正体
明るい日差しが差し込む中、皇城の廊下をリーデルを連れて歩く。
古代竜の爪痕から帰って早々、ある程度身なりを整えて皇城を訪れた僕は、門番にエルム殿下に報告に来たことを伝えた。
その結果、普段とは違う通路を案内されているのだ。
きっと幼い子供を連れていることを配慮してくれたのだろう、と思っていたのだが、通された場所はとんでもないところだった。
「こちらでお待ち下さい。まもなくお見えになります」
案内係の騎士はそう言って退室していった。
「わあ……! キラキラいっぱい! お兄ちゃん、ここ何のへや?」
「えっと……、皇帝陛下──王様に会うための部屋だよ」
通されたのは、エルム殿下の執務室ではなく謁見の間だった。
僕は確かにエルム殿下と伝えたはずなのに、なぜこんなところに通されたのか分からず、更には皇帝に会うともなると緊張のあまり冷や汗が止まらない。
そもそもこんな格好で来て良い場所ではないと思う。
「おうさま?」
「そう。竜で言うところの王竜みたいな人、かな」
そんな話をしていれば、奥の扉が開いたので慌てて跪いて頭を下げた。
ノルベールさんからはこう教わったはずだ。
隣に立つリーデルがキョトンとしたままだったので、真似をするように言えば大人しく従ってくれた。
扉から現れた気配は四つ。そのうち知った気配は二つだ。
だがまだ頭を上げられないので確認できない。
「頭を上げなさい」
よく知る声に安堵しながらも姿勢はそのままだ。
皇帝相手では一度目では頭を上げてはいけないらしい。よくわからない礼儀作法だ。
そのままじっと待っているとふっと笑ったような音が聞こえた。
「頭を上げていいよ」
その言葉とともに壇上の玉座を見上げる。
きらびやかに飾りながらも質素な作りのそこに座っているのは、壮年の男性ではなく、まだまだ若い青年だった。
青年は皇帝のみが着ることが許されている白い正装をまとっているので、そこに座る資格を持っているのは間違いないようだ。
現在の皇帝は五〇代半ばだったはずだ。
皇位継承したのであれば何かしら通知や前触れのようなものがあるはずだが、それらしいものもなかったので、古代竜の爪痕に行っている間に継承の儀があったわけでもないだろう。
それに、彼の人は皇位継承権を返上していたはずだ。
──では、一体どういうことなのか。
「まずは名乗るとしよう。私はアルシウス、アルシウス・レスヴェラルだ」
青年が普段と変わらない爽やかな笑みで名乗ったその名は、この国の初代皇帝の名だ。
いくら探しても見つからない冒険者の記録、噛み合わない年齢と見た目。
それを理解してようやく点と点が繋がった気がした。
これまでも僅かばかりにはその可能性を考えた。
現実的ではないそれは、先日の王種会議で聞かされた内容で実現可能であることがわかっている。
──随分と個人的な問題じゃのう。
水竜のあの言葉はこういうことだったのだ。
リーゼさんが無理やり議題にねじ込んだ霊草の情報開示はすべてこの人のためだったのだ。
「……思っていたよりも驚いた様子ではないね」
「いえ、これでも結構驚いています。今まで話していた皇弟殿下が、まさか賢帝と名高い初代皇帝だったなんて考えもしませんでしたから」
ずっと考えていたせいで無反応に見えたようだ。
とりあえず思ったことをそのまま口にすれば納得してくれたようで、少し前のめりになっていた身を背もたれに預けていた。
「聞きたいことも多いと思うけど、まずは報告を聞かせてもらおうか」
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「──なるほど。霊草の効果は状態の反転……」
爪痕で見聞きしたことをありのままに伝えた。
特に殿下──皇帝アルシウスにとっては重要であるはずの霊草については事細かに。
「父上、霊草というのは──」
そう訊ねたのは、部屋の脇で控えていた青年だ。
歳は僕よりも上のようで落ち着いた印象がある。
そして訊ねた相手はキーメル侯爵であることから、侯爵のご子息であるソロン様かもしれない。
「ああ、先に紹介をしなければね──」
僕の視線が動いたの気づいて陛下が脇に立つ三人を紹介してくれた。
中央にいるキーメル侯爵、その左隣に立つ青年がやはりソロン様だった。
その反対側、キーメル侯爵の右隣にいるのが今代の皇帝エイザム陛下とのことだった。
「今はここだけの話にしてほしいが、エイザムで五代目になる。〝流浪の民〟のしきたりに則り、次代は他家であるキーメル家に皇位を譲る。エラルドとエイザムの歳は近いから譲るなら息子であるソロンだろうということで同席してもらっているんだ」
故郷で顔役から聞いた話を信じるのであれば、現在の皇族は〝流浪の民〟の中でも特殊な立場にある。
そんな彼らが掟に従うのに何ら不思議なことはない。
この場でその話をしたということは、僕が報告するであろうことが引継ぎに含めておくべきという判断だったのかもしれない。
「ソロン様はどこまでご存知なのですか?」
アルシウス陛下がちらりとキーメル侯爵を見た。
するとキーメル侯爵が困ったように汗を拭った。
「私の口からはとても説明できるものではなく……」
つまりソロン様は何も知らない、と。
彼のためにも諸々説明が必要なのではないだろうか。
「まあ、二〇〇年近く生きてる人間の話なんてできるわけもないか……。そのためにもここに呼んだわけだし、そろそろ話すとしよう」
ヒュッと息を呑む音が聞こえた。
まあ、二〇〇年も生きているなんて聞いて驚かないわけがない。
僕だって霊草の話を聞いていなければ驚いていた自信がある。
「事の始まりは旧王国時代、当時の国王直々の依頼を受けたときだ。依頼の内容は三賜物の入手。当時には既に伝説、お伽噺と成り果てていた物だから所在は分からず、手がかりを探すところから始めなければならなかった」
うつむきがちに話し始めたアルシウス陛下は、椅子の肘掛けに頬杖をついた。
しかしすぐに前のめりになるように姿勢を変えた。
「幸い三賜物の一つである霊草はリーゼの夫が知っていたためすぐに手に入れられた。しかし他の手がかりは全くつかめず、俺たちは国中を巡り、ついに南方の火山地帯まで向かった」
そこで言葉を切った陛下は小さく息を吐き出し、悲しげに表情を歪めた。
今だからこそ、その表情の意味がわかる。
そんな表情にならないわけがないのだ。
「そこで火竜に遭遇し、仲間であった二人の冒険者を亡くし、俺も瀕死の重体となった。唯一怪我を負いながらも動けたリーゼが俺を助けるために使ったのが、先に手に入れた霊草だった」
ここまではアルシウス陛下が僕に頭を下げたときに聞いた話と同じだ。
あの時よりもより詳細ではあるが、それほど目新しい情報はない。
強いて挙げるならこの出来事が最近の話ではなく、二〇〇年程前のことだということぐらいだろう。
「霊草の効果で俺は一命をとりとめ、なんとか拠点に戻ることができたわけだけど、仲間を失い、生き残った仲間も道中で意識不明、依頼主である国王は依頼未達成で激怒と踏んだり蹴ったりだった」
リーゼさんまでもが倒れていたことに僕は息を呑んだ。
リーゼさんはそのようなことは言っていなかった。
しかし、竜と戦って無事で済むわけがない。帰れたのは奇跡に近いことだったのかもしれない。
「俺がこんな体になったのを知ったのは、それからだいぶ経ってからだ。それをもたらしたのは、彼女の夫のすすめで古代竜の爪痕に向かって戻ってきたリーゼだった。彼女もまた竜との契約でこれまで生き永らえてきたわけだが、その契約の過程で知ったらしい」
大きく息を吐き出した陛下は、玉座に凭れた。
そして苦笑いのような微笑みを浮かべる。
「……その後は皇帝を退いた後からその代の皇帝の弟という形で見守ってきたわけだ。皇帝にならなければこんな面倒なことをする必要はなかったんだけれどね」
「……それについては祖先も後悔されているようでした。こんなことになるなら、と」
「別に責めてはいないよ。あのときは誰も知らなかったんだ。誰の責任でもない。それにようやく俺も楽になれる……」
アルシウス陛下の身体は霊草の本来の効果で、瀕死の状態とは真逆の状態にある。
死とは程遠い生の状態で固定されてしまっているのだ。
老いれば当然死に近づいてしまうため歳をとることはなく、怪我をしてもたちどころに治ってしまう。
いわゆる不老不死と言える。
皇帝という注目を浴びる立場にありながら老いることがない。
異常は遅かれ早かれ国民に知れ渡ってしまう。
しかし事情を知らせるわけにもいかない。
先程の話をしてしまえば、不老不死を求めて霊草を狙う者が出てきてしまうからだ。
なのでアルシウス陛下は事実を知られないよう表舞台から姿を消しつつ、これまでやり過ごしてきたということなのだろう。
霊草による不老不死は、霊草の反転効果で打ち消すことができる。
──これが爪痕で教えられたことだ。
三賜物という神が遺した物は他の生命・物体とはわけが違う。
物そのものに神の力が宿っているのだ。
それを取り込めば、時間の経過でその力を失うということはなく留まり続ける。
そして神の力に対抗できるのは神の力のみ。
幸か不幸か、霊草の効果は〝反転〟。
プラスをマイナスに、マイナスをプラスに──一度ひっくり返ってしまったものを更にひっくり返すことができる。
アルシウス陛下に当てはめれば、再度霊草を使えば元の瀕死の状態に戻ることができるというわけだ。




