恋ー回復していく心
自分で自分の事を愛することができなかったわたしは、性的逸脱行為をする自分を抑えることができなかった。たとえそれが行きずりの男であっても、抱きしめられることに安心感をもとめていたのだ。
大学一年の秋ごろになると、わたしの体は限界にたっした。この頃には、見た目にも体調の悪さがうかがい知れるほどになり、通学の為に利用する駅でしゃがみこんでいて、心配した駅員に声をかけられることも多かった。ある日、いつもどおり電車から降りて階段をくだろうとすると、ふとしたはずみで足を滑らせてしまった。あっ、と思うのもつかの間、わたしは階段の一番上から一番したまで転がり落ちてしまった。
「大丈夫ですか?」
顔をあげると、端正な顔立ちをした男性が、心配した様子で覗き込んできた。スカートでをはいていたらパンツ丸見えだったなこりゃ、Gパンをはいてきて正解だったよと思いながら、
「ええ、大丈夫です」
と、なんとか答えた。
「実は、以前からあなたのこと気になっていたんです」
「以前から・・・・・?」
わたしのどこかがそんなにも変だというのだろうか?
「ええ、過呼吸症候群かなにかで苦しんでいませんでしたか? ほら、今見ても、手にチアノーゼが・・・・」
へぇぇ、そんなこと、ちょっとすれ違ったくらいでわかるものなんだ。そう思いながらうつむいていると、
「僕、こう見えても医者なんです。もし協力できることがあれば、何でも言ってください。どうしてもあなたのことほっておけないんです。あなたのことをほっておけない僕のためのボランティアだとでも思って、ちょっとお茶でも飲んでいきませんか? いや、下心とかはないですよ? 僕はこれでも聖職ですから法に触れることはしません」
なんだろう、不思議な人だな。そう思いながらも、悪い気はしなかった。わたしはこれまでの間にも、薬で意識を失っている時に男におかしなことをされているだろうし、輪姦されたりもしている。それなのに、こんなよさそうな人のお誘いを断るのは何か間違っている。そう思い、その医者についていくことにした。
「わたし、医者なんて信用できないと思っていました。あなたみたいな優しい感じの人もいるんですね」
運ばれてきた紅茶をスプーンでかき回しながらわたしは言った。
「これまで何科に罹られたんですか?」
「え?」
端正な顔立ちをした医者は、すぐさま、自分がぶしつけな質問をした事に気がついた様子だった。
「気を悪くされたのでしたら、謝ります。単刀直入に申し上げますと、わたしはこう見えても精神科医なんです。年齢はまだ三十二歳ですが、臨床経験はすこしならあります」
「せ・・・精神科?」
わたしにとって、もっとも嫌な思い出の残る診療科の名前だった。精神科医は、入り口の看板だけを見たら、どんなに苦しんでいるこころの病の人でも簡単に治してしまえるような印象を植え付けておきながら、実際、わらをもすがる思いでやってくる患者に対して、平気で払いのけるような態度をとるのだった。
「精神科医は嫌いですか?」
「そんなことないですけど」
「僕でよければ、あなたの時間が空いている時に、ほんの少しでもいいから、こうやって時間をとってもらいたいのです。あなたのことを僕はもっと知りたい」
あなたのことをもっと知りたいだなんて、まぁ! それは恋っていうヤツかしら? わたしもすてたもんじゃなかったわ。生きていてよかった。あのとき死んでたら、こんなにハンサムな医者とデートすることもなかったわと能天気に喜ぶのもつかの間、医者はゆっくりと自分の話しをしだした。
「僕、こう見えても、鬱病患者なんです。精神科医なのにおかしいって思いませんか? 今は、比較的安定しているのでこうやって外出したりあなたのような若くて綺麗なお嬢さんとお話をしたりも出来ますが、病中は部屋にこもりきりで仕事は一切しませんし、身の回りの世話はすべて家族にまかせています。発病したのは、精神科に勤務しだしてから三年目の秋でした。そのころの自分と今のあなたがどうしても重なって見えて・・・・」
バン!
と机をたたくと、わたしは喫茶店を背にして自宅へ急いだ。なんだ! 恋だと思ったのに、彼は、自分のダークな世界を共有する仲間としてのわたしを求めていたんだわ。
そう思うと悔しかった。わたしの人生はどこにたどりついてもまるで駄目じゃないか。そう考えると無性に腹が立ったのだ。
とうとう恋の相手に出会ってしまった。しかし、それはわたしと同じように生まれ育った家族で苦しむひとりの弱い男だった。




