前へ
葬儀からしばらく経った。
内々に叙爵されたり、Sランクにされたりとあれから怒涛の日々だった。
Sランクになったことで知ったのだが、冒険者ランクにはもともとSはなかったそうだ。
王竜の加護を得たことで強くなりすぎてしまったリーゼさんを別枠として扱うために新しく作ったものだという。
ほぼ同じ状況下にある僕もそういう訳でCからSへの異例の大出世ということらしい。
とはいえいきなり三段階も上がれば不都合が多いということもあり、表向きには折を見て一つずつ上げていくことになっている。
それから、ドレークさんとゼインさんは相変わらず国中を走り回っている。
原因となっていた竜の問題も解決したことで多少は変異種の数も減っているが、それでも落ち着ける状況にはなっていない。
これはヴィンドルゼさんが言っていた通りだ。
変異種の脅威が去るのも遥か先になるだろう。
あと、ペニーについてもようやく状況を知ることができた。
なんでも生涯研究所で研究し続けることになったらしい。
罪のない人を大勢殺してしまったことに対する罰として、それ以上に多くの人を助ける結果を出せということらしい。
その監督をエルム殿下が行うというのだから、罰以上にそちらで苦労するんじゃないかとペニーに同情した。
「行くのかい?」
不意に後ろから声をかけられ、振り返ればそこにはエルム殿下──アルシウス陛下がいた。
彼は僕の隣までやってくるとしゃがみこんで簡素な墓標に花を手向けた。
──その墓標に刻まれた名は〝リーゼリア・レフェス〟。
その隣の墓標には〝ユーリス・レフェス〟の名が刻まれている。
違う年代に立てられたそれは形状こそ同じものの、色褪せ具合が全く違う。
新しい墓標には黒曜石のピアスがはめ込まれ、古い墓標には小さな黄水晶のペンダントがかけられている。
「あまり気は進みませんが、やると言ったからには……」
「悪いね。……まあ、そこまで気負う必要はないよ。君は剣で俺に勝ったんだから」
二人共、目の前のそれを見つめたまま顔を合わせることなく続ける。
「……今でも信じられないんですが、本当に手を抜いたわけじゃないんですか?」
「加護持ちにそんな事ができるほど余裕はないよ。いやはや、剣では負けなしだったのについに膝を折ることになるとは」
立ち上がって、冗談のように軽い口調で言った陛下はそのまま声を出して笑った。
Sランクの話が出た時、何の説明もなく僕はアルシウス陛下と対峙させられた。
勝負は一度きり。剣技のみでスキルの使用は禁止の条件だった。
非公開ながら濃紺色の制服を着た近衛騎士立ち会いのもと行われた。
激しい打ち合いの末、勝ったのは僕だった。
勝った事自体にも驚いたのだが、あれほど激しい戦いだったにも関わらずそれほど疲れは溜まっておらず、息も乱れていなかったことのほうが驚きだった。
それはアルシウス陛下も同じだったように見えたので手を抜いたのではないかと思ったのだが、そうではないらしい。
しかし、あの言い方は嘘ではないかと思えるのは気のせいだろうか……。
「……葬儀の時、止めてくれてありがとう。形だけとはいえ、危うく彼女の最期を汚すところだった」
僕を見てそう言った陛下はいつになく真摯な表情をしていた。
きっとこちらが本題なのだろう。
「いえ。決めつけるような言い方をしましたが、本当にそうなのかは自信がありません」
故人が望むか望まないかなど、残された者に知る由もない。
だから、あの日陛下に発した言葉が今でも心に引っかかっている。
ましてやほんの数年の付き合いの人だ。どういう考えを持っているか正しく理解できていたとは言い難い。
「案外間違っていないと思うよ。何かと嫌がりながらも他者を助けてしまう人だ。他者の不幸を放っておけないんだろう。きっとあの場にいたら、『そんなつまらないことで剣を抜くな』って怒られただろうね」
僕の知る限り、リーゼさんは人に害意を持って武器を向けることはしなかった。
そもそも害意を向けることすらなかった。
冒険者間であれだけ悪口を言われていることも知っていただろう。
それでもそれを咎めることもなければ、気にした素振りもなかった。
たしかにあの程度の野次ではそう言いそうだ。
「ははは、言いそうですね。……そういえば感情的になっているところは見たことないです」
「そこは昔からかな。まったくないってわけじゃないけど、パーティの中でも一番冷静に立ち回ってくれていたよ。それに何度救われたことか」
陛下は大きく息を吐きだし、墓標を見下ろして再び僕を見た。
「さて、そろそろ戻るよ。あまり長く外出していると宰相殿の指導が入ってしまうからね」
謁見の間でのやり取りを思い出して、僕は思わず笑みをこぼした。
帝国内には様々な人がいるとはいえ、この人に物申せるのはいまやキーメル侯爵だけだろう。
「はい。お気をつけて」
「それは君の方だろう? 末弟くん」
そんなことを嘯きながらひらひらと手を振って去っていくアルシウス陛下。
その後姿に向かってうっかり叫んでしまった。
「──末弟⁉」
振り返る様子もないことから答える気はないのだろう。
どうしてあの人はいつもとんでもない置き土産をしていくのか。
そんな疑問を抱えたまま僕も墓地を去るのだった。
その足で帝都を出た僕は北を目指す。
まずは旧レイノール辺境伯領の風生の洞だ。
今の僕は圧倒的に情報が不足している。
地竜が言った〝聖淨なる泉の王が守護せし地〟がどこを指すのか皆目見当もつかない。
少しでもなにかヒントが必要だ。
そんな手がかりをくれそうなのが風竜ヴィンドルゼだ。
おそらく彼が一番協力的だろうと判断した。
「ようやく見つけた」
その道すがら、僕の目の前に子竜の姿のエリアルが現れた。
彼はわかりやすく腕組みをしている。
「……僕に何か用? 王種になったからその務めがあるんじゃ?」
前の王種会議で空竜は正式に王種となった。
王種はその務めのため所定の場所に居続ける必要がある。
それなのに僕の目の前にいて大丈夫なのだろうか。
「はあ? お前話聞いてたのかよ? 王種は次代からって言われたじゃねえか。だからオレはまだ王種じゃねえ」
以前から思っていたのだが、エリアルはなぜいつもこんなに喧嘩腰なのだろうか。
羽トカゲとか今となっては失礼なことを言っていた自覚はあるが、そこまで敵視されることでもないように思う。
しかしそれは表に出さない。ここは大人の対応をするべきだろう。
「じゃあ、どうしてここに?」
「どうせ爪痕を越える手段はねえんだろ? 仕方ないからオレが乗せてやるよ」
古代竜の爪痕は深さもさることながら広さも恐ろしくある。
神代から今に至るまで橋をかけられた記録はない。
それほどまでに広いのだ。当然、僕にも解決する手段はない。
隣国に行かねばならないならありがたい申し出だ。
「ほんと⁉」
「お前のためじゃねえよ。オレが王種になったときにまた面倒なことになってるのが嫌なだけだ。ありがたく思えよな!」
人なら仁王立ちに当たるようなポーズをして誇らしげにフフンと鼻を鳴らすエリアル。
そんな彼を僕はジトッとした目で見た。
「……ふーん……」
「おい、何だよその態度! 乗せてやんねえぞ!」
先程までの得意げな様子はどこへやら、プンプンという擬音語がよく合いそうな怒り方をし始めたエリアルは、目ざとく僕のマジックバッグを見つけて使い込まれている方の中に飛び入った。
「あー、ここから飛ぶと疲れるから爪痕まではお前が連れてけよな」
「はいはい」
「……なんかお前、リーゼがいないと生意気だな」
バッグの蓋部分から頭を出したエリアルはそんな事を言いながら僕を見上げた。
僕は当然、生意気だなど心外だと見下ろす。
どうしてかエリアルに対してはこう接さざるを得ない気がするだけだ。
新しい方のマジックバッグから手帳を取り出し開く。
そこに書かれているのは一人の女性の生き様。
悲しい始まりではあるが、これから書き足されていくものがどの様な内容になるかは僕次第だ。
果たして僕はこれからどんなことを記していくのだろう。
ふと見上げた空は快晴。
雲ひとつない澄み切った青空は、これからの旅が賑やかなものになると予感させた。
▓ ▓ ▓
この国にはこんなおとぎ話がある。
〝竜が眠りしその地にて、勇者は生まれ出る〟
今となっては存外、このおとぎ話は本当なのかもしれない。
そんな思いとともに一歩を踏み出した。




