恋
行きずりの男だと思っていたら、本物の精神科医だった。怖いと思っていた医者はとてもやさしい性格をしていた。主人公は医者に恋をした。
それから、その若い医者の電話番号を教えてもらい、寂しくなったらいつでも電話をするように言われた。わたしは毎週木曜日の晩に、時間を決めて電話をかけることにした。あくまでも自分から電話をするだけで、彼からわたしに電話が来ることはなかった。
「やっぱり、僕と会った後も、寂しさはかわらないのかな?」
「それって恋してるかどうかっていう質問なんでしょうか、先生」
わたしはからかい口調で質問した。医者が言っているのは、自己分析が進んだ後でもやはり寂しさはうまく昇華されないのかということだ。
「その寂しさは、もう、なんともならないんだろうね・・・・」
彼はしみしみとした口調でそう言い、これ以上にないくらい深いため息をついた。
彼の口から寂しいという言葉を聞くたびに、何故か、自分の中のなにかが動き始めていることに気がついた。わたしは自分自身で自分の寂しさを自覚する事がなかっただけで、異様なほどのさみしさを既に味わいつくしていた。そしてその寂しさを解消する為に、だれかれ構わず好みの顔の男と交わったが、そうすることによってさらにさらに寂しさは激しさを増すことになったのだった。
「先生になら、話しても構わないかな」
ふと、わたしは切り出した。
「何をかな?」
実は・・・・。
わたしは、ためらうことなく話し始めた。行きずりの男との愛のないセックス。抱きしめられることだけを求めてさまよった夜の街。何の罪悪感も感じずに登録した出会い系サイト。しかし、寂しさを埋め合わせたかっただけなのに、たくさんの男と寝れば寝るほどわたしの孤独は尖った音を立てて鳴った。
「こんな娘、嫌いだと思う?」
わたしは、医者を問いつめた。医者はなにも答えなかった。精神科の医者にとって、こういう女の子が世界のいたるところにありふれすぎるくらいありふれていることくらい、わかっていただろうし、驚くことなどあるわけもなかったのだ。そんなことはわかっていたけれど、彼が女としてわたしを求めていたら、傷ついたり怒ったり、そういうリアクションはあるはずだった。
案の定、医者は何も答えなかった。ただ、だまってわたしの話に耳を傾けていた。
クリスマスのシーズンになると、わたしは医者の住むマンションにあがりこもうと思うようになった。もう十八だし、自分自身を彼にプレゼントしたいというしゃれた気持ちもあった。
「やめてくれよ。キミはまだ未成年じゃないか。ボクは未成年に手を出すような趣味なんかないから」
と、彼はあきらかさまにわたしを拒絶した。それでもわたしは、彼のマンションにあがりこむことをあきらめなかった。
そして、忘れもしないクリスマスの前々日。わたしは彼のマンションにあげてもらうチャンスを手に入れた。さすが医者なだけあって、三つも部屋があるマンションにたったの一人で暮らしていた。ここが田舎だとはいえ、家賃もきっと高いに違いない。
応接間に通されると、彼は普段どおり落ち着いた感じで話した。そして、大学でのことや彼の仕事の事、実家に帰りたくないという話、アルバイトをしたいけど、体調がかんばしくないという話を延々とした。
彼は、わたしを抱いた何人もの男たちと違って、話している最中勃起もしていなければ、わたしの胸をまさぐったりもしなかった。そんなにも女性として魅力がないのかとイラつくと、やっぱり彼が諭すとおり、マンションにあがりこんだりするんじゃなかったと深く反省した。
ふとした弾みで、わたしの頭にアイディアが浮かんだ。もし、ここで服を脱いでみたら、医者はわたしをどうするんだろう。ばかだと思って笑うだろうか? それとも自分をそこまで恋しく思うかわいそうなわたしを深く深く哀れむだろうか。
そしてわたしは服を脱いだ。長い髪に隠された未熟な乳房と白いおなかのふくらみと、手入れの行き届いていない陰毛や太ももを順番にあらわにすると、彼はだまってそれを見ているだけだった。
長い、長い、沈黙がはしった。
「空しくならないか? そんなことして」
沈黙を破るように彼は一言だけ言った。わたしは泣きたいのをこらえながら、脱いだのと逆の順番で服を着なおした。
「ボクは医者だから、キミくらい若い年頃の女の子の裸なんか見慣れてるよ。きっとキミの陰部を見ても、ボクは興奮したりしないと思うな」
表情を変えずに医者はこう言った。
「寝てしまうと、キミの精神が見えなくなるんだよ。ボクにはそれが痛い・・・」
わたしにとっては文字通りの敗北だった。どうだっていい何人もの男には狂うように求められ、本当に愛している人には拒絶されるこの切なさは一体どうやって解決したらいいのだろう。それとも、わたしが成人すれば、医者はわたしを抱くのだろうか。そんなことありえないと、本当は気がついていた。わたしは医者に恋していたが、医者はわたしを人間として好きだと思っていたのだ。だから、寝てしまったらわたしが見えなくなり、腕の中にわたしの温かさを感じながらもわたし自身を失っていくことに気づいているのだ。
どうしょうもないくらい、男に自分から欲情している自分に気がついた。あぁ、ちくしょうやりてぇな。この男が一体どんな顔をしてイクのかまじまじとこの目で見届けてやりたいと、そう思った。体さえ出してしまえば、男など簡単に手なずけることができると思っていたわたしが間違っていたのだ。わたしは、手なずけていたのではなく、男を自慰の道具として遊んでいたのではなく、男たちに都合のいい女として利用されていただけだったのだ。
クリスマス前夜、もう一度、彼のマンションを訪れてみた。何度も何度もチャイムを鳴らした末に、開いた玄関には、女物の靴がそろえてあった。
自分の気持ちを誰かにゆっくりと聞いてもらうのって、すごく安心する。不安定さをかかえる主人公がこの医者を好きなのは、こういうところなんだと思う。




