契約
「──わかりました。その役目、引き受けます」
答えた瞬間、前置きもなくすぐさま全身が沸き立つように熱くなった。
その熱を逃がすように涙がこぼれる。
喉を締められたように苦しいのに、腹の底から叫んでいた。
何かドロドロとした重たいものが流し込まれている様な感覚に耐え難いほどの不快感が押し寄せる。
自分の体なのに何一つ自由に動かせない。
そして意識さえも自分のものではないかのように押し出されそうになる。
それがどれほど続いたのか自由を取り戻した頃には、今まで恐怖に震えさせていた竜の威圧も感じなくなり、体も軽くなっていた。
そして何よりも大きな変化は目に見えているものだろう。
まるで別世界に来たかのように見えている景色が違った。
それまで薄暗かった空間が明瞭に見える。
遠くを見てもぼやけない視界はどこまでも遠くを見ることができそうな気にさえさせる。
そして竜から立ち上るモヤのようなものも見える。
竜だけではなく僕自身からも出ているようで、思わず自身の腕をまじまじと見てしまった。
「無事、力を得たようでなによりじゃ。今主に見えているのは、その者の強さのようなもの。妾たちは〝霊気〟と呼んでおる。霊気が大きく濃いほど強き者の証となる」
言われてみれば、同じ竜でも霊気の大きさも濃さも違う。
一番大きく濃いのは言うまでもなく王竜。
その次に水竜、大きさは格段に落ちるが濃さは水竜にも勝るとも劣らない風竜、濃さはないが大きさは王竜に匹敵する火竜。
強さにも色々あるようだ。
そして僕自身は、大きさも濃さも比べるまでもなく劣っている。
当然といえば当然の結果だ。
「これで貴様でも散った力を見つけることができよう。まずはここより北の聖淨なる泉の王が守護せし地に行くが良い」
ようやく口を開いた王竜はそして前足を打ち鳴らした。
そして僕の目の前の地面から一本の剣がせり出した。
「契約の証だ。持っていけ」
ぶっきらぼうな言葉の後に大きなため息なようなものが聞こえた。
「王竜よ、言葉が足りぬのじゃ。──その剣は王竜の鱗より作られし物。地上より生まれしあらゆるものを切り裂ける万能の剣じゃ。神々が創りし物や生命には効かぬが、主を守るじゃろう」
起立するそれを引き抜けば、剣身が鈍く輝いた。
真っ黒な王竜の鱗からできたとは思えないほどの美しい白亜の剣身は、意匠は異なるもののかつてリーゼさんが振るった剣によく似ている。
「そっか、あれはこれのおかげだったんだ……」
あの時、武器の性能の問題だと言っていた。
確かに何でも切れる剣ならあの結果も納得だ。
リーゼさんがすごすぎるだけなのかと思っていたが、武器のおかげだと知れば少し親近感が湧いた。
只々雲上の人だったわけではないんだ、と。
持ち上げた剣を鞘に納めれば、どこからともなく人影が目の前に現れた。
「あのね、お兄ちゃんにおねがいがあるの」
その人影は僕を見上げ、僕の服の裾をつまんで言った。
背丈はまだまだ親に手を引かれる幼子程度で、誰かを思わせるような澄んだ真っ赤な目の男の子だ。
まるで親の影に隠れていた頃の自分のように思えた。
「…………? えっと……、もしかして、火竜?」
見た目は人の子供なのだが、まとっている霊気は先程確認した火竜のそれだ。
周りには火竜の姿はなく、更には泣き腫らした目がそうなのではないかと思わせた。
火竜は結局僕が宣言するまで大泣きしていたのだから。
「うん……。あのね、ママをよく知ってる人にあいたいの」
しゃがんで目線を合わせれば、もじもじと答える。
その仕草は僕の知る子供のそれだ。
「リーデル、それはならぬのじゃ。妾たち王種は務めを果たすため、王種会議を除いて定められし地を離れては──」
「構わん」
しきたりを語る水竜を遮るように王竜が言った。
放った言葉に反してその口調は険しい。
「二日やろう。その間にいかに人が愚昧で浅慮で傲慢かを知るが良い」
わかっていたが、王竜の人に対する評価は恐ろしく低い。
そこにどんな理由があるのかを知ることはできないが、そこまで言う必要があるだろうか。
「じゃが──!」
「くどい」
「メルストロジア、良いではないか。どのみち新たな地竜のこともある。数日程度空いたところで問題はあるまい。王竜の許しもあるのだ。その間の問題は王竜が対処してくれよう」
お互いに引かない様子の二体の間を取り持つように止めたのは風竜だった。
このまま我関せずを貫くのかと思っていたので意外だ。
そんな彼の言葉に水竜は押し黙った。
「火竜よ。二日は厳守せよ。それまでに戻らねば罰があるものと思え」
「うん」
これで竜の間での決着はついたようだ。
火竜が言われたことを正しく理解できたかどうかは分からないが……。
火竜の依頼はママ──おそらくリーゼさん──をよく知る人物に会わせること。
該当しそうな人物はかなり限られる。
付き合いが長そうなドレークさんたちやガリオンさんでも知らないことが多そうな気もする。
そうなると後はたった一人しか僕は知らない。
「君が考えているような人じゃないかもしれないけど、それでも大丈夫?」
「……? だいじょうぶ。お兄ちゃんがかんがえている人であってるよ。ほんとはね、パパにもあいたいけど、パパは死んじゃったから」
コテンと首を傾げながらもなんてことないように火竜は話す。
彼の言うパパとは一体誰なのかは聞かないことにした。
「……そっか……。じゃあ、時間も少ないことだし行こうか」
「うん! メルお姉ちゃん、ヴィンお兄ちゃん、えっと……ガイドルシュおじいちゃん、ばいばい」
手を振りながら言った火竜の呼びかけに何故か王竜がショックを受けたように見えた。
きっと気のせいだろう。あの王竜があれしきのことでショックを受けるはずがない。
どうやら僕も相当疲れているようだ。
火竜を本来の姿で連れ回すわけにもいかないので、子供の姿のままエリアルの背に乗せて、僕も飛び乗った。
──当たり前のように乗ったことにエリアルに苦言を呈されたのは言うまでもない。




