ユーリス
「叔父上、今すぐ実行されては困ります」
そう言ったのはエイザム陛下だ。
これまで皇帝の弟だったのだから、先代の弟でもあったわけで、エイザム陛下にとってアルシウス陛下は叔父、という認識が強いのだろう。
「長く生きているとはいえそんなすぐにやったりしないさ。少なくても自分が招いた問題の結末ぐらいは見届けるつもりだよ」
その言葉に胸をなでおろしたのは何人いたことか。
それほどまでにアルシウス陛下の存在は大きいのだろう。
「それもありますが、まずは業務範囲を減らしてください。このままでは担い手がいないままです」
苦言を呈したのはエイザム陛下ではなくキーメル侯爵だった。
国の宰相ということもあり人事にも関わっているのだろう。
口調は普段通りだが、どこか必死そうにも見える。
「それは追々……。──そんなことより、アルノルト。俺の身勝手な頼みのせいで君に重荷を背負わせてしまったことを申し訳なく思っている。今君が背負っているものは、元々俺が負うつもりだったんだ」
「──こうなることはご存知だったのですか?」
「ああ。本人は何も言わなかったが、人が扱えるようなものではないんだ。一人で抱えきれるはずがない。何かしらの後事を引き受けることになるだろうとは思っていた。──というのは君の高祖叔父の受け売りなんだけどね」
高祖叔父──つまり、僕のお爺さんのそのまたお爺さんの弟にあたる人が今の状況を予見していた?
その人は一体どんな人だったのだろう。
「どうしてそこで私の親族が出てくるのでしょうか?」
「…………。彼が最も近くで彼女を支えていたからだよ。それこそ最期まで、ね」
きっと、リーゼさんの夫を指しているのだろう。
そしてその人はレフェス。
僕が知らないことも、記録を通して知っていたのかもしれない。
「私を選んだのもそれが理由なのでしょうか」
「──それを話す約束だったね。君も今の冒険者たちの状況は知っているだろう?」
陛下の問いかけに僕は頷いた。
ギルドに反発する冒険者たち、依頼の達成状況、リーゼさんへの異常なほどの仕事の集中。
おかしいところだらけだ。
「私は予てからリーゼが遠からずいなくなることを知っていた。立場上、それを知りながら手を打たない訳にはいかない。しかし、全体の底上げは一朝一夕には終わらない。だから私はリーゼの代わりとなる者を擁立することにしたんだ」
その説明に、頼まれたときの哀しそうな、何かを堪えているような表情が腑に落ちた。
今のこの状況をあの時既に知っていたのであれば納得だ。
そして〝言えない〟と口を噤んだことも理解できる。
根拠の説明なく理解することは難しく、根拠そのものも話しようがないのだから。
「……………………」
「君の可能性は、ギルドの強化訓練である程度把握していた。その上、君のその見た目も相まって適任だと判断した」
「私の見た目……ですか……?」
アルシウス陛下は静かに頷いた。
僕の見た目──。
自らの手に視線を移し、それを何度か握るように動かしてみる。
見た目という言葉で思い当たることはある。
僕を見て勘違いした長老、写絵と何度も見比べた顔役。
その二点で共通するのはユーリス爺さんだ。
「君はリーゼの夫──ユーリスによく似ている。雰囲気や性格までは流石に異なるけどね。……ユーリスは私たちとは違って普通の人だ。どんなに頑張っても今日この時まで生き存えることはできない。だからユーリス亡き後、リーゼはずっと一人だったんだ。せめて最期ぐらいは孤独であってほしくなかった」
言葉を切ったアルシウス陛下は初めて会ったときと同じような表情を浮かべた。
どこか哀しげな感じは今ではその意味が何となく分かる。
「──きっと、君にならリーゼも本音を話せるんじゃないか。彼女の孤独を少しでも和らげられるのではないか。……それが君を選んだ理由だ」
アルシウス陛下は「私では嫌がられるだけだったからね……」と肩を竦めた。
思い返せば、リーゼさんは陛下の事となるとあからさまに嫌そうにしていた。
しかし、それは親しかったからこその反応だったのではないか、とも思うのは考え過ぎだろうか。
「……僕は役に立てたのでしょうか……」
そんな呟くような僕の問いにアルシウス陛下は、僅かばかりの沈黙の後、いつもとは異なる柔らかな微笑みを浮かべた。
「彼女が少しでも晴れやかだったのなら、それで十分だよ」
慈しむようなそのたった一言で、喉の奥で支えていた何かがなくなった気がした。
きっと未だにエリアルに言われたことを無意識に気にしていたのだと思う。
もしかしたらやはりリーゼさんを苦しめていたのではないか、と。
本人がいくら否定したところで本心なのかを推し量ることはできない。
だから陛下のその一言が僕にとっては重要だった──のだと思う。
「──よかった……」
支えていたものを吐き出すように呟いたと同時に大きなため息が聞こえた。
「恐れながら、陛下。それは結果論でしかありません。あのお方がどの様な思いを抱かれていたかを考えれば、その考えは諸刃の剣でしょう。場合によっては、あのお方を傷つけていたやもしれません」
そんな苦言を呈したのはキーメル侯爵だ。
彼もエリアルと同じ様な考えを持っていたのかもしれない。
そしてそんな指摘にアルシウス陛下は怒り出すどころか、ガックリと肩を落とした。
「……そんなことは……」
「そんなこともありえます」
「はい……」
まるでキーメル侯爵はアルシウス陛下の教育係のようだ。
陛下は怒られた子供のようにシュンと縮こまった。




