褒美
「お兄ちゃん、ボクもおうさまとおはなししてもいい?」
チクチクとお小言を言い始めた侯爵と陛下のやり取りを聞いていれば、後ろから服の裾を少し引っ張られ、リーデルに訊ねられた。
今の状態で突然登場させるわけにはいかないので、一旦僕が間を取り持つべきだろう。
しかし、一体何を話すつもりなのだろう。
「あの、陛下。私からもう一つお伝えすることが。本人の希望で連れてまいりました」
断りを入れてリーデルを前に出せば、アルシウス陛下は目を見開いていた。
そうなるのも無理はないだろう。
何せ、瞳以外は僕にそっくりなのだから。
「君は一体……」
「えっとね、リーデルっていうの。今日はね、ごめんなさいとおねがいをしに来たの」
その言葉を聞いてアルシウス陛下は玉座に凭れて天井を仰いだ。
そして、一度俯いた後に大きく息を吐きだして、リーデルに向き合った。
「……昔、ある男が言っていた。『子供が生まれたら、男の子ならリーデル、女の子ならリーリアと名付けようと思う』と。君に名付けたのはリーゼかな?」
アルシウス陛下の問いかけにリーデルは首を横に振った。
「あのね、竜は自分の役目をりかいして生まれるの。だから生まれたときには自分の名前もわかっているよ。でもね、ママはこの姿のことは知らないの。きっとボクの姿を見たら悲しくなっちゃうからできなかったの」
リーデルは少しうつむきがちになって、両手を握った。
きっと自分がリーゼさんにどう思われるのかを想像してのことだろう。
「ママ、というのは誰のことかな?」
「ママはママだよ。リーゼママ! ママはね、とぉーってもやさしいんだよ! それにね、おりょうりも上手なんだよ!」
「──そうだね。それで、リーデル。君は何を謝りに来たのかな? 君に何か悪いことをされた覚えはないが……」
聞かれたことが嬉しかったのか、満面の笑みで話すリーデルにアルシウス陛下は少し引いていた。
古代竜の爪痕での態度でもそうだったが、リーデルはよほどリーゼさんに懐いているようだ。
「うん。あのね、ボクのお母さんがアルシウスおじちゃんとおじちゃんのお友達にひどいことをしちゃったことをあやまりたいの。ほんとはね、お母さんはみんながあぶないところに行こうとしてたのを止めたかったの。でもまにあわなくて……。だから、ごめんなさい」
そう言ったリーデルはペコリと頭を下げた。
体の前で握っている手は震えている。
「おじちゃん……。ごほん……。それを謝罪するなら私も同じだ。私も君の母親を殺したようなものだ」
「ううん。お母さんは怒ってないよ。ママにもいっぱいあやまりたくて、でも、できなくて」
二人の間に何があったのかはわからない。
話の内容も断片的で、きっと当事者同士でしかわからないだろう。
ただ確かなのは、リーデルは〝お母さん〟と〝ママ〟を使い分けており、ママはリーゼさんを指しているということ。
そうすると〝お母さん〟はリーデルの実の母なのだろう。
そしてその実の母をアルシウス陛下が殺した、といったところか。
……もしかしたら風生の洞の前でリーゼさんが話してくれた昔の話のことかもしれない。
「──わかった。君の謝罪を受け入れよう。きっとリーゼも……。いや、それよりもお願いもあるということだったね。それは何かな?」
言葉を飲み込み頭を振ったアルシウス陛下はリーデルに再度問いかけた。
「あのね、ママをねパパの近くに眠らせてあげてほしいの。ボクのせいでママはパパとの時間をいっぱい失くしちゃったから……」
「……ああ、もちろんだとも。だが、アルノルトの報告ではリーゼの遺体は残らなかったのだろう?」
あの時リーゼさんの姿は砂塵となって消えた。
リーデルの願い事が、リーゼさんの墓を彼女の夫の墓の近くに作って欲しいということなら、墓に納めるようなものが必要なはずだ。
墓を作ったところで、中身が空ではそこで眠っていることにはならないだろう。
そんな問いを受けて、リーデルは両手で何かを包むようにして、それを広げてみせた。
その手には黒い宝石が特徴的なしずく型のピアスが乗っていた。
「……黒曜石のピアス……」
そう呟いたのは誰だったのか。その場にいた全員がそのピアスに釘付けだった。
シンプルな造形であるにも関わらず、何故か惹きつけられるものがあるのだ。
初めて見るそれに一体どんな意味があるのだろうか。
「……君の願いは必ず叶えると約束するよ。──届けてくれてありがとう……」
「ママをよろしくおねがいします」
玉座から降りてリーデルの前に跪いたアルシウス陛下はそのままリーデルの手ごとピアスを包んだ。
その動きはとても大切なものを扱うように丁寧で、アルシウス陛下の表情は何かを堪えているようにも見えた。
ピアスを渡し終えたリーデルはそっと僕の後ろに下がった。
用を終えたせいか、とても満足そうだ。
アルシウス陛下も玉座に戻って、僕に向き直ればいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「さて、話はだいぶそれてしまったが、私からの依頼を達成したアルノルトには褒美を。まずは霊草を届けてくれた分については、変異種討伐の分も含めて金貨二〇〇枚を渡そう。次にリーゼについていてくれた件については──そうだな、ちょうど今レフェス侯爵が空いてしまったからな、侯爵位を与えよう」
「──えぇ⁉」
魔物討伐の分が乗っているとはいえ、霊草の分金貨二〇〇枚だけでもかなりの額だ。
依頼内容に対して高額すぎる。
そして、かなり無理があったリーゼさんについて回る依頼の報酬はどう考えてもおかしい。
依頼の報酬に爵位など聞いたことがない。
そして一介の冒険者でしかない僕にそんな大役を務められるわけがない。
しかも、爵位では上から二番目──とはいえ一番上は皇族の血縁者の家柄なので、その他大勢の中では事実上の一番上の地位だ。
「陛下、それは些か無理があるのでは。貴族になるともなればそれなりの振る舞いが必要になります。いくら今まで姿を見せなかったレフェス侯爵といえど、下地はある程度必要でしょう」
キーメル侯爵の言う通りだ。
貴族には何かとルールやマナーが多い。
何らかの功績を上げた者に与えられることの多い男爵位ならいざしらず、侯爵位などという上位も上位でそれらを身につけていないなどやっていけるはずがない。
「なにも社交界に顔を出せというわけではないよ。最初こそ律儀にユーリスは出席していたが、皇族主催でもほとんど欠席していたんだ。今更振る舞いを変える必要もないし、そもそも今の貴族のルールも撤廃したはずのものだ。アルノルトが連中と同じ流儀に縛られる謂れはない」
「まあ、たしかにそうではありますが……。では、なにゆえ爵位を?」
「第一には金銭援助だね。高位の貴族は毎月国からの援助がある。それを活動資金にすれば良い。それに特権もある。ものによっては申請が必要なこともあるが、エイザムの代であればほとんどの無茶を通せる。その後の代はどうなるかは分からないが。そして今後アルノルトは必要になるはずだ」
むせたような咳払いが何度も差し込まれながらも、アルシウス陛下は意味深に言い放った。
金銭援助がどれほどのものかわからないが、冒険者としての活動をせずに旅をすることになるのであれば、確かにありがたいだろう。
どれほど続くのかわからない旅になるのだから。
それに貴族の特権で普通は入れないようなところも入れれば、幾分楽になるはずだ。
在り処がわかったところで入れなければ苦労することは必至だ。
「──今後必要になる、というのはどういうことでしょうか?」
僕の問いかけに、やはり陛下は意味ありげにほくそ笑んだ。
あれ以外にどんな利点があるのか、そこからは窺い知れない。
「……それはそのうち分かるさ」
やはり話す気はないようだ。
ここで食い下がったところで得るものは何もなさそうなので、素直に諦めることにした。
なんとも渦中にありながら蚊帳の外な謁見はこうして終わった。
一体僕が誰と関わっていたのか、その人達にどんな事情があったのか得るものがあったものの、更に僕の預かり知らないことばかりが進んだように思う。
更には爵位などと身の丈に合わないものまでついてきた。
利点は示されたものの、それ以上に精神をすり減らしそうだ。
とんでもなく大きな流れに巻き込まれてしまったことを実感した日だった。




