想い
城での思わぬ人物との謁見からそれほど日が経たないうちにリーゼさんの葬儀が執り行われた。
リーゼさんと深く関わりのあった人たちの話し合いで、葬儀は国葬の形を取ることになった。
冒険者としてはSランクという影響力があり、公にはなっていないものの侯爵という立場でもあったため参列者が錚々たる顔ぶれになることからだそうだ。
喪主は最も付き合いの長いアルシウス陛下──表向きはエルム殿下が担い、その他親交の深かった者たちで空の棺を運ぶ。
帝都の中央大通りを通って皇城付近の古い集合墓地までたどり着く頃には、事情を知らない帝都民が何事かと見物に来て壁をなしていた。
誰の葬儀かも知らないまま祈る人もいれば、ただ呆然と見送る人もいる。
しかし一番多いのは誰の棺か訊ねたり議論する者たちだろう。
人が増えるにつれてざわめきが大きくなっていく。
そんな中、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「けっ、あのアマようやくくたばったのかよ!」
どうやって知ったのかは分からないが、誰の葬儀か知ったうえで吐き捨てたようなその言葉に葬列の動きが止まった。
列の先頭の方から不穏な空気が漂う。
最前列で棺を持つエイザム陛下とその後ろのキーメル侯爵の顔が青ざめているのが見えた。
どうやら殺気立っているのはエルム殿下のようだ。
そんなことを考えている間に棺が道に降ろされた。
そして列からエルム殿下の姿が忽然と消えていた。
それも瞬きをした間にだ。
人垣のざわめきが先程とは異なり悲鳴に近しいものに変わった。
そちらを見れば、消えたエルム殿下が一人の男の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。
掴み上げられているのはあの痩せぎすの男だ。
痩せぎすの男が殿下の殺気に青ざめながら、離せ! と手足をバタつかせているがびくともしない。
「どうやら罰が足りなかったようだ」
普段の様子からは想像もできないような声音に思わず身震いした。
離れていてこれなのだ。至近距離にいる痩せぎすの男にはもっと効いたことだろう。
エルム殿下は男を掴み上げたまま腰に下げている儀礼用の剣を抜いた。
それを大きく振り上げる。
儀礼用の剣は例外なく殺傷力はない。
事故が起きないよう刃が全て潰されているのだ。
普通であれば当たって痛い程度で済むのだが、なぜか最悪の事態が起きる気がしてならない。
──『達人の振るう木剣は、凡人の振るう鋼剣をも断つ』。この言葉は事実じゃよ。
ふとモリガン老の言葉を思い出した。エルム殿下が達人に値するなら、もしかしたら──。
「叔父上!」
その予感は僕だけではなかったようで、エイザム陛下が叫んだ。
しかし殿下の動きは止まらない。
「──殿下、息子を斬る前にどうか私を斬ってください」
突如エルム殿下の真横に二人の男が現れた。
二人共参列者だ。
二人は泥濘に中に身を投げ出し、一心不乱に平伏していた。
この状況に殿下も想定外だったようで動きを止め、二人を見下ろした。
ぽつりぽつりとめったに降らない雨が降り出し、この場にいる全員を濡らした。
次第に雨脚は激しくなっていく。
まるで誰かの心を映したかのような天気だ。
「何のつもりだ」
「此度もこれまでも、息子の愚行は息子を正しく導けなかった私の責任です」
だからどうか斬ってくれ、と言わんばかりに男は首を差し出す。
「ならばその命を以て贖え」
痩せぎすの男を掴み上げるのはそのままで、頭を垂れる二人に向かって剣を振り上げた。
──葬儀とは亡くなった者を悼みながら送り別れる儀式だ。
そんな場で人を殺めるなど前代未聞だろう。
昔と比べれば改善したものの、それでもまだ人の命が軽い世だ。それでもあってはならないことだろう。
特にエルム殿下にとってはこの葬儀は重い意味を持つもののはずだ。
「殿下! そんなことリーゼさんは望みません! 殿下にとって大事なことを自らの手で汚さないでください!」
もはや土砂降りとなった雨の中、殿下は空を仰いだ。
どれほどそうしていたのか、しばらくしてゆっくりと男を下ろし、剣を鞘に納める。
俯き、ややあってから葬列に踵を返した。
殿下が戻るなり葬列は動き出した。
もはやその列を見届ける者は呆然と立ちすくむ痩せぎすの男とその家族だけだった。
激しさを増す雨と先程の騒動で他の人達は去っていったようだ。
その後葬儀は天候を考慮して、棺を埋めて終わりとなった。
残りの儀式などは日を改め、最小限の人数で行うとのことだった。
埋葬した場所には印となる簡易的な標だけで供え物も何もない。
天気もさることながら、まさかこんなことになるとは誰が予想しただろうか。
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王竜となったガイドルシュは深い谷底で眠りについていた。
決して役目をないがしろにしているわけではなく、彼にとっては息をするのと同等にこなせることなだけだ。
『王竜よ、少し良いか?』
突然の念話にもガイドルシュは緩慢に瞳を開くのみでそれ以上の反応を見せない。
『なんだ』
応答も突き放すほどではないもののそっけない。
『クク……、暇すぎて寝ておったようじゃな』
たったそれだけのことで遠く離れた場所にいる王竜の様子がわかるようだった。
面白おかしく笑うような声音にガイドルシュは少しだけ表情を歪めた。
『くだらぬ話をするだけなら切るぞ』
『全く、相手を突き放すところは昔から変わらぬのじゃ。寝るほど暇なら少し相手をせぬか』
『…………』
『あの時リーデルを挑発したのはわざとじゃな?』
メルストロジアの問いにガイドルシュは瞑目した。
何の話なのかわからないわけではない。ただ相手にする気がない、それだけのことだ。
『未だ幼子のふりをし続けるあの子を自覚させるために、わざとリーゼを悪く言ったのじゃろう?』
『…………』
『いかな王種といえど一週期あれば成体となる。しかしあの子は成長した様子もない。その原因がわかっているからこその発言だった。違うか?』
『…………詮無きことだ』
たったそれだけ言ってガイドルシュは無理やり念話を切った。
答える気などない。
真実など語る必要もない。
あるのはただ創造主から賜った役目を淡々とこなすことだけだ。
それ以外は不要なものだ、とガイドルシュは再び目を瞑る。




