね、イズナ・アークライト!」




