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竜の眠る場所  作者: 知花 紗采
6章 王種会議
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不死鳥の息吹

 皇城の東塔にある研究室でペニーは息を殺して一滴のしずくを器に落とした。


 その一滴のために集中しすぎて、額からは汗が滲み顎まで伝っている。


「──で、きた……」


 器を慎重に机に置いて、それまで止めていた分を補うように大きく息を吸って吐きだした。

 へたり込むように椅子に座り、全身の力を抜いた。


「資料通りの黄金色を帯びた雫。これできっと……」


 立ち上がろうとしたものの、それまでの疲労で足に力が入らず椅子から離れられなかった。


 そんなタイミングで都合よく部屋の扉が開き、爽やかな声が響いた。


「進捗はどうだい?」

「──陛下……」


 青年の姿を認めたペニーはそう呟いて頭を下げた。

 本来ならば立ち上がってするべきことだが、生憎と立ち上がるだけの体力が残っていない。

 それに、この青年に限ってはそのような礼儀を気にすることはない。


 青年は座ったままのペニーから机上の器に視線を移した。

 その器は中にある液体によって淡く黄金色に輝いている。


「──ついに完成したようだね。これがエリクシルか……」

「いえ、エリクシルを作るには道具が足りないので、正確には副作用を極限まで減らした万能薬といったほうが近いですね」


 エリクシル──別名として神の雫、神薬など神から与えられたものを思わせる名を持つ伝説の薬だ。

 その製法はこれまでドーチャ家のみが受け継いできた。

 その事実をペニーが知ったのはつい最近のことだ。


 エリクシルの精製には三賜物(さんしぶつ)が必須だ。

 むしろ三賜物はエリクシルを作るためのものであるというのが、ドーチャ家の見解だ。


 そんな三賜物の一つである霊草はそのまま使うことは危険であると知られている。

 当然、エリクシル以外の薬の素材として使う場合も正しい処理をしなければ毒となる。

 ドーチャ家に残されていた資料からその方法を知ることができたがゆえに完成した雫、それがこの器の中で輝く液体だ。


「何かで試験したいところだけど、そんな量はないね。量産はできないだろう?」

「はい。かなり緻密な調整が必要なので時間もかかりますし、材料の量に対して生成される量はごく僅かです」

「まあ、こんな万能薬がたくさんできたらそれはそれで大問題だからね……。彼らには悪いけどこのまま試そう」




▓   ▓   ▓




 二人は同じく東塔にある真っ白な部屋にやって来た。

 そこには六つのベッドが並べられ、それぞれに包帯でぐるぐる巻きにされている者が横たわっている。


「それじゃあ、始めよう」


 エルムの合図でペニーは器から液体をすくい取り、患者の口に僅かにそれを含ませた。


 その後の経過を二人は祈るような気持ちで見守る。


 程なくして薬を与えた者の身体が僅かに淡く輝いた。

 その光は包帯の隙間から漏れ出し、二人の目に留まった。

 それに驚くのもつかの間、それまで医療者の手助けがあってかろうじてできていた呼吸が手助けなしでできるようになっていた。

 上下に動く胸部がその証拠だ。


「……やった……?」


 その光景を目の当たりにした二人はお互いを見合って、再び患者を見た。


 ──ちゃんと呼吸してる……!


 二人が驚いている間に医療者が包帯を外し状態を確認した。

 外されたそこは、瘴気で爛れた肌ではなく、健康なそれだった。

 やがて全身の包帯が外され、表面上は完全に治ったことが確認された。

 そして体の内側を管理していたものからも治癒したとの報告がもたらされた。


「──ペニー、さあ、他の者達にも」


 エルムに促され、ペニーは残りの五人にも液体を与えた。

 足りなくならないように慎重にすくい取り、こぼさないように息を殺し含ませる。

 そして五人も最初の一人と同じように完治したのだった。


「…………!」


 最初の一人が目覚め、起き上がったのを見たペニーは彼のもとに駆け寄ってその場で跪いてその手を取った。

 その手に向かって頭を下げれば、手の甲と額がぶつかった。


「──ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい……」


 これまで溜め込んでいたものが一気に溢れかえったようにペニーは言葉と大粒の涙を零し続けた。

 謝られている当の本人が困惑した表情をしていることに気づく様子はない。


「……なーにそんなに謝ってるんだよ」


 ポンッと肩を叩かれて見上げれば、苦笑交じりの優しい顔が向けられていた。

 ペニーは慌てて顔を袖で拭った。


「だって、僕のせいでみんなが死にかけて──」

「──でも、治したのもお前だろ?」


 ニカッと笑った男は続ける。


「何か事情があったんだろ? ごめんな、気づいてやれなくて」


 その言葉にペニーは再び嗚咽した。


「はいはい、感動するのはここまで。私からも伝えることがあるんだけど」


 しんみりとした空気の中、手を叩き場の空気を変えたのはエルムだ。

 彼はあっけにとられている面々など構うことなく続けた。


「目覚めて早々で悪いけど、レイモン、【不死鳥】は解散したから」

「えぇ⁉ 解散しちゃったんすか⁉ 自分で作ったパーティを⁉」

「いや、だって、主メンバー全員が瀕死だったんだよ? 治る見込みもなかったし、このまま残しておくのもなーって」

「残しておくのもなーって……。つまり俺たちは今無職ってことっすね? マジか……」


 軽いノリでもたらされた情報にレイモンは打ちひしがれたようにガックリと肩を落とした。


「冒険者資格まではなくなっていないから復帰は可能だよ。希望であればAランクとして再び活動してもらっても構わない。それよりも私としては他のことをやってもらいたいけどね」

「他のことって?」

「後進育成。──訓練所の門戸を広げようと思ってね。指導教官が不足しているんだよ。ついでに結構高齢化もしているからね」


 どの口が言うか、という表情でレイモンはエルムを見た。


「指導教官って、魔物討伐はどうするんすか。訓練所の教官やってたらそっちには手が回らないじゃないっすか」

「そっちはもう解決したから気にしなくて良いよ。それよりもこれからの冒険者はより優秀でなくてはならないからね」

「……解決したってことは、リーゼさん、成し遂げたんすね。……そっか……」

「どうするかはここを出るまでに決めてくれればいいよ」


 わかりました、とさみしげに答えたレイモンはそのまま視線をペニーに移して首を傾げた。

 その変化にペニーも首を傾げた。


「その……、お前はなんともないのか? 飛竜とはいえ竜殺しってなると……」


 言いづらそうに言葉を詰まらせたレイモンにペニーは再び首を傾げた。

 言わんとすることがよくわからないようだ。


「そのことなら心配はいらないよ。彼は運が良かった。まだリーゼがいるうちだったからね。うまいこと不問にしてくれたようだよ」


 エルムの回答にレイモンは歯茎が見えるほどの笑顔をペニーに向けた。

 しかし要領を得ないペニーは困惑したままだ。


「良かったな!」

「どういうことですか……?」

「──死なずに済んだってことさ!」

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