閑話:被害者の会
ある晴れた日。
一組の男女が皇城の門をくぐった。
男はその巨躯と相貌に似合わぬ正装を纏い相手をエスコートし、女は真っ赤な長髪をきれいに結い上げ、丈の長い夜会服を引きずることなく歩く。
端から見ればなんとも奇妙な組み合わせだ。
そんな二人の共通点は意外にも表情にあった。
二人揃ってげっそりと頬が痩せこけたような、疲れたような、そんな嫌そうな顔をしていたのだ。
二人は案内を断り、慣れた足取りで城内を歩いて主塔の中でも高い場所に位置する一室に入った。
本来は要人との会談に使われるような豪奢な一室には既に人の姿があった。
一人はこの国の長である皇帝エイザム、もう一人は国の重鎮である宰相のキーメル侯爵だ。
「無理を言ってすまない」
そんな断りを入れたのはエイザムだ。
普段は皇帝然として尊大な態度をとることが多いのだが、実のところこちらが素だったりする。
「いいよ、いつものことだし」
対して相手の立場など気にする様子もなく返したのは赤髪の女だ。
そんな態度を咎めるものはいない。
赤髪の女と巨躯の男はさも当然のように、エイザムとキーメルと同じ円卓に着いた。
「では、全員集まったところで──第七六回被害者の会を開始する」
そんな宣言をしたエイザムは円卓に両肘を立てて口元を隠した。
その表情は真剣そのものだった。
キーメルも困ったように額を押さえ、巨躯の男は腕を組んだ。
彼らと対比するように女だけは無関心そうに円卓に頬杖をつく。
「それで、今回は誰から?」
「では私から……」
エイザムの問いかけに手を上げたのはキーメルだった。
彼は咳払いを一つして続けた。
「もう何度も陛下には進言しているのですが、ついに国庫が枯渇しました。必要性は理解していますが、もう研究費を削減せざるを得ません……」
もうどうにもならないと言わんばかりにキーメルは眉間を揉む。
内容が内容なだけに全員が思案顔になった。
「碌な成果も出せていないわけではないから、減らすにしても何かしら理由は必要だが……」
事態の報告を受ける立場であり、決裁する身でもあることからどうにかしなければならないとエイザムが口を開いたが、具体的な解決策は出てこない。
当然、話題を出したキーメルからも他に案は出ない。
「それなら、まずは私の助成金を無くせば良いじゃないか」
「確かにリーゼ殿の助成金が浮けば幾分かマシにはなりますが、それでは根本解決にはならないでしょう。他家とのバランスも取れなくなります」
貴族の助成金は、上位の貴族であればあるほど高額になる。
それはその家が担う役割の重さによるものだ。
上位の貴族は領地の管理監督、事業経営とやることが多い。それらに見合う額が国から支給されているのだ。
当然助成金の使途を報告する義務もあり、その報告から翌年の助成金が調整される。
調整されるとはいえ、流石に侯爵ほどの上位が伯爵以下の家よりも支給額が低いのも考えものだということだ。
「別に良いじゃないか。名ばかりで実態としては役目を果たしていないんだ。それこそ成果がないから取りやめたという言い分が成り立つ」
「社交界ではレフェス侯爵に対して疑問視する者も多くいるのは事実です。ですが何もしていないとはおっしゃいますが、魔物被害を最小限に抑えてくださっているのも事実です。それに見合う対価であると考えていますが……」
貴族のコミュニティにおいて公の場に姿を現さないというのは余程の理由がいる。
例えば、身内の不幸で弔事を行ってる最中であったり、魔物討伐の遠征に出ているなど、どう頑張っても参加できない理由だ。
喪に服している程度では参加しない理由にならないほどに公の場は重要視されている。
そんな環境下で常に欠席を貫いているのがレフェス侯爵──つまりリーゼだ。
しかしレフェス侯爵がどんな人物なのかさえ公表されていないため、彼女がそうであるということを知っているのはこの場にいる面々と事情を知る他数名だけだ。
その他大勢が知っているのはせいぜい〝先代当主が亡くなった後、その妻が侯爵位を継いだ〟ということぐらいだ。
それがいつのことで、どれぐらいの年齢の人物なのかを知る者はいないし、関係者も知らせる気はない。
結果、貴族間ではレフェス侯爵は本当に存在するのか、顔を出せないほどの醜女なのではないか、などと要らぬ憶測が飛び交っている。
そのような噂話を否定するには諸々説明が必要になってしまうのでやむなく放置しているというのが実情だ。
「魔物討伐は冒険者としての範囲内だし、そっちで報酬は出ているんだから対価として国が出す必要はないと思うけどね」
リーゼの回答にキーメルは未だ黙ったままの巨躯の男を見た。
「──とのことですが、ガリオン殿、冒険者ギルドからはどれほど支払われているので?」
「そりゃあ内容によりますよ。こちとら特別扱いするわけにはいかないので。それでも高ランクの依頼ともなると相当額になりますよ。最近はそういった案件が増えすぎて一時的に金庫が空になりそうで怖いぐらいです」
つまるところギルドも相当額を支払っているので問題ないだろう、とガリオンは肩をすくめてみせた。
そもそも本人が不要だと言っているのだからそれでいいではないか、というのがガリオンの本音だ。
「──わかりました……。あぁ、これも殿下に納得していただかなければならないのか……」
懐からハンカチを取り出し、目元を拭い始めるキーメル。
反対の手はみぞおちを押さえている。
それを見て他の面々はなんともいえない表情になった。
「では、次は私から。先日のギルドでの一斉検挙の影響が未だに収まりません。反発の声は未だに多く、通常業務の影響は計り知れません」
頭痛をこらえるようにこめかみを押さえながらガリオンが言った。
それに深くうなずいたのは意外にもエイザムだった。
「おじう──愚弟の独断専行だったと聞いている。心中察する」
この場においてガリオンだけが一部情報を知らないことを思い出して、エイザムは慌てて言い直した。
うっかり口が滑ったことを少しも顔に出さなかったのは流石というべきだろう。
ガリオンも特に気がついた様子はない。
むしろ少し青ざめた様子でエイザムに視線を送ったキーメルの方に意識が向いていた。
「……あの日結構な人数が捕らえられたとか。殿下の思いつきにも困ったものです。依頼の処理にも影響が出ているのでは?」
「まあ、あることなこと騒いでいる連中はもとより大した貢献はしていない奴らなので、奴らが仕事をしない事自体は問題はないです。それよりも真っ当に仕事をしている連中の邪魔になっていることのほうが問題でしょう。入り口を塞いだり、受付周辺で騒いだりと未だにトラブル続きですよ。職員からも苦情が来ている有様です」
冒険者ギルドの長であるガリオンは国にギルドの状況を報告する義務がある。
当然その報告はキーメルやエイザムにも届いている。
しかし二人のもとには商人ギルドや神殿、その他数多の組織からの報告もある。
すべてを事細かに覚えているのはほぼ不可能に等しい。
なので今のガリオンの説明に、そんな報告もあったなあとキーメルもエイザムも視線を泳がせるだけだった。
「……では私が最後か」
仕切り直すように咳払いの後、神妙に話し始めたのはエイザムだ。
なお、この場にいるのは四人で、語り始めたのはエイザムで三人目だ。
その語り出しにリーゼが片眉を釣り上げた。
「…………、もう退位して良い?」
それまで威厳ある声音だったエイザムは童心に戻ったかのように言葉を崩し、涙目になっていた。
そしてその視線の先にいるリーゼに縋りつきそうな勢いで跪く。
「もう無理。あれの無茶振りに振り回されるなんて考えたくない!」
いや、何の話よ? と訊ねる者はいない。
これがこの会の趣旨だ。
誰とは言わないが、とある人物によって被った害について只々愚痴をこぼす、そんな場なのだ。
国庫が枯渇する事態を引き起こした張本人も、冒険者ギルドに混乱をもたらした犯人も、皇帝が〝あれ〟と呼ぶ人物も同一人物だ。
そのたった一人によってもたらされた困難に対する不満をぶちまける場がエイザムの治世になってから七六回も設けられていると考えれば、とてつもなく迷惑な人物がいるということになる。
「陛下、そこはなんとか──」
皆エイザムがどんな思いで今の地位にいるのかは知っている。
それでもまだ退位するには早いとキーメルが宥めた。
「ようやく審議会での審判が終わったと思えば、今度は時期指定がない遺跡調査の許可。更には自身が連れてきた罪人の減刑手続き……。しかも刑の内容まで指定した割に理由がいい加減なせいで審議会で適当なことを言わなければならなくなるなんて。こんなの続けてられない」
もう我慢ならないとエイザムはよよよと泣きながら語った。
その情けない姿に全員が視線をそらした。
審議会については訊ねるまでもなく冒険者の一斉検挙に伴うものだ。
相当数が逮捕された影響で通常一日一審議で運用されていた議会は、臨時で早朝から深夜まで審議を行わなければならなかった。
それが一週間ほど続き、最終日には関係者は「もう適当でいいじゃない……」という顔になっていた。
そんな激務の傍らで本来の仕事もやらねばならず、ようやく開放されたと思えば、次に待ち受けていたのは許可証の発行。
それをするには誰がいつどんな目的で遺跡に立ち入るのかを吟味しなければならない。
それは誤って実力のない者が用もなく立ち入れないようにするために設けられている手順だ。
しかし、この時ばかりは「いつ行くのかはわからない」というどう判断すれば良いのかわからない申請で、申請者は言わずもがなだ。
立ち入る人物の名前を見てなぜ申請者自らがやらないのか、と首を傾げながら半ば自棄になって許可の署名をしていたのを知っているのはエイザム本人だけだ。
ところで、この国は法整備がしっかりなされている。
それは建国時の宰相である当時のキーメル侯爵の機転によるものなのだが、当然罪に対する罰もしっかり定義されている。
ある程度の柔軟さを残しながらも、どのような罪に対してどのような罰を与えるかが決まっている。
減刑についても当然定義されており、その条件を満たさない限り減刑はありえない。
更に減刑も限度が定められている。
その範囲を逸脱するような決定は、たとえ皇帝であってもできない。
それほどに厳格に決まり事が多い事柄に、曖昧な理由だけで特定の罰を与えることがどれほど難しいのか想像に難くない。
その罰が犯した罪に見合うものであればまだしも、減刑できる範囲も超えているのだから、どうすれば審議会を納得させられるかとエイザムは頭を抱えたのだった。
「リーゼ殿ぉ、あれをどうにかしてください~~……」
表向きとはいえ国家元首であるにもかからず、そうとは思えないほどに崩れた表情で縋り付くエイザムを見下ろし、こんなことのために呼び出さないでほしい、とリーゼはそっとため息をついたのだった。
これが、この会の常である。




